API国際政治論壇レビュー(2021年8月)


米中対立が熾烈化するなか、ポストコロナの世界秩序はどう展開していくのか。アメリカは何を考えているのか。中国は、どう動くのか。大きく変化する国際情勢の動向、なかでも刻々と変化する大国のパワーバランスについて、世界の論壇をフォローするAPIの研究員がブリーフィングします(編集長:細谷雄一 研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)

本稿は、新潮社Foresight(フォーサイト)にも掲載されています。

https://www.fsight.jp/subcategory/API国際政治論壇レビュー

API国際政治論壇レビュー(20218月)

2021年8月23日

API 研究主幹・慶應義塾