中国が「極端な貧富の差」の中で山ほど抱える難題(阿古智子)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/510642

特集 日中国交正常化50周年「中国を知る。日中を考える」(2022年2月~)
API地経学ブリーフィングでは、2022年の日中国交正常化50周年を記念して、「中国を知る。日中を考える」シリーズの連載を開始しました。論考一覧はこちらをご覧ください。

「API地経学ブリーフィング」No.92

画像提供:Shutterstock

2022年2月14日

中国が「極端な貧富の差」の中で山ほど抱える難題 ― 国内の社会矛盾増大、習近平政権に焦燥が見える

東京大学大学院総合文化研究科教授
阿古智子

 

 

 

習近平政権が実現しようとする「中国の夢」、すなわち「中華民族の偉大な復興」とは「中華民族=中国人」の統合による近代的な国民国家の建設を意味している。当然、「中華民族」には、少数民族や香港、マカオ、台湾の人々も含まれる。2021年7月の共産党創立100年式典や同年11月に採決された「歴史決議」の内容からもわかるように、習近平国家主席は国民統合と祖国統一を歴史的任務と捉えている。

そうした背景の下で、昨今の新疆ウイグル自治区や香港での激しい弾圧、台湾統一を目指すとする姿勢は、習主席の強い決意の表れでもあるが、同時に不安と焦りを体現しているようにも見える。なぜなら、経済成長の鈍化と格差の固定化が顕著になる中、国内の社会矛盾は増大し、国際社会からの批判も高まっており、国民統合には難題が山積しているからだ。

 

固定化する格差

中国の貧富の格差は拡大し続け、固定化の傾向が顕著である。クレディ・スイスによると、2020年の上位1%の富裕層が持つ富は全体の30.6%で、2000年から10ポイント上がった。その一方、中国には6億人の平均月収が1000元(約1万8000円)前後の中低所得かそれ以下の人々がいると、李克強首相は2020年の全国人民代表大会閉幕後の会見で指摘している。

社会主義国でこれほどまでの格差が存在することは本来ありえないが、「先富論」で改革開放政策を進める一方、政治改革を抑制したつけが回ってきたのだと言える。市場経済の競争原理が不完全な形でしか導入されない中で、不動産や株式市場で儲け、先に豊かになった層が肥え続け、貧困層が上の社会階層に移ることは至難の業である。不平等・不公正な制度下で権力の濫用が深刻化し、富を創出する機会は既得権益層に集中している。

掲げる看板と現実のギャップを埋めるべく、習近平政権は「共同富裕」の考え方を打ち出し、貧困脱却事業や不動産市場への介入を積極的に行っている。突然の学習塾の非営利化など、驚くような政策も飛び出し、不法利益取得の取り締まりや寄付活動の推進にも力を入れている。

 

急激な少子高齢化

しかし、中国の経済成長は鈍化しており、2020年夏に導入された不動産融資規制もあり、不動産開発やインフラ投資に依拠していた経済成長モデルは曲がり角に差し掛かっている。さらに新型コロナの規制も影響し、内需が弱い状態が続いている。

加えて懸念されるのが、急激な少子高齢化社会の到来だ。2021年の出生数は1062万人と1949年の建国以来最少となった。2020年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産むと見込まれる子どもの数)は1.3と日本の1.34より低く、北京や上海などの大都市ではすでに0.7前後と世界最低レベルである。65歳以上の人口は2億人を突破している。

予想を上回るスピードでの少子高齢化に待ったをかけるため、中国政府は2021年5月に3人の出産を認める奨励策を出した。しかし出生率が上がらない背景には、公的年金や社会保障制度の未整備、その農村と都市の格差、就業機会や教育を受ける機会の不平等といった事情がある。

子育て世帯への支援策を行っているのは、財政に余裕のある一部地域や企業にとどまる。昨今の学習塾への締め付けは激化する一方の受験戦争を緩和するためであろうが、まったくの対処療法でしかない。さらに、中国では結婚時に住宅を用意することが一般的であり、多額の住宅ローンの返済も重荷になっている。

人口抑制は中絶や不妊手術で目標を達成できたのかもしれないが、三人っ子政策の目標は強権的な政府でも容易には達成できないだろう。各家庭は重すぎる負担に耐えられないし、個人の権利を大切にする女性たちも国家から手段に用いられることを拒んでいる。

儒教文化には子どもを家の所有物のように捉える側面があり、その影響は一人っ子政策が実施されてから一層中国社会に浸透していった。子どもの進学や就職、結婚や孫の誕生には、一族の命運が掛かっているといっても過言ではない。両親と4人の祖父母が1人の子どもに過剰な愛情と時間、金をかけるのである。

 

世界でも例を見ない一人っ子政策の副作用

さらに、一人っ子政策の深刻な副作用は、いびつな男女比にも現れている。2020年に実施された第7回全国国勢調査によると、男性が女性よりも3490万人も多く、総人口の男女比は105.07、農村人口の男女比は107.91であった。出生時の男女比は111.3と2010年の118.1よりは下がったが、依然高い水準を維持している。20~40歳を結婚適齢期とすると男性が女性より1752万人多く、男女比は108.9になる。

