「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。
本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。
https://toyokeizai.net/articles/-/412407
「API地経学ブリーフィング」No.41
2021年02月22日
第2の同盟「日豪」協調がますます求められる訳 ― ともにインド太平洋フュージョンを深めよ
アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
理事長 船橋洋一
オーストラリアと戦略パートナー関係の構築を
戦後、日本はアメリカを唯一の同盟国としてきた。日米同盟は、日本の外交と安全保障にとって最大の資産となったし、いまもそうである。
そのアメリカが現在、国内政治の分断と中国の挑戦によって大きな曲がり角に立ち至っている。日本には、アジア太平洋におけるアメリカの再参画を促し、日米同盟の抑止力を高めるため、さらに積極的な役割が求められる。その際、オーストラリアを第2の同盟国とみなし、全面的な戦略パートナーの関係を構築するのが望ましい。それは日豪双方のプラスになるうえ、日米豪の協調をさらに深める意味からもプラスとなるだろう。
日豪両国はいま、巨大な共通の挑戦にさらされている。一方で、中国の「海への戦略的意思」の誇示と攻勢、非自由主義的な軍民融合イノベーションによる監視国家モデルの推進、地政学的目的のために経済を武器化する経済強制、そしてアジア太平洋における排他的な勢力圏の拡大がある。
他方で、アメリカの相対的衰退と威信の低下、「アメリカ・ファースト」的心情の沈殿と内向きの潮流、政治、社会の分断とポピュリズムの噴出がある。そして、バイデン政権になっても基本的には変わらないであろう米中対立の状況の中で、日豪は、中国との経済関係を維持しつつ、アジアにおける多角的な経済・貿易の枠組み作りにアメリカが再び参画するよう環境をつくり、そして、ともにアメリカの同盟国として中国に対する抑止力を高め、安全保障協力を一段と強化する必要に迫られている。中国に対してワン・ボイスで臨むためには、日米豪の戦略対話がこれまで以上に必要となっている。
日豪はACSA(物品役務相互提供協定)、GSOMIA(軍事情報包括保護協定)、防衛装備品・技術移転協定を結び、2プラス2(外務・防衛閣僚会合)を行っている。日米同盟のような条約に基づく同盟関係ではないが、いわば準同盟的な関係を持つパートナーである。日本にとっては、イギリス、カナダ、フランス、インドもこのような準同盟国であるが、日豪両政府は昨年11月、相手国を訪問する兵士の刑事裁判権を含む法的地位を明確にする日豪円滑化協定(Reciprocal Access Agreement=RAA)で大筋合意し、さらに関係を深めている。これによって両国部隊間の相互運用性を改善することが期待されている。
すでに連携は始まっている。2011年3月の東日本大震災のときには、オーストラリアは輸送機C-17を横田米軍基地に派遣し、日本への災害支援をした。2020年1月、オーストラリアの大規模森林火災の際、日本は輸送機C-130Hを派遣、リッチモンド空軍基地を拠点に、消火活動にあたるオーストラリア軍の兵士の輸送を行った。
また、同年11月、インドのマラバル海で行われた日米印の海上軍事演習にオーストラリアが13年ぶりに加わった。円滑化協定はこうした日米豪防衛協力をより確かなものにする。一刻も早い、締結が望まれる。日本は、安倍政権時代、同盟国として求められる集団的自衛権を行使できる――部分的ではあるが――法体制を整えたが、日本政府はアメリカのほかオーストラリアも重要影響事態において防衛する対象国とみなしている。
アジア太平洋の経済連携をともに推進
経済面でも、日本とオーストラリアはアジア太平洋の経済連携の動きをともに推進してきた。日本は、ASEANプラス3(日中韓)にオーストラリア、ニュージーランド、インドを迎え入れてEAS(東アジアサミット)を設立した際に先導役を果たした。2014年、安倍晋三首相がオーストラリアを訪問した際には日豪EPAに調印した。
さらにトランプ政権になり、アメリカがTPPを脱退した後のCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)の締結に向けても協調した。トランプ政権のアメリカがアジアにおけるこれらの多角的協議に背を向け、アメリカのプレゼンスが希薄になる中、日豪両国は自由で開かれた国際秩序を維持し、発展させるため協力してきた。
アジア太平洋における日豪の地域政策は、アジアと太平洋とを分断させないフュージョン思想に根差し、アメリカのアジアへの利害関心をこの地域の多角的枠組みの中に組み込む戦略計算に裏打ちされている。1989年にキャンベラで第1回会議が開かれ、その後首脳会議に格上げされたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)はまさにこのフュージョン理念を反映した地域連携イニシアチブだった。そして、APECそのものも舞台裏では日豪が手を携え立ち上げたのである。
