中国が「対台湾武力行使」を簡単には起こせない訳(松田康博)


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本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

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「API地経学ブリーフィング」No.100

画像提供:Aflo

2022年4月11日

中国が「対台湾武力行使」を簡単には起こせない訳-ウクライナの反撃、ロシア経済制裁を目撃した今

東京大学東洋文化研究所教授
松田康博

 

 

 

 
ロシアのウクライナ侵攻を目撃したことで、中国が台湾に武力侵攻しないかがますます懸念されている。しかし、中国が台湾を武力で統一することや、台湾が支配する離島を奪取することは、コストやリスクが高すぎるため、近い将来発生する蓋然性はあまり高くない。

これに加えて、中国が対台湾武力行使を思いとどまる理由を経済の観点からも検討する必要がある。なぜなら中国共産党にとって、台湾と統一することだけが唯一無二の国家目標であるわけではないからである。むしろ経済発展と生活水準向上こそ、中国共産党の正当性根拠となっていることを忘れてはならない。

 

「平和統一政策」の主な目的

そもそも、中国は台湾の「平和統一政策」の看板を取り下げていない。なぜだろうか。それは、中国にとって「平和統一政策」と中国自身の「平和発展戦略」が緊密に結びついているからである。

多くの人は、中国と台湾が平和的に統一することに「平和統一政策」の目的があると信じている。確かにそれは正しい理解であるが、より注目すべきことは、中国が平和的な国際環境を享受して経済発展に邁進する現実を支えてきたのが「平和統一政策」であったことである。

1949年から1970年代まで、国共内戦の延長戦が続いており、台湾海峡は文字どおり戦場であった。中国は「台湾解放」を、台湾は「大陸反攻」を唱えていた。1950年代に中国は沿岸島嶼に攻勢をかけた。他方で台湾は離島を拠点とし、小規模ながらも、中国大陸を爆撃したり、上陸作戦をしたり、海上突撃をしたり、奥地の遊撃隊に武装蜂起させたりしていた。砲撃戦、空中戦、海戦がしばしば起こり、パイロット亡命事件が起こり、スパイが捕まっていた。

ところが、中国は1979年元日をもって金門島への砲撃停止を宣言し、1981年9月に正式に「平和統一政策」を宣言した。台湾は、1991年に李登輝総統が内戦状態の終結を宣言したが、中国は「敵対状態」が継続しているという解釈を取っている。

 

中台間の戦争状態は法的に終わっていない

つまり、1979年以来武力行使はなされなくなったが、まだ中台間の戦争状態は法的には終結していない。中国は「政策」として「平和統一」を宣言することで、台湾海峡を含む中国の沿海地域と隣接する海上交通路に事実上の平和をもたらしたのである。この平和的環境抜きに、中国が改革・開放政策に踏み切ることは不可能だった。

中国が「平和統一政策」を軽々に撤回して武力統一に転換できないのは、こうした歴史的経緯の重みのためである。ただし、法律上中国の「平和統一政策」は、「台湾を中国から分裂させるという事実」が引き起こされた時などいくつかの条件で、「非平和的手段」(一般には武力行使を含むと解釈されている)を取れることが定められている(「反国家分裂法」第8条)。ただし、注意すべきなのは、「武力行使」や「武力による威嚇」は、あくまでも台湾の独立阻止が目的であって、「武力統一」が目的ではない。両者はまったく別物である。

習近平の下では、武力を背景に統一を進めるより強制的な「平和統一政策」への転換がささやかれている。それは民主進歩党率いる台湾が統一を選択する可能性がほぼなくなったことと、中国の国力増大に伴う自信が強まったことによる。実際に戦闘に至ることはないとはいえ、武力を背景に統一実現を目指すのだから、交渉を主とする従来の「平和統一政策」の枠組みから外れる可能性がある。近年、台湾有事への懸念が高まったのはこのためである。

 