それゆえ、中国では「剰男」(売れ残りの男性)が深刻な社会問題となっている。結婚に際して男性側が多額の彩礼(結納金、住宅、車、贈り物)を準備しなければならない地域もあり、中国の大手IT企業・騰訊の「谷歌データ」によると、2020年の結納金の平均額は高い順から浙江省18万3000元(約330万円)、黒竜江省15万2000元(約270万円)、福建省13万1000元(約230万円)、江西省11万2000元(約200万円)となっている。大都市は低めで、北京市6万3000元(約110万円)、上海市7万2000元(約130万円)であった。

北京冬季五輪が開幕する直前、徐州市豊県で8人の子どもを持つ女性が鎖に繋がれて監禁されている様子がSNSで拡散し、衝撃を与えた。本事件の全貌はいまだ明らかになっていないが、女性に対する家庭内暴力や性的暴行が昨今中国で深刻化している。また、子どもの誘拐が後を絶たないのは、一部地域では女児が売られるようにして嫁がされ、家のための金づるになっているからだ。そうした地域では、跡取りである男児の彩礼を準備する必要から、女児を嫁に出すという男尊女卑の考え方も根強い。

一方、「996」(週6日、午前9時から午後9時までかそれ以上働く)というライフスタイルや、エンドレスに非理性的な競争が加速する社会現象「内巻」に嫌気が差した若者の中には、立身出世や物質主義に関心を示さず、「躺平」(寝そべり族)になることを選ぶ者もいる。結婚しない生き方を選ぶ人、同性愛者であることを明らかにする人も増えている。2013年以降、婚姻件数は減少傾向にあり、2020年は813万1000組(前年比-12.2%)と最低記録を更新した。

 

不安定な食糧・エネルギーの供給

習近平政権をさらに不安にさせるのが、不安定な食糧とエネルギーの供給である。例えば、昨今の豚肉価格の乱高下が懸念事項になっている。2018年にアフリカ豚熱(アフリカ豚コレラ)で養豚農家の廃業が相次ぎ、一時生産量が激減、2020年は2018年比で生産量が3分の1になり、2020年末までの1年半、豚肉の枝肉価格は市場最高値レベルで推移した。

中国の欧米各国からの豚肉輸入は世界的な食肉価格の高騰も招いた。しかし、豚肉の価格高騰によって養豚企業が新規参入したため、2021年に入ると生産が増加し、価格は急落した。さらに、豚の飼養頭数が大幅に増えたことで飼料となるトウモロコシ価格が高止まりし、豚肉価格は大幅安、穀物は大幅高の状態となった。

供給不足を心配して中国が買いすぎると、世界市場の価格が上昇する。国内の生産調整も容易ではない。昨年は洪水の影響でコメも輸入拡大の傾向にあった。中国政府は危機感を抱いたのか、2021年4月末に、食べ残しや大食い動画の投稿を禁じる法律を制定している。

中国はアメリカ、オランダ、ブラジル、ドイツ、フランス、カナダなどから食糧を輸入しているが、こうした国々は中国の人権侵害に厳しい姿勢を示している。さらに、石炭と天然ガスの価格は昨年後半から今年にかけて過去最高値を更新している。中国を取り巻く国際関係の緊張状態が続けば、国民を養う生命線である食糧やエネルギーの輸入も難しくなる。

格差が固定化すれば、社会階層間の移動が難しくなる。能力があってもそれを発揮できないのであれば、若者の間に失望や幻滅が広がっていく。不平等なシステムは優秀な人材の登用を阻み、ひいては経済発展を妨げる。さらに、少子高齢化が急速に進み、これまでの不動産に依拠した発展モデルも機能しなくなっている。一人っ子政策の副作用は深刻で、人々が家族や国家、社会の圧力から逃れようとする傾向は強まっている。食糧やエネルギーの供給も不安定で、人権問題では国際社会からのプレッシャーもある。

 

理想と現実が乖離する中でプロパガンダを強化

そうした中で中国政府が力を入れるのはプロパガンダの活動だ。冒頭に述べた「中国の夢」を国民に抱かせようとするのもその一環であり、格差の是正が難しく、国民に平等な待遇を保障できない環境での国民統合が難航を極めているからこそ、夢を見させようとしているのだろう。しかし、インターネット上で人々が繋がるようになった時代に、毛沢東時代のような宣伝工作は通用せず、異論や批判に圧力を加える統治と監視の体制を強化するしかない。ただ、そこにどれだけのコストがかけられるのかが問題だ。

さらに、既得権益を手放したくない社会階層、情報統制下で官製メディアの影響を受けている人たち、あるいは「小粉紅」(ピンクちゃん)と言われるような若い愛国的ネットユーザーたちなど、共産党・政府側のプロパガンダを疑わない人たち、あるいは内心疑っていても表向きは賛同する人たちがいる。中国政府は国際政治への対応と軍事体制を増強する中で、同時にナショナリズムを煽る傾向が強まる可能性がある。

今後、中国社会がさらに不安定になれば、西側諸国や日本を槍玉に挙げ、闘争状態を継続させることで自らの正当性を確保しようとする場面も増えるのではないか。政府の政策立案においても、民間の市民交流や経済活動においても、こうした煽りには乗らず、注意深く、理性的に中国との向き合い方を考える必要がある。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

最新の論考や研究活動について配信しています