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(Japanese) 香港でなお続く騒乱が訴えるアジアに迫る危機(宮川眞喜雄)

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「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API上席研究員 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/360278

   

「API地経学ブリーフィング」No.10

2020年07月06日

香港でなお続く騒乱が訴えるアジアに迫る危機 ― 日本にはいったいどんな行動が求められるか

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
シニアフェロー・APIFプレジデント
・内閣官房国家安全保障局 国家安全保障参与 宮川眞喜雄

 

 

香港が世界の中で果たす特別な役割

香港は、中国大陸南端の喫水深い天然港を擁し、ロンドン、ニューヨーク、東京に並ぶ人口700万の世界的大商業都市である。低税率で自由な貿易と金融資本経済を持つ世界第3位の国際金融センターで、香港ドルは世界第8位の取引高を誇る。ヘリテージ財団とウォールストリート・ジャーナル紙は毎年、経済自由度指数を発表しているが、24年間連続世界一に君臨する。その香港が今、国際戦略政治の発火点になっている。

香港には、世界の中で特別の役割がある。中国の発展途上の金融制度を世界の資本市場とつないでいるのだ。中国本土の企業や銀行が米ドルで取引できる。昨年、香港の銀行間決済額は約10兆ドルに上った。その機能は、中国にとっても世界市場にとっても有用だ。金融拠点として上海や深圳も大規模だが、公正な裁判所、独立した中央銀行、自由な資本移動、中国企業と西側企業が共存するという利便はない。 

西側諸国は、香港が中国の成長を助ければ、次第に中国政府はその経済制度を世界標準にし、政治制度においても世界標準への変革を進めるだろうと期待してきた。一方、北京政府のほうは、50年間に及ぶイギリス植民地時代の制度を残す恨みはあるが、先進諸国の金融、運輸、流通等のノウハウを習得できるのは中国全土の発展の貴重な窓だと知っており、政治改革を牛歩的に蛇行させる間に経済の「うま味」を味わい尽くそうとの心算が見え隠れしてきた。

香港が今、直面している混迷は昨年3月に始まった。中国政府への犯罪人引き渡しを合法化する条例改正に香港市民は反対の声を上げ、普通選挙などの民主化要求を掲げて市民200万人が立ち上がった。その波は、1997年の一国二制度発足以来最大規模となった。

4人に1人の香港市民が街に出て、重大な危険に警告を発した。その警告は広くアジアの未来についての懸念をも訴えていた。しかし、中国の巨大市場が誘う経済利益はあらがいがたい魅惑の芳香を放ち、香港経済界や諸外国からの批判の矛先は鋭さを欠いた。

中国では、権威主義的体制の下で人々の自由や人権の保障は二の次で、個々人の情報は共産主義支配体制永続化に利用され、体制批判者は、自分の身柄がいつ何の理由で当局に拘束されるか予想できない。人々は非情な危険の中で生きている。

危険は、国内の知識人や文化人に襲いかかるだけでなく、周辺諸国にも及ぶ。直近の例は、コロナウイルス発生源に独立調査を求めた豪州政府に向けられた。豪州から食肉の輸入を止める、その大麦に高関税を課すと言い、中国国民には豪州渡航をやめろと「指導」する。

北京政府の問題は、経済規模の自信から出る横柄さにある。数年前、ASEAN諸国と中国の外相会議で南シナ海問題が議論された際、大国に小諸国が文句をつけるべきでないと言い放ち、ASEAN諸国外相らが激しく抗議した1件は、なお記憶に新しい。

アメリカのトランプ政権は、中国の利己的貿易慣行を批判し、対中関税を引き上げた。これに対し中国は、競争に負けて相手を非難するのは筋違いであり、トランプは自由貿易体制を破壊する悪の権化だと切り捨てる。

問題の本質は、中国が自国企業にだけ有利で特異な経済制度を固持しているところにある。多くの国で広く認められている企業株式の買収は、世界第2位のこの経済大国では外国企業にだけは認められていない。さらに中国当局は、自国へ投資する外国企業に技術の開示を義務づけ、知財を奪う。一方で自国の戦略企業には補助金を流し込む。

 

