「脱炭素」太陽光・風力ではどうにもならない現実(三宅孝之)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/467028

「API地経学ブリーフィング」No.79

2021年11月15日

「脱炭素」太陽光・風力ではどうにもならない現実 -今までの経済活動を根底から見直す必要がある

株式会社ドリームインキュベータ
代表取締役社長COO
三宅孝之

 

 

 

日本のカーボンニュートラルへの意識変革の遅れ

「2050年のカーボンニュートラル実現」は、2020年末に菅義偉首相(当時)が声を上げたことで一気に注目を浴びるようになった。それを受けて、多くの日本企業が右往左往を始めるという状況にもなっている。

しかし、すでに日本はパリ協定に2016年4月には署名していたのである。55カ国以上、55%以上の排出量をカバーする国の参加が協定発効の条件だったため、まだ先と踏んでいたようだが、予想を超える多数の国々があっという間に署名し、何と同年11月に発効に至った。

つまり、条約遵守が前提なら、日本は4年前からカーボンニュートラルに取り組んでおくべきだったのだ。
 

電力分野のカーボンニュートラル

カーボンニュートラル実現が最もやりやすいのは電力分野である。しかしその実現には、太陽光や風力だけではまったく届かない目標であることを認識しなければならない。バイオ発電もコストと量の両面で残念ながら強いオプションにならない。

実は、電力分野の問題の本質はコストよりも「量」にある。日本の平地の狭さと、遠浅の海の少なさがこの問題を深刻にしている。2018年現在、日本の発電の化石燃料が占める割合は77%。再エネを死に物狂いで入れるなら、太陽光を最大25%、未知数の洋上風力も含めた風力発電を最大20%、水力を最大10%と仮に置くと55%まで行くが、それでもまだ22%足らない。人口減で電力需要は減るという意見もあるが、EV(電気自動車)化やオール電化による電力シフトで相殺されてしまう。

だからこそ、原子力発電にも真剣に向き合う必要があるし、それでも足りないのでアンモニアや水素発電といった非化石の火力発電に注目が集まる。例えば水素発電は、LNG発電所という既存インフラが活用できる。コストの問題が難しいと言われるが、そんなことを言っている場合ではない、水素FITでも炭素税でもあらゆる政策手法を導入して水素活用を進めなければならない状況だ。

ちなみに水素発電を電力全体の10%に導入するには約600万トンの水素が必要だが、現状日本で生産される水素は99%が自家消費であり、流通する水素は1万トン程度。そのため、川崎重工やENEOSなどが進める海外での水素生産+輸入といった方策が必要になる。投資の巨大さと実現までの時間軸を考えると、そのための政策設計はこの2~3年が勝負だ。
 

再エネ拡大で必要となる電力インフラ側への対策

一方、再エネが5割になると何が起こるのかも考えないといけない。すでに九州では、増えすぎた太陽光による発電量を九州電力が受け切れなくなっている。太陽光や風力といった自然エネルギーは、発電できる時間帯に大きなムラがあるからだ。

現在の発電の主力を担う火力発電は、需要に応じた発電量の調節が可能である。そのため、再エネのようなボラティリティの高い電源や原子力のようなつねに同量で発電し続けるような発電側のムラを調整する役目を果たしてきた。

したがって、火力発電を減らすと、発電側で吸収できなくなる分のボラティリティが電力系統に大きな負担を強いることになる。発電の自由化と小売りの自由化という両側の「自由化」に挟まれた「規制側の」送配電インフラの調整力のキャパシティを超えることが、すでに経産省・エネ庁でも大きな問題となっている。

これを従来型の電力インフラ増強のみで対応すると、10兆円を超える資金が必要になるため、エネルギーマネジメント技術の高度化や蓄電池の活用の制度設計の検討が急ピッチで進められている。しかしこの分野は、政策が先行しビジネスモデルが後回しになりがちなため、誰も使わない制度にならないよう民間との連携が極めて大事である。
 

