中国の「やられたらやり返す」戦狼外交が抱く難問 (城山英巳)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

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特集 日中国交正常化50周年「中国を知る。日中を考える」(2022年2月~)
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「API地経学ブリーフィング」No.99

画像提供:Aflo

2022年4月4日

中国の「やられたらやり返す」戦狼外交が抱く難問-西側民主主義陣営に対して宣伝戦を強化する事情

北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院教授
城山英巳

 

 

 

中国共産党の体制や政策に異を唱える米欧日などに対して「報復」措置を吠える「戦狼外交」は、19世紀以降に西洋や日本に領土や主権を侵食された「屈辱の歴史」からはい上がり、今や「強国」になった国民のナショナリズムを刺激しており、習近平共産党総書記(国家主席)は求心力を高める国内的効果を狙っている。

しかしロシアのウクライナ侵攻を受け、アメリカのバイデン大統領が、ロシアのプーチン大統領について「権力の座にとどまってはならない」と述べ、米欧日などの西側民主主義陣営と、中ロを中心とした権威主義陣営の対決がより鮮明になる中、習近平は、体制の存亡を懸けた対西側イデオロギー闘争を勝ち抜く「宣伝戦」の一環として「戦狼外交」を強化する必要性を感じているだろう。ただロシアに偏りすぎる印象も避けたい意向で、その強硬宣伝工作のあり方が問われている。

 

中ロ「共闘」は絶対的原則

習近平が2月4日、ウクライナ侵攻を前に北京冬季五輪開会式に出席したプーチンと会談し、公表した共同声明でこう明記された。

「中ロは、外部勢力が両国共同の周辺地域の安全と安定を破壊することに反対し、外部勢力がいかなる口実であれ、主権や国家の内政に干渉することに反対し、カラー革命に反対する」

習近平は米欧日などを念頭に、権威主義陣営を動揺、弱体化させる「カラー革命」への警戒感をあらわにした形だ。共産党体制を維持、安定させ、社会主義の優位性を広めるため、習近平にとって中ロ「共闘」は、ウクライナ危機がどう転ぼうと絶対的な原則である。

習近平のこうした世界観は一貫している。共産党総書記就任翌月の2012年12月、広東省を視察した際の内部講話で、ソ連崩壊の教訓をくみ取るべきだと訴え、2013年8月に開いた「全国宣伝思想工作会議」で西側とのイデオロギー思想闘争に敗北すれば、政権の瓦解につながると危機意識を強めた。

西側イデオロギー浸透への懸念は、習近平以前の歴代指導者も有していた。習近平が異なるのは、ソ連と同様に「亡党亡国」してしまう(党も国家も滅びる)ことへの深い危機感を隠さないことだ。

もう1つは、危機感の一方で、習近平は、中国がアヘン戦争以降の100年間にわたる「屈辱の歴史」から立ち上がり、「中華民族の偉大な復興」を実現するという歴史観に強く固執していることだ。だからこそアメリカを追い抜くほどの「強国」として世界経済を支える総合国力を持つにもかかわらず、それに見合う評価を国際社会から受けておらず、いまだ「偏見」を持たれている現実にいら立ちを強めている。

その習近平の不満が、「もう中国は馬鹿にされない。やられたらやり返す」という根本的発想を持つ「戦狼外交」を後押ししている。米欧日からの「言われっ放し」を許さない国民のナショナリズムに応える「戦狼外交」は一定の支持を得ている。

しかし習近平は、ウクライナ危機で鮮明になった西側民主主義陣営の「結束」を打ち破らなければ、「中華民族の偉大な復興」実現のために欠かせないとする台湾統一の「悲願」もおぼつかないと認識しているのは確実だ。「戦狼外交官」の代表格である趙立堅外交部副報道局長は3月18日の定例記者会見で、アメリカが「虚偽情報を絶えずまき散らし、中国の顔に泥を塗っている」と反発したが、「屈辱の歴史」を想起させることで国民のナショナリズムも鼓舞し、「戦狼外交」を武器に西側民主主義陣営への「宣伝戦」「情報戦」を強化するだろう。

 

トランプ「ツイッター政治」に対抗

「戦狼外交」は、王毅国務委員兼外交部長の習近平に対する「忖度」で展開されているとみていい。日本通であるがため「弱腰」批判に神経を尖らせる王毅としては「強い外交部」をアピールする好機ととらえている。

王毅は外交部長就任から1年後の2014年3月の記者会見で「新時代の中国外交」について「われわれには気骨が必要だ。気骨の起源は民族の誇りだ。近代以来100年間の屈辱の歴史は永遠に過去のものとなった」と語気を強めた。