巨大市場への参入手形が交渉材料に

1人の競技者が、巨大市場への参入手形を交渉材料に、自国有利の特別ルールを押しつけて、ほかの競技者との競争に勝ち続けている。米中貿易戦争は、その不公平が解消されるまで終わらない。6年がかりで中国と投資協定を交渉するEUの交渉団も、最近その不公平を指弾し始めた。

今回のコロナ危機で世界は、中国政府の言動に虚偽の臭いを感じ、その行動に不誠実を見た。武漢での発症情報を迅速・正確に公表せず、感染源と疑問視される研究所への調査を拒否し、世界保健機構を政治利用して台湾を排除し、ウイルス拡散はアメリカ軍の仕業ではないかとまで公言し責任転嫁を図った。

昨年の市民運動は条例案撤回で事なきをえた。しかしコロナウイルス蔓延で世界中がその対応に追われている間隙を狙って、中国政府は機敏に巻き返しに出た。4月18日、民主化団体が集会を自粛していた矢先、香港政府は突如現職立法会議員や「民主の父」と呼ばれたマーティン・リー元議員ら15人の民主化幹部を一斉捕縛した。言論界の重鎮ジミー・ライ氏も連れ去られた。

香港「基本法」は、北京の香港への干渉を禁じ、その第22条は、中国政府所属の各部門は「香港特別行政区が本基本法に基づいて管理する事務に干渉してはならない」と規定する。中国政府は基本法の解釈を突然変更し、その香港出先機関「駐香港特別行政区連絡弁公室」は、香港問題への介入権があると主張した。 

さらに5月28日、全人代は香港に適用する国家安全法を新たに制定するとし、2047年まで香港に「一国二制度」を保障する英中間の国際約束に正面から挑戦した。ウイルス感染で全世界がその対応を迫られている隙に、アジアの民主主義、法の支配、基本的人権が空き巣にさらわれた感がある。

急成長する中国経済の規模から見れば香港の経済的比重は小さくなったかもしれないが、それよりはるかに政治が重くなったからだろう。北京の利益判断は、政治を取りに出た。最後の香港総督クリス・パッテン氏は、「ついに北京が香港の息の根を止める決意をした」と嘆じた。

 

矛先はアジアの広大な海にも

その矛先は香港内にとどまらずアジアの広大な海に向かおうとしている。コロナ蔓延で混乱の中、東アジアの平和に危機が迫っている。中国海軍艦船は高頻度で東シナ海、南シナ海および西太平洋に出没し始め、沖縄近海の通航回数を増やしている。北京は地中海の1.4倍の広さの南シナ海のほぼ全域を破線で囲み、自国の主権下だと主張し、コロナ蔓延の真っただ中にその水域に行政区設置を発表し、既成事実をつくる挑発行動を繰り返している。「次は台湾に照準を向けるだろう」と、台北に住む筆者の友人はその覚悟を語ってくれた。

アメリカは中国への経済制裁を本格化した。香港に認めてきた特別の地位を廃止しようとしている。香港への軍民両用品の輸出管理特例措置の撤廃、香港への渡航注意水準の引き上げ、特別関税圏・渡航圏としての香港の地位の取消し、香港の自治権剥奪に関与した中国と香港の政府要人への制裁措置など検討中だ。

さらに、アメリカ連邦職員や軍人の年金基金の運用対象から中国株式の排除も検討されている。アメリカの上下両院は、アメリカの証券取引所に上場できる外国企業の条件を厳しくする。外国政府が所有したり、支配したりしていないこと、アメリカのPublic Company Accounting Oversight Boardに認可された財務関係書類を提出しなければならないことなど、諸条件は中国企業だけを対象とするものではないが、200社近い中国企業はこれらの条件を満たせない。

上場禁止となれば、アリババ、テンセントなど巨額の中国企業株式がアメリカ市場で取引停止になる。株式が雲散霧消するわけではなく、株主は保有し続けてよいが、株式市場での取引が禁止されれば、投資家は安全売買できない株式から一斉に撤退し、株価は暴落の危機に瀕する。よってこの手段は「核オプション」と呼ばれる。香港ドルに米ドルとの交換を遮断する手法は、伝統的「経済制裁」の一手段であるが、この時点では伝家の宝刀としての効用が大きいように思う。

