日本がデータ活用大国になるための3つの視点(向山淳)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/387039

   

「API地経学ブリーフィング」No.27

2020年11月09日

日本がデータ活用大国になるための3つの視点 ― デジタル庁設立をデータ活用の起爆剤とせよ

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)主任研究員 向山淳

 

 

 

データを生かせるか――世界はコロナで「実践編」に

前回『日本が「デジタル敗戦」から脱するのに必要な策』(2020年11月2日配信)に続いて、日本の「デジタル敗戦」を起点にデジタル庁の役割について考えていきたい。

2020年9月に発表されたスイスのIMDの「世界デジタル競争力ランキング」において日本は63カ国中、27位であった。内訳をみると、ブロードバンド利用者数やモバイルカバレッジなどインフラ面で1位を取得している一方で、ビッグデータ活用、デジタル人材のグローバル化や企業の変化の迅速性は調査対象国の中で最下位であった。

とりわけ、データの利活用ができないという評価は致命的である。国家のサイバー・パワーにおいて、守りの力はサイバー・セキュリティー能力であるが、今後のグローバル・パワーを形づくる付加価値・競争力の源泉は間違いなくデータだ。デジタル庁の設立でこの状況が打破できるか。日本の力が試される。

コロナ危機を通じて、世界はデータ活用の「実践編」へ一気に突入し、データに対する人々の理解は一段深化した。われわれは、中国の監視国家的な状況を横目で見て、プライバシーへの懸念を強めた一方で、データを使えることの意味を実感したのだ。

感染の震源地でもある中国の動きは早かった。中華人民共和国工業情報化部は、2020年1月早々に各省間のデータ共有を行える体制を構築し、人流データの解析によって濃厚接触者を特定し、消費電力データで隔離中の人の移動を把握、地下鉄や公共交通機関から入手した交通データを使用してウイルスの予測伝播シミュレーションを行った。医療分野でも中国の病院でいち早くCTスキャン画像のAI解析が活用されたことは有名だ。

一方、グーグルは、各国政府などがコロナ対策に使用できるよう、各国の小売店や商業施設、公園、公共交通機関、職場、住居などの、地理的な移動状況を時間の経過で図示する匿名で収集された分析データを「COVID-19:コミュニティモビリティレポート」として提供した。

民主主義の国々は次のような悩みに直面した。政策目的を達成するためにデータは有効だが、監視国家とは一線を画するため一定のルールが必要だ。しかしEUのGeneral Data Protection Regulation(一般データ保護規則、GDPR)のような厳しすぎる個人承諾の考え方はイノベーションを阻害するかもしれない。

多くの民主主義国では現実として民間のプラットフォーマーが圧倒的にユーザーのデータを保有している。彼らをどう規制し折り合いをつければいいのか。世界は、「データは次の石油だ」と理念的に語り合うフェーズから、その付加価値について実感を持って活用する段階に入ったのと同時に、データのガバナンスは最も難しく重要なグローバル課題の1つとなった。

 

日本のリーダーシップとデータをめぐる現実

その中で、日本はどのようなゲームで臨もうとしているのだろうか。

安倍晋三前首相は、2019年の世界経済フォーラム年次総会で「成長のエンジンは、思うにつけもはやガソリンによってではなく、ますますもってデジタル・データで回っているのです」と高らかに宣言した。その際、「Data Free Flow with Trust(信頼性のある自由なデータ流通、DFFT)」を提唱、G20大阪サミットにおいては、関係国・地域や国際機関等と協力して、データ流通や電子商取引に関する国際的なルール作りをWTOの元で行う「大阪トラック」というプロセスを立ち上げた。

基本理念は、「個人情報や重要産業データを適切に保護し、プライバシーやセキュリティーに関する信頼を確保していきながら、自由なデータ流通を促進する国際的な枠組みの形成を目指す」というものである。GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)のような民間プラットフォーマーがデータを持ちその主役となっているアメリカ、官民問わず国家がデータを一元管理する中国、そしてGDPRという個人の権利を中心としたルール作りを行ったEUとは一味違う差別化を試みたのである。