ウクライナ戦争の教訓は何か

台湾有事への懸念が高まる中、2022年2月24日、ロシアがウクライナに全面侵攻を開始した。ところが、ウクライナ戦争は、かえって武力に恃む下策の危うさを世界に示しつつある。中国は、ロシアによるウクライナ侵攻を事前に知っていたと推定されるが、まさかロシアの軍事行動がこれだけ劇的に失敗し、第2次世界大戦以来最悪の人道危機を欧州にもたらし、プーチン大統領が「世紀の大悪人」になるとは、想定していなかっただろう。もはやロシアには、よくて「惨勝」、悪くて「惨敗」しか残っていない。

しかも、ロシアの武器があまり有効ではない一方、アメリカに武器と情報を提供された軍隊は、予想外に善戦できることが判明した。ロシア人将兵の士気が低い一方で、祖国防衛のため戦うウクライナ軍民の士気は高い。これほどまでに激しい戦争を経た後、ウクライナが屈服し、ロシアとの統合を選択することはないだろう。

同様に、中国による侵攻を受ければ、それは台湾にとって決して妥協できない「事実上の独立戦争」になりかねない。軍事的観点から見て、中国の対台湾武力行使のハードルはかなり上がったとみることができる。

もう1つの重要な教訓は、国際社会が団結して対ロシア制裁を矢継ぎ早に打ち出したことである。プーチン大統領を初めとした政権幹部の海外資産は凍結され、世界の金融機関の送金業務を担う国際銀行間通信協会(SWIFT)からの除外やロシア中央銀行の外貨準備凍結など、強力な制裁が実現した。

制裁で直接ロシアの軍事行動を止めることはできなくても、ロシア国内は動揺している。もしも制裁が長期化すれば、おそらくロシア国民は、今後数世代にわたって世界の発展から取り残されるだろう。

中国の経済規模はロシアの約10倍である。世界が中国に依存しているのと同様に、中国も世界に依存している。中国が台湾に全面侵攻した場合、類似の経済制裁が加えられる可能性があり、それは一定の効果を持つ。体制内エリートの多くが、財産と家族を海外に置いていることからみて、個人や企業をターゲットとした制裁も一定の効果を持つ。何よりも台湾の武力統一がたとえ実現できたとしても、その結果、経済が大打撃を受ければ共産党の統治が大きく動揺する可能性がある。

 

制裁によるロシアの弱体化がカギとなる

中国はこうした教訓を得ながらも表面的には異なる言説を流すだろう。「核兵器で威嚇すればアメリカは手を出せない」「中国経済は巨大で、対中制裁など不可能だ」「武力統一作戦なら、軍民の士気は高いはずだ」「一時的に制裁を受けても、迅速に既成事実を作ればよい」などである。なぜなら、中国はロシアの失敗と衰退によって台湾独立派が勢いづくのを恐れるからである。

当局の行う宣伝が影響力を持つ中国では、こうした言説を信じるものもいるだろう。しかし、強固な情報統制がある中国でも、知識人を中心にロシアのウクライナ侵略の実態は知られつつある。まず制裁を通じてロシアが高い代償を支払うことで、「ウクライナ侵攻はプーチン政権の終わりの始まりだった」というナラティブが広まる可能性もある。

中国人は、今後長期にわたってウクライナ侵略に踏み切ったロシアの凋落を目撃していく。経済は破綻・縮小し、政府関係者は国際社会で孤立し、国際的なイベントなどからも排除される。制裁強化によるロシアの中長期的弱体化は、将来中国が武力行使をする際の後ろ盾を失わせると同時に、中国の対台湾武力行使を思いとどまらせる強い警鐘となるのだ。

中国にとって、「平和統一政策」はいまだに現行の政策である。「平和統一政策」があってこそ中国は「平和発展戦略」を続けられるのだ。中国にとって、武力に頼る対台湾政策よりも、経済的交流を通じて台湾独立を阻止し続けるほうがはるかにリスクは低い。中国指導部にこのことをきちんと理解させるためにも、日本を含め、関係諸国は対ロシア制裁を貫徹する必要がある。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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