中国経済の近未来を決定づける「双循環」の行方(大矢伸)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/377214

   

「API地経学ブリーフィング」No.21

2020年09月28日

中国経済の近未来を決定づける「双循環」の行方 ― 海外との交流は継続か、それとも縮小するのか

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
上席研究員 大矢伸

 

 

 

中国の「双循環戦略」(Dual Circulation Strategy)について関心が高まっている。「双循環」とは「国内循環」と「国際循環」の2つの循環を指す。この言葉は、今年5月14日の中国共産党政治局常務委員会の会議で最初に用いられた。そこでは「中国の巨大な市場規模と国内需要の潜在力という強みを生かして、国内と国際という相互に補完する2つの循環に基づく新たな発展のパターンを確立する」ことがうたわれた。

中国は今年10月開催予定の共産党第19期中央委員会第5回全体会議で第14次五カ年計画を策定する予定だが、「双循環戦略」はその中心テーマになる可能性がある。この概念を推進しているのは、習近平主席の信頼が厚く米中貿易交渉で中国側のリーダーを務めた劉鶴副首相と言われている。

ただ、詳細が決定・発表されていないこともあり、人により受け止め方や理解が異なる。「双循環」を、従来からある内需重視政策の延長で、外部との経済交流は継続し、中国経済の改革にもつながるものと考える人々もいる。逆に、「双循環」は、外部との交流を縮小のうえで自力更生を志向し、経済改革にはつながらないと考える人々もいる。中国はどちらの道を進むのか。

外部交流継続・拡大の立場

外部交流を継続・拡大するものとの立場としては、8月14日付のChina Dailyの記事が挙げられる。同記事は、改革・開放政策の下で中国は発展を遂げるが、沿海部と内陸部の格差が拡大、1990年代にすでに内需を重視したバランスある発展の重要性が認識されていた。2006年には、内需を増やし、投資、国内消費、輸出のバランスを重視することを政策決定していたとして、過去との継続性を強調。そのうえで、「外との扉を閉ざすものではない」とし、「国内市場の拡大は、国内金融市場や対内投資をより対外開放し、輸入も拡大する」と主張する。

また、中国人民大学・経済学部のLi Yiping教授も、習近平主席が今年7月21日に北京の企業関係者に行った講演で、外とのドアを閉ざす可能性を否定したと指摘。「国内市場と国際市場の双方が重要である」「国内市場を外にも開放する」「国内経済を中心に据えつつ海外経済とも統合し、世界経済の活性化にも貢献する」と主張する。

さらに、改革に関しては、South China Morning Post(SCMP)のFrank Tang氏が中国政府関係者等から取材した話として、焦点は競争促進と開放で、対内投資の障壁を低くし、地域貿易協定にも意欲的に取り組むとし、さらに、国有企業改革を含めた供給サイドの構造改革も行うとの見解を紹介している。

外部交流縮小の立場

外部交流を縮小するものとの立場に近いものとしては、Global Timesの編集者であるLi Hong氏が率直に、「双循環」は「アメリカによるいじめと覇権主義と戦うことが狙い」であり、「アメリカの保護主義と技術ブロックに対抗し、経済・技術センターを打ち立てるもの」と説明。また、「国際循環」を諦めるものではないとしつつも、「アメリカがリードするデカップルを相殺するため、アメリカ、カナダ、オーストラリアの非友好的3カ国とは距離を置き、欧州、英国、アジア、アフリカ等と緊密な経済パートナーシップを形成する」とし「一帯一路(BRI)も積極的に実施する」とする。

改革に関してはウォールストリート・ジャーナルのLingling Wei氏が、劉鶴副首相には、この動きを国内経済改革の実現に利用したい、例えば国有企業よりも民間企業への融資の配分を増やしたいという思いがある、しかしこれは、経済の国家管理を強化するという習近平主席の考えに反する可能性があり、改革は容易ではないと分析する。

1949年の建国後、中国は重工業重視の輸入代替政策をとった。1960年代にソ連との関係も悪化、以降「自力更生」の傾向を強めた。貯蓄率は20%から30%程度と所得水準の割には高く、この資金を重工業の設備投資に充てた。しかし、経済成長は限られ、1978年時点で、世界のGDPに占める中国の比率は2%を切り、貿易に至っては1%にも満たなかった。