APECはその後、マレーシアのマハティール首相の提唱したEAEC(東アジア経済会議)のようなアメリカ抜きのアジア主義の逆流に見舞われたが、日豪はAPECが体現する開かれた経済地域主義を推進してきた。いま、アメリカが漂流する中、中国は同じようにアメリカを排除した地域連携の動きを加速化させようとしているかに見える。
それに対して日豪には、開かれた経済地域主義をインド、アフリカにまで広げるインド太平洋フュージョンの旗を掲げた協力が強く求められる。アメリカの大統領で任期中、APEC首脳会談のすべてに出席したのはブッシュ大統領だけである。日豪が提携して、アメリカに大統領の出席を働きかけたことが大きい。
稲垣満次郎が夢見た日豪提携構想
私は四半世紀前にAPECの誕生劇を記した『アジア太平洋フュージョン APECと日本(Asia Pacific Fusion Japan’s Role in APEC)』を著したが、その中で19世紀末の日本人外交官、稲垣満次郎が夢見た日豪提携構想を取り上げた。稲垣は英語で著した『東方策(Japan and the Pacific)』の中で「オーストラリアは日本にとってかくも重要な近隣国の1つになりつつあるのに、なぜ、日本はオーストラリアともっと密接な関係を構築しないのか不思議だ」との問いを発している。
太平洋における海洋国の朋友を持ちたいという稲垣の思いは、日英同盟という形で部分的に実現するが、その後日豪提携論は長い間浮上しなかった。しかし、いま、日本とオーストラリアはグアムを経由して海底ケーブルで結ばれようとしている。日豪が南北の太平洋をつなぐ稲垣満次郎の夢は、実現に向かいつつある。
戦後、両国の和解は、価値を共有する民主主義国としての同志国(like-minded)関係の発展、経済相互依存の進展、そして何よりもオーストラリアの国民が日本に対する包容力によって深まった。2014年7月、安倍晋三首相はオーストラリア議会での演説で戦前に対する「痛切な反省」とともにオーストラリアの国民が「日本に対して差し伸べた寛容の精神と友情」に「心からの感謝」の意を表したいと述べた、議員たちはその言葉に大きな拍手で応えた。
実際のところ、日本では安倍首相が議会演説で言ったようにオーストラリアは「何をするにせよ、まずは東経135度上の隣人」と相談してから地域外交をする「特別な関係」を持つ国であると認識されはじめている。経産省のトップ通商ストラテジストは、オーストラリアを「同盟と呼ぶにふさわしい。困ったとき、悩んでいるときに、腹を割って相談できる相手」と形容した。心理的にはオーストラリアはすでに日本の第2同盟国なのである。
見捨てられることへの恐怖心
オーストラリアの外交専門家であるアラン・ギンジェル(Allan Gyngell)は、オーストラリアの外交は「見捨てられることへの恐怖心」(fear of abandonment)を特徴としてきたと指摘している。オーストラリアは一貫して、イギリス帝国の一員として、そしてアメリカとの同盟を維持するため大きな犠牲を払ってきた。
一方の日本は、戦後長い間、アメリカの戦争に「巻き込まれること」への警戒心が勝ってきたが、2010年代以降の尖閣諸島に対する中国の激しい攻勢を前に、同盟国であるアメリカに「見捨てられること」の恐怖心を抱き始めている。トランプ時代、両国とも「見捨てられる」リスクを深いところで痛切に感じたことも共有している。
バイデン政権は、同盟国との関係強化を高々と掲げている。また、日米の前政権が推し進めた「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を継承し、それを進めていく方針を打ち出している。
安全保障協力に関しては、日豪間の相互運用性を高めるためにも有事のシナリオを想定し、それに共同で対処する作戦計画を定めるガイドライン(防衛協力のための指針)を策定する必要がある。日米豪印の4カ国戦略対話(Quad)もこの地域を安定させるための強化が求められており、サミットへの格上げも検討する必要がある。
自由で開かれたインド太平洋構想では、それを経済・貿易面で肉付けするとともに、経済安全保障面での日豪の協力が欠かせない。ここでは経済を武器化する地経学的圧力への対応、サイバー・宇宙分野の防衛、5Gネットワーク保全、レアアースと同精製能力の確保と融通、経済・技術インテリジェンス協力などの政策協調が求められる。
(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
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