日本は、DFFTの提唱によって外交的なリーダーシップを追求したが、データの活用についての足元はどうであろうか。日本では、2016年に議員立法によって官民データ利活用を主眼とした「官民データ活用促進基本法」が施行された。それにより、日本の政府のオープン・データの取り組みは、当初はOECDのランキング下位から出発し、現在では上位(2019年4位)まで躍進した。

透明性を確保するために中央政府の統計データなどを公開する取り組みは進んできた一方で、今回のコロナ対策では自治体との連携や、保有するデータの活用ができていないことが明白になった。コロナ対策の顔ともなったクラスター対策班は、感染症データの分析という本業に取り掛かる前に、各所に分散したデータを手作業で打ち込んで整理するところから始めなくてはならなかったし、また6月頃から本格導入された政府の感染者管理システムHER-SYSに入力する発生届は医療機関から保健所にFAXで届いていた。

 

デジタル庁をデータ駆動型社会の司令塔に

政府に期待される役割、デジタル庁に期待される役割とは何だろうか。

第1に、国内におけるデータ利活用の基盤となるルールづくりと、官民・中央・地方の垣根を越えて全国津々浦々までデータ活用を可能にするためのデータ連携基盤(レジストリ・ID基盤などを含む)の整備である。例えば、コロナ禍でその重要性が再認識された医療データ。慶應義塾大学の宮田裕章教授は「データ共同利用権」を提唱している。

これはデータを持つ本人の同意だけによらず、相当な公共性がある場合には、パーソナル・データであっても公共的に利用することを定めるものだ。医療や防災など緊急事態を含めて、官民双方データについて、活用されることで公共に資する場面においては、政府が使えるような仕組みを整備していくのが望ましい。

また、中央政府を超えて都道府県、さらにその先の基礎自治体が所管する保健所のような主体までデジタル化してデータのやり取りができるようになること、その利活用を阻む地域ごとの個人情報条例などを見直していくことだ。省庁間・地域間・官民。ここでも成功のキーワードは「縦割りを排す」ことである以上、デジタル庁がしっかりとした国内のリーダーシップをとっていくことが重要だ。

第2に、“同志国“と連携して、世界のデータ・ルール・メーキングに向けてイニシアチブをとることである。データは国内に閉じたものではない。人々は、今回のコロナ禍で、巣ごもり・リモート生活をする中でますますアメリカを中心としたプラットフォーム企業に頼っている。圧倒的なデータ量を保有するプラットフォーム企業が優位的な地位を乱用していないか、過剰にデータを独占していないか、課題は多い。

もしも中国のような国家主導の監視体制をとれば、国民の行動をも政府が意のままに動かせるという恐ろしさも知った。個人のプライバシーに配慮しながらも自由なデータ流通を目指していかなければならないと民主主義国家の国民は強く感じたに違いない。大国が一方的に規定する秩序形成ではなく、基本的価値観を共有する”同志国(Like-minded countries)“の連携を重視し、ルール・ベースでの秩序形成の環境をつくるルール・シェイパーとしての日本の役割は大きい。

 

民間と協働し、国民が利便性を感じてこそ

第3に、民間企業と連携し、国民が利便性を感じるサービスに結び付けることである。

今回のコロナ対応では、通信会社から人流データを取得して分析する、LINEの健康状態のデータを分析する、など民間データと活用する試みも行われた。

現在の政府で議論されているIT基本法の改正の政府案「デジタル社会の目指す方向性案(基本原則)」では、「官民連携を基本とし、国は、データ利活用や連携基盤整備等の、多様な国民のニーズに応えるサービス提供に必要な環境整備を行うとともに、行政自らもユーザー視点に立った新しいサービスを提供」するとある。

デジタル庁には、日本のデータインフラの形成、世界におけるデータ・ルール・メーキングの追求という戦略・マクロな視点と、目の前の国民に利便性を提供する利用者・ミクロの視点が求められる。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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