中国の金融パワー確保に立ちはだかる数々の難題(岡嵜久実子)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

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特集 日中国交正常化50周年「中国を知る。日中を考える」(2022年2月~)
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「API地経学ブリーフィング」No.103

(画像提供:Shutterstock)

2022年5月9日

中国の金融パワー確保に立ちはだかる数々の難題 - 経済の結びつき強い日中間の金融協力のあり方

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
岡嵜久実子

 

 

 

 

「灰色のサイ」のコントロールと金融の市場化

中国が経済制度改革と対外開放に踏み切ってから40年以上、同国の金融部門は市場の要素を段階的に取り入れながら、ときに深刻な経済過熱を引き起こし、多額の不良債権を抱えたり、株価の乱高下を経験したりしながらも、総じてみれば潤沢な資金供給によって経済成長を支えてきた。ただし、その金融制度改革は道半ばである。今後、中国が世界第2位の経済規模に見合った金融パワーを確保しようとするならば、いくつかの難しい課題をクリアしなければならない。

まず、国内の金融リスクを解消し、金融の市場化を推進するための基盤を整えなければならない。

高度経済成長期終焉後の中国が成長の軸を量から質に移行するためには、金融資源の配分をより効率的に行う必要があり、市場メカニズムの活用は必須である。なかでも市場需給と資金調達者のリスクを反映した金利形成メカニズムの構築と、それと整合的な資本取引規制の緩和が重要な課題である。

ただし、中国人民銀行(中央銀行。以下、人民銀行)や金融監督当局は、1990年代のアジア通貨危機時の諸外国の経験などから、金融市場化は金融部門全体のリスク管理能力の向上と並行して進めるべきという教訓を得ており、市場化には慎重な姿勢で臨んでいる。

中国は目下、2008年のグローバル金融危機時に打ち出されたいわゆる「4兆元の景気刺激策」を主因とする過剰債務問題への対処に追われている。当該刺激策はリセッション回避策としては効果的であったが、その裏側で地方政府、企業、家計部門の債務を持続可能性が疑われるレベルにまで急増させた。

2010年代半ば以降、中国政府は過剰債務の削減を優先政策課題に掲げているが、経済成長速度が鈍化する中、痛みを伴う債務リストラはなかなか進展しなかった。さらに米中摩擦の深刻化やCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)対策の経済への打撃で、状況は厳しくなっている。

とくに中国の不動産バブルと地方政府債務の問題は、かねてより「灰色のサイ」とみなされ、その動向が懸念されていた。「灰色のサイ」とは、誰の目にも見えていて普段はおとなしくしているものの、いったん暴れ出すと破壊的ショックをもたらしかねない金融リスクの譬えである。

2018年以降、地方商業銀行の経営危機、不動産企業の債務不履行、地方政府の財政危機などの問題が局部的に発生し、市場を動揺させている。これまでのところ、人民銀行が流動資金を潤沢に提供して市場の動揺を抑えるとともに、金融監督部門、財政当局、省政府などとともに、関係者に対する指導と支援を行い、「灰色のサイ」の暴走を回避している。

しかし、諸問題は相互に関連し、抜本的解決には至っていない。中国政府が金融リスクのコントロール強化と市場化推進のバランスに悩む状況は、なおしばらく続きそうである。

 

人民元の通用力強化

グローバル金融危機を機に、中国の国際金融上の行動にも変化が生じているが、資本取引規制緩和の遅れがその実効を妨げている面がある。

当時の国際金融市場の混乱を受け、中国政府は米ドル依存の不安定さを強く認識し、対外決済において人民元の利用を促す方向に舵を切った。また、主に貿易・直接投資相手国との間で双方の通貨利用を支える狙いから、人民銀行は2009年以降、約40の中央銀行などとの間でバイラテラル(双方)の通貨スワップ協定を結んでいる。

その頃、中国は国際通貨制度改革の必要性を主張し、人民銀行のトップが国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)の機能強化を提案することもあった。さらにアジア地域のインフラ建設資金需要に応えることを主目的に、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立を提案し、最大の出資者として2016年の開業を主導した。

こうした動きは、中国の「一帯一路構想」と絡めて首脳外交で取り上げられることも多く、国際社会はそこには同国の影響力強化を狙う政治的な思惑が反映されていると捉えがちである。しかし、実務を担う人民銀行や財政部の幹部の発言などからは、「米ドル基軸体制への挑戦」といった意図は感じられない。