電力以外の分野が求められる対策レベルの高さ

電力以外の分野が求められる措置はもっと厳しい。例えば産業分野でいちばんCO2を出す鉄鋼業界では、鉄の還元剤に使うコークスを別のものに転換させる必要に迫られている。まだ技術的にも確立していないが、水素還元による方法が有力とされている。

その場合、700万トンという先ほどの水素発電用以上の水素量が必要になるが、求められるコストレベルはさらに問題だ。現在、2050年の水素の価格はCIFベースで20円/N立方メートルにするという政府目標が示されている。チャレンジングではあるがこれが達成できると水素発電は実現化が見えてくる。ところが、鉄鋼で求められる水素の価格は約8円/N立方メートルという厳しいレベルなのである。

その他、産業分野で2番目に炭素排出量が多い化学業界では、完全なるリサイクルが必要だという議論になるだろうし、3番目に排出量の多いセメント業界では、CO2を吸着するセメントでカーボンニュートラルに近づけるという取り組みが発表されている。いずれも技術的にもコスト的にも大変な打ち手であり、各産業の厳しい状況がうかがえる。

運輸分野は、ガソリン車をすべてEVやFCVにすることが求められるだろう。電力側でのカーボンニュートラルが実現しているなら、走行時のカーボンニュートラルは達成できることになる。しかしながら、EVの製造時に出てくる炭素排出についてはまた別問題。家庭分野もオール電化。石油会社やガス会社にとっては前代未聞の深刻さだ。
 

「森林吸収源」への期待と木材需要の拡大

このように、個別対策を少し掘り下げただけでも、今までの経済活動を根底から見直す対策が必要になることがわかる。しかも、全分野でどんなに頑張っても、恐らく炭素排出量をゼロにすることはできない。だからこそ、(カーボンゼロではなく)カーボンニュートラルという言葉に意味が出てくる。ここで注目したいのが「吸収源」という考え方だ。

吸収源確保には、森林吸収対策、土壌改良による吸収強化、先ほど述べたセメント吸着などさまざまなやり方がある。ここでも量的な意味から考えると、圧倒的に森林吸収対策が重要である。木は成長するときに光合成をすることで、CO2を吸って有機物である木として炭素を貯め込んでくれるという、極めて優秀な吸収源なのだ。

ただし、日本の木は、もう成長し切った壮年の木が多い。森林面積がすでに相当多い日本でこれ以上森林自体を増やすことは難しいため、いったん木を切って、若木を植えて再度成長させることが必要だ。これで国内の森林の吸収力を最大限発揮できれば、全炭素排出量の20%分程度に相当する可能性がある。

木を切るなら、その木を使う需要が必要になる。もちろん、切った木を野原に積んでおく手もあるが、コストを賄うビジネスが回っていないとサステナブルにならない。そこで注目されるのが木造ビルだ。

建築着工統計によると、いわゆる戸建て住宅はすでにほとんどが木造だが、4階建て以上の建築物は逆に多くが鉄・コンクリートである。高層になると強度の問題があるが、10階建て未満の中層なら、住宅にせよ非住宅にせよ建築基準を満たせる技術が確立してきている。あとは耐火工法も踏まえたうえでのコストの問題をどうクリアするか。ここは民間だけでなく、政策とも連動した市場創造の工夫のしどころだ。

吸収源の扱いの国際的な枠組みはまだこれからだが、徐々に動きも出てきた。一方で日本の関係省庁は、すでに吸収源の重要さに気づき、国内政策の準備を始めつつある。国際的枠組みとも連動させ、実績でも世界をリードしたいところだ。

 

カーボンニュートラルを日本にとってのチャンスに

カーボンニュートラルに向けた取り組みは、これまでに例がないほどの努力を要する。しかし、こういうときこそイノベーションのチャンス。ビジネスの世界で失速しつつあった日本企業の逆転のフィールドにできる可能性がある。

そのためにも、技術のイノベーションだけで考えるのは絶対にやめたい。ビジネスモデルを作り込み、政策が有機的に組み合わされることが必須だ。民間側は、意識を高くもち、制度や規制ができるのを待つのではなく自分たちでリードしていく気概で臨み、政府側は、リアルなビジネスを作っていくという心意気で相互に共闘していくことで道が開ける。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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