長い間、イギリスの対中政策はビジネスと金融を政治と安全保障より優先させ、批判のある中で2015年には、習近平を文字どおり赤絨毯で迎えた。そのイギリスも今や、中国の抑圧的政治、西側に対する攻撃、とくに香港に関する英中合意を反故にする態度に鑑み、急速に踵を返しつつある。オーストラリア首相も、北京による貿易や人の移動への制限措置に激しく反発し、突然の豪州人への死刑判決を加えた「政経司」三位一体の攻撃にも、正対してひるむ姿勢は微塵も見せていない。

 

大手企業は歓迎のステートメントを発表

中国政府は、香港国家安全法は香港の混乱を鎮め、経済活動継続に有益だと説明する。大陸全土に商いの手の伸びる大手企業は「長いものには巻かれろ」と観念したのか、香港上海銀行やスタンダードチャータード銀行などは歓迎のステートメント(声明)を発表した。

しかしアジアでの活動を香港に集中させる多くの金融ファンド(運用資産は910億ドルに達し、日本、シンガポールおよび豪州の総和より大きい)は、香港国家安全法が施行されれば、当局の介入で情報も報道も取引も自由を失い、世界とつながるネット回線にはつねに当局の手が伸びる危険があるため、アジアの別の場所に移るしかないとファンドマネジャーたちは異口同音に言う。

6月4日の天安門の日、世界中のZoomは幾度も断線し、中国の通信網や技術に依存する危険が身近になった。個人情報や重要データの管理を規制する「中国サイバーセキュリティ法」の適用地域は中華人民共和国内と規定されているが、適用地域は香港を含むという解釈変更など、北京政府には造作もないことであろう。

さて日本にはどんな行動が求められているか。ある経済人は言う。「中国を非難すれば、中国の市場を失う危険がある。原則に固執すれば利益を失う」と。ある言論人は言う。「原則を忘れて利益を追求すれば、強者の横暴を許すことになる」と。ある文化人は言う。「意地を通せば窮屈だ、程々がよいのではないか」と。

外交は原則と利益の狭間で揺れる。日本の外交当局が口を閉ざしているわけではない。その外交姿勢が曖昧だとも思わない。長期的国益の所在は明らかだ。しかしその主張と行動は国際場裏にあまり明確には表現されていない。決意は言語でも伝えられるが、具体的施策の実行があれば、より雄弁に表現できる。

日本に実行が求められる経済制裁の要諦は以下3点に集約される。課す側にコストではなく機会を提供する手段であるべきだ。

第1に、制裁の標的は香港ではなく、香港経済人の救出は日本経済にも機会を提供する。

第2に、通信網、先端技術、戦略物資などの対中依存過多は本来抜本的修正が必要であり、それを進める措置は日本経済安定の機会となる。

第3に、高度技術の遺漏防止を目指し対外対内投資のスクリーニングを強化する措置は、日本の安全保障を強化する。

 

コロナ禍で国際金融取引の慣習は変容へ

紙面の制約から上記第1のみ敷衍(ふえん)を試みる。コロナ危機の後、デジタル経済が加速する中、既存の国際金融取引の慣習は変容し、国境を越えるデジタル決済システムが世界に拡大するであろう。金融技術の急成長とともに、デジタル通貨が世界市場を席巻する可能性もある。

わが国は香港危機でアジアの金融市場が縮小するのを防止し、その発展を支える責務がある。例えば、オフショアの金融特区を日本の何処かに設置し、国際的制度を許容したうえで、最先端のノウハウを有する香港をはじめとするアジアの金融専門家に開放すべきではないか。無論、随伴する広東料理店も歓迎されよう。

コロナ危機の後、アジアは愈々(いよいよ)成長し、世界の政治経済の中核的地位を不動のものとするだろう。1000平方キロメートルの小さな香港の市民が声をからして発する警告は、アジア全域の将来に迫る危機を訴える。日本は小国ではなく、アジアの成長を牽引してきた世界第3位の経済大国だ。とりわけ、アジアの将来に責任を持つ国の1つだ。世界中がその一挙手一投足に固唾を飲んで注目している。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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