それは、現状では米ドルと人民元の通用力の差が大きいからであろう。例えば、国際銀行間通信協会(SWIFT)によれば、2022年3月の世界のクロスボーダー決済における利用通貨のシェアは、米ドルの41.1%に対し、人民元は2.2%にすぎない。

また、2016年10月に人民元がIMFのSDR構成通貨に加えられた後、公的外貨準備に人民元を組み入れる国も増えているが、2021年末時点の149報告者全体の公的外貨準備に占める通貨別シェアは、米ドルの58.8%に対し、人民元は2.8%である。中国の資本取引規制が厳しい以上、人民元利用の広がりには限界があるということだろう。

他方、近年、中国は金融サービスのデジタル化を奨励しているが、その狙いは

① 金融取引の効率性と利便性の向上
② 中国の対外的金融パワーの強化
③ 新たな国際ルール作りにおける主導的地位の確保

などにあると思われる。このうち②については、資本取引規制の緩和にかなりの時間を要するならば、短期的な成果は期待できず、当面は①と③に政策の重点が置かれるものと予想される。

実際、人民銀行は「デジタル人民元研究開発進展白書」(2021年7月公表)において、デジタル人民元の国際的利用にはなお課題が多いと説明すると同時に、デジタル人民元の実証実験をベースに、G20などの呼びかけに積極的に呼応して国際間決済システムの改善を提案していく意欲を示している。

 

日中金融協力の視点

最後に、今後の日中間の金融協力のあり方について考えてみたい。

金融面では、両国の企業や投資家が双方の市場を自由に安心して利用できる環境整備が求められている。現在は、中国の資本取引規制だけでなく、経済以外の要素に起因する不安定性がネックになっている。しかし、両国経済の結びつきが深まっていることも事実である。

例えば2005年以降、日本の経常黒字は第1次所得収支が大半を占めている。2021年1~9月のデータをみると、日本の経常黒字13.7兆円のうち、財貿易黒字は2.3兆円、第1次所得収支は16.4兆円である(サービス貿易は赤字)。その第1次所得収支の中心は、直接投資収益8.4兆円と証券投資収益7.1兆円で、直接投資収益の2割強は中国から流入している。

ここで日中、日米間のデータを比較してみると、日本の対中直接投資収益1.8兆円(受取1.8兆円、支払91億円)に対し、対米同収益は1.3兆円(受取2.1兆円、支払0.7兆円)となっている。他方、証券投資収益は、対中収益は641億円(受取906億円、支払266億円)に過ぎないが、対米収益は2.6兆円(同収益全体の4割弱。受取4.8兆円、支払2.2兆円)である。

 

相互信頼の土台を築ければ日中間の資本移動は増大

このように投資収益の流れをみると、全体としては日中関係よりも日米関係のほうが広く深いが、企業・投資家によって状況は区々であり、この10年ほどの間に中国のウェイトが急増していることも無視できない。今後、相互信頼の堅固な土台を築ければ、日中間の資本移動はさらに増大するだろう。その第一歩としては、為替送金の円滑な実施を担保する仕組みや金融取引に関する透明かつ公正な紛争処理メカニズムの構築ないし改善が有効ではないか。

東京国際金融市場のさらなる発展のためには、成長著しいアジア諸国の投資家や企業をさらに呼び込みたい。この点でも、1人当たり国民所得(GNI)が1万米ドルを超え、高所得国に近づいている中国への期待は大きい。アジアに蓄積されつつある金融資本の大きさに鑑みれば、東京、上海、香港がそれぞれの特徴を生かし、相互補完的な市場としてともに発展することは十分に可能だろう。

また、アジアで格段に大きな金融市場を有する日中両国には、金融面の国際ルール作りにおいて、アジアの声をまとめ上げ、それを新ルールに反映させていくために協力することも期待されている。この点に関しては、アジア域内の政府を含む多様な市場参加者がさまざまな視点から意見・情報交換を積み重ねていくことが重要である。日本も中国も、これまでにそうした場の提供を積極的に行ってきたが、両国が協力して働きかけを行うことで、より効果的に成果が上がるケースも出てくるのではないか。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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