【福島原発事故11年】「処理水問題」はなぜこじれたのか? 「民間事故調」報告書より


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【福島原発事故11年】「処理水問題」はなぜこじれたのか? 「民間事故調」報告書より

2022年3月10日

理事長 船橋洋一2011年3月11日に発生した東日本大震災とそれによる大津波は、東京電力福島第一原子力発電所(福島第一原発)事故を引き起こし、10年以上が経過した今なお、日本社会にさまざまな形で影を落としている。

この未曾有の大事故を受け、シンクタンク「日本再建イニシアティブ(RJIF)」は民間の立場から独自に福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)を設置し、2012年に調査・検証報告書を刊行。「アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)」に改組して以降も、事故から10年後のフクシマを総括すべく、福島原発事故10年検証委員会(第二次民間事故調)を立ち上げ、「民間事故調最終報告書」を昨年刊行した。

「THE PAGE」は、日本社会の「いま」と「これから」を考える上で、避けては通れない福島第一原発事故から得た課題や教訓を「学ぶ」ために、同報告書の一部を抜粋し、要点をまとめた形で紹介していく。

 

増え続ける処理水問題解決に立ちはだかる「3つのリスク」

放射線物質汚染とそのコミュニケーションにどう向かい合い、どう取り扱うかという課題は、東京電力福島第一原子力発電所事故すべての課題と教訓の中でも極めて難しいテーマである。それは「被曝リスク」「主観リスク」「経済リスク」という同時に解決することが難しいという放射線災害の3つの課題、トリレンマが存在するからである。

福島第一原発事故の後、残された大きな問題に「汚染水」「処理水」の問題がある。津波の海水、燃料デブリ(溶融した燃料)を冷やすための水、雨水・地下水などが、建屋や原子炉などを含む汚染されたエリアを通ることによって、セシウムやストロンチウム、トリチウムなど様々な含む放射性物質に汚染される。

東京電力は、そうした高濃度汚染水の浄化処理を進めるため、2011年から「キュリオン」「サリー」というセシウム吸着装置を稼働し、また62種類の多核種を除去する装置「ALPS(アルプス)」などを稼働させてきた。汚染水を増やさないためのさまざまな取り組みも行なっている。ALPSでも除去できないトリチウムを環境中に排出する際の濃度の運用目標は1500Bq(ベクレル)/L(リットル)未満とし、2014年には地下水バイパスの設置、2015年にはサブドレン(建屋近くの井戸)水の放出を開始した。また2016年には地下水の流入を防ぐために原子炉建屋の周囲を凍らせる凍土壁も運用が始まった。

とはいえ、徐々に汚染水が増え続けていることには変わりはない。廃炉処理の一環として、事故後、増え続けたこの水をどうするかという問題が「汚染水対策」「汚染水処理」である。

 

「被曝リスク」より「主観リスク」で「経済リスク」顕在化

何より汚染水問題は漁業問題として立ち表れている。放射線量は極めて低く「被曝リスク」の問題というよりも、海外や一部の人の「主観リスク」という不安感情が存在するがゆえに、「経済リスク」が顕在化するという問題である。

トリチウムは通常運転されている世界中の原発において、温排水として海洋や湖に放出されている。日本ではこのトリチウムの排出基準は、成人が通常1日に飲む量の水(2.6リットル)を1年間飲み続けた場合に1mSv(ミリシーベルト)/年となる濃度を元に計算され、法令で定められた濃度の限度は6万Bq(ベクレル)/L(リットル)とされている。そのため、海洋放出が最もコストが少なく、安全であるという論も少なくない。

トリチウム水に関しては「地層注入」「地下埋設(コンクリート固化)」「海洋放出」「水蒸気放出」「水素放出」の5つの処分方法の選択肢が検討されたが、結果的には、方向性は環境(海洋、水蒸気)放出という以外に方向性は見出せていない(2021年4月13日に海洋放出の方針が政府決定)。

 