中国外交の「戦狼化」が顕著になったのはその直前の2013年12月、安倍晋三首相が靖国神社に参拝したことを受け、駐外大使が、一斉に「歴史戦」のため任地国のメディアを舞台に対日批判を組織的に展開した時だ。習近平も、「中国の特色ある大国外交」が提起された2014年11月の中央外事工作会議で、「大国外交」のあり方として、「『気概』のあるものにしろ」と指示した。

「戦狼」は、2017年に中国で大ヒットした愛国アクション映画「戦狼2」が起源だが、「戦狼外交」と名付けたのは2019年7月17日のイギリスBBC放送(中国語版)の記事とみられ、記事はその直前の同月13日、ツイッター上で、スーザン・ライス元アメリカ大統領補佐官と応酬した趙立堅駐パキスタン臨時代理大使を取り上げた。趙は駐米大使館書記官時代の2010年5月から、中国国内で規制されるツイッターを駆使。西側の言論空間に向けて「モノ言う」希有な外交官だった。ライスに対して、アメリカ内の黒人差別を指摘し、「恥知らずな人種差別主義者だ」と批判されると、さらに「あなたこそ恥知らずだ」と反論した。

中国外交の「戦狼化」は、「ツイッター政治」を徹底したアメリカのトランプ前大統領の登場によって一線を越えた。米中貿易戦争は2018年3月に始まるが、2019年に入ると米中対立はファーウェイ、香港、新疆ウイグル自治区などの問題をめぐり拡大を続けた。

 

新型コロナの発生源をめぐって物議

こうした中、2019年8月、スーザン・ライスとやり合ったばかりの趙立堅が、報道局副局長に異例の抜擢。トランプの対中強硬発言に対抗するため、ツイッターという西側の言論空間で闘う外交官が必要との認識を持つに至った。2020年3月には、新型コロナウイルス発生源をめぐり趙立堅はツイッターで「アメリカ軍が武漢に持ち込んだ可能性がある」とつぶやいて物議を醸し、「戦狼外交」は名実ともに定着した。

同時に中国の外交官たちは相次ぎツイッターアカウントを開設。2019年10月には華春瑩報道局長ら多くの有名外交官がツイッターを始め、多くの在外公館も2020年前半までに一斉にアカウントを開設した。外交部にはツイッターを使った「戦狼外交」の実践が評価される空気があり、北京向けに実績をアピールしようする外交官が多いことが背景にあるとみられる。

 

高まるナショナリズム、止められないジレンマ

日本国内での「戦狼外交官」として知られるのは、2021年8月からツイッターを始め、大量の投稿とリツイートを繰り返す薛剣大阪総領事だ。アフガニスタンから撤収するアメリカ軍機にしがみつき、振り落とされる現地人の姿を揶揄した画像をツイートしたり、アムネスティ・インターナショナルの香港事務所の閉鎖を「害虫駆除」とつぶやいたりし、反米感情と反西側民主主義をむき出しにした発信が注目され、フォロワーは3万人を超えた。

「反米」はほかの「戦狼外交官」と同じだが、異なる特徴も多い。

(1) わかりやすい日本語で発信している
(2) 日中友好重視で、日本への批判を控えている
(3) 「現場主義」「親しみやすさ」「ユーモア」を笑顔で演出している
(4) 日本メディアが伝える否定的な「中国」と異なる「中国イメージ」と「中国理解」を形成しようとしている

などだ。フォロワーからの質問に応じる「何でも答える」企画や日本人限定の新疆ウイグル自治区ツアー案内など、「硬(ハード)」な側面だけでなく「軟(ソフト)」面も織り交ぜた新たな「戦狼外交」を実践している。

世界の対中イメージを悪化させ、国際社会との緊張を生んでいる「戦狼外交」は今後、どう展開するのだろうか。崔天凱前駐米大使は2021年12月の講演で、対米関係を念頭に「実際の闘争で彼らに勝つだけでなく、人格面でも打ち破らねばならない」と述べ、「戦狼外交官」を批判した。外交部内には弊害を懸念する声が多いことを浮き彫りにした。

しかし習近平は、国民にナショナリズムをあおった結果、ナショナリズムに縛られる現実の中、「戦狼外交」を継続せざるをえないジレンマも抱えている。一方で、ウクライナ危機を受け、民主主義陣営の足並みの乱れも見逃さず、アメリカと距離を置く国を取り込む狙いもあるとみられる。中立的な東南アジアや中東、アフリカとの関係を固め、日欧にも接近し、西側民主主義陣営に揺さぶりをかけてくる可能性が高い。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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