1978年に鄧小平の改革開放が始まる。1978年から2008年までの実質経済成長率は年平均9.8%と驚異的であった。貿易も、1979年から2001年まで輸出が年平均16%増加、2002年から2008年まで年平均27%増加し、世界最大の輸出国となった。

人口爆発への対応として1970年代に採用した「一人っ子政策」の結果、人口に占める生産年齢人口の比率が増えて、いわゆる「人口ボーナス」が発生。沿海部の工場には、農村から余剰労働力が供給され、労働コストをさほど上げずに生産と輸出が拡大した。貯蓄率も上昇し、1980年代は30%超、1990年代は40%超、2010年前後には50%超という驚異的な貯蓄率を達成、これが旺盛な投資を支えるとともに、巨額の経常黒字の要因となった。

中国経済の課題

このように、1978年以降の中国は大きく経済発展を遂げたが、その前提条件は崩れつつある。「人口ボーナス」期は終息を迎え、労働コストは上昇、貯蓄率も減少した。米中貿易摩擦が示すように、過度に輸出に依存した経済成長を続けることも国際環境から困難となった。

中国の1人当たりGDPはまだ1万ドル。アメリカの6万ドル、日本の4万ドルとの差は大きい。高齢化が急速に進行する中で「豊かになる前に老いる」リスクに直面している。人口増加が見込めない中では生産性を高めるしかないが、生産性(全要素生産性、TFP)上昇率は1996年から2004年の6.1%から、2005年から2015年は2.5%に減少したとの推計もある。

全要素生産性の上昇のためには、技術革新に加えて、資源配分の効率改善が重要である。具体的には、将来性があり伸びる企業やセクターに資金を配分する必要があるが、自由化が遅れる中国の金融セクターは、資金配分や金利決定に経済原理以外の要素が入り込む。国有企業が、民間企業よりも生産性が低いにもかかわらず優先的な資金配分を受けているとも指摘される。

北京もこうした課題は認識している。輸出と投資に依存した経済成長の限界を意識し、前述のとおり2000年代から内需の拡大はうたわれてきた。そうした流れの中で、「双循環戦略」が掲げるものも、内需重視を今後さらに強化する、しかし外部との経済交流を断つわけではなく、市場開放を進め外資の中国投資も歓迎するという立場であろう。

ただ、「双循環戦略」を急ぐ背景には米中対立、それに伴う技術の流れの停止、アメリカ市場での中国企業の活動の制約、西側諸国のサプライチェーン見直しの動きへの「恐怖」がある。ファーウェイの子会社であるハイシリコンは半導体の設計・開発に特化し、生産は台湾のTSMCへ委託していたがアメリカの制裁でTSMCから調達できなくなった。中国の半導体製造業者であるSMICはTSMCから2世代遅れている。中国の先端技術分野での「自力更生」への決意は強固であろう。

「完全輸入代替」「自給自足」への転化リスク

米中対立が激化する中では、「内需重視」の掛け声が、歪んでいる「消費」「投資」「輸出」のバランスの回復という次元を超えて、「完全輸入代替」「自給自足」に転化していくリスクがある。アメリカ内でも対中全面デカップル論と技術分野等に範囲を絞った部分分離(partial disengagement)論などさまざまな意見がある。中国においても、「双循環戦略」という言葉に対して、論者によりさまざまな思いが投影されている可能性がある。

「双循環戦略」は、国有企業改革や金融セクターの自由化などの中国経済自身が現在かかえる課題の解決を盛り込むことで、輸出や投資に過度に依存しない、生産性向上を通じた新たな成長モデルにつながる可能性もある枠組みである。最終的な結論がどうなるかは大いに注目される。

南シナ海、尖閣諸島、香港、新疆ウイグル自治区等で中国が見せる異なる価値観、国際ルール違反の行動に対し国際社会は警戒が必要であり、技術分野等での一定の部分分離は自由社会を守るために必要であろう。しかし、西側が国内雇用維持や重商主義的衝動に基づき中国を過剰にデカップルする動きを見せれば、中国も外との交流を絞る形での「双循環」を志向するだろう。

2018年9月、視察先の黒竜江省で習近平主席は、「保護主義の台頭が中国に自力更生の道を歩むよう迫っている」と発言した。作用は反作用を生み、ナショナリズムは相互作用を増幅する。海外との交流を断つ経済政策は、中国にとっても世界にとってもマイナスが大きい。「双循環戦略」の行方が注目される。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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