政府・東電と地元住民 どのリスクを最小化するかでギャップ

「処理水」に関する社会的影響の軽減策については、従前の風評被害の対策メニューの他にできることは多くはなく、風評対策の質的・量的な強化が求められているが、抜本的な打開策がないのが現状である。「処理水」の問題についての現状の国民的な合意と理解、及び輸入規制を続ける諸外国の理解の現状を鑑みれば、経済的影響は避けることができない。

福島県は震災前の2010年は8万トン、全国17位、182億円の生産額を有し、日本有数の漁業県であったが、震災後その姿は一変し、2016年における生産額は79億円で全国29位と大きく後退した。

漁業関係者や地元住民は「経済リスク」の最小化の問題を喫緊の課題として認識しているのに対し、政治家や科学者は「被曝リスク」の最小化と「主観リスク」の最小化を優先的な課題であると認識しているのである。だからこそ、漁業関係者や地元住民にとって風評は現実の「経済リスク」であるのに、政府、東電、専門家は「経済リスク」をどう制御するかという説明をせず、「被曝リスク」が小さいという説明ばかりを繰り返し、すれ違い続けている。

政府も科学者もなお科学的に説明をすることによって、このトリチウムを含む処理済の水の問題が解決できるとみなしている。ここに問題が存在する。

 

「緊急時」から「平時」のリスコミへの切り替えに失敗

「放射線災害のリスク・コミュニケーション」と題した第3章では、処理水以外の問題も含めて、現状の3つの課題を提示している。

第一に、放射線の健康などへの影響に関する説明をめぐり、科学者コミュニティと政府の信用が失墜し、事故直後の混乱期において1mSv(ミリシーベルト)/年という絶対的な基準が構築されてしまった。これは除染、中間貯蔵施設、土壌廃棄物、避難の長期化を生む政策的に極めて重要な意味を持つこととなった。また、日本はクライシス・コミュニケーションから、平時のリスク・コミュニケーションへの切り替えに失敗し、緊急時の予防的措置をとるクライシスの段階から平時のリスクを共有する段階への切り替えができなかった。

第二に、トリレンマの把握である。放射線災害からの回復には、「被曝リスク」「主観リスク」「経済リスク」のうち、行政・科学者は「被曝リスクの最小化」を実現すればよいと主張し、残る二つについては、単なる一部住民の声と見放しつづけている。このトリレンマを解決することなく、10年を迎えている。

第三に、福島原発事故後の規制の強化、また規制と原子力防災の分離は、事故対応や住民の被曝の最小化などの原子力防災という「目的」を原子力推進と再稼働の「手段」と置き換えてしまった。原子力発電所事故時の避難という「大きな安全」を達成することよりも再稼働のための障害となる不安を解消し「小さな安心」を達成することが重視されるという構造を生んでしまった。

すなわち、新たな「安全神話」が再構築されているのである。

 

報告書

 2021年2月19日に『福島原発事故10年検証委員会 民間事故調最終報告書』を株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワンから刊行しました。

プロジェクト詳細

序章 第二次民間事故調の課題:「いつものパターン」は許さない

第1章 安全規制─不確かさへのアプローチ─

コラム1 消防車による原子炉注水

第2章 東京電力の政治学

コラム2 なぜ、米政府は4号機燃料プールに水はないと誤認したのか

第3章 放射線災害のリスク・コミュニケーション

コラム3 “過剰避難”は過剰だったのか

第4章 官邸の危機管理

コラム4 福島第二・女川・東海第二原発

コラム5 原子力安全・保安院とは何だったのか

第5章 原子力緊急事態に対応するロジスティクス体制

コラム6 日本版「FEMA」の是非

コラム7 求められるエネルギー政策の国民的議論

第6章 ファーストリスポンダーと米軍の支援リスポンダー

コラム8 2つの「最悪のシナリオ」

コラム9 「Fukushima50」─逆輸入された英雄たち

第7章 原災復興フロンティア

コラム10 行き場のない“汚染水”

コラム11 免震重要棟

終章 「この国の形」をつくる

発売日:2021年2月19日
出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
ISBN:978-4-7993-2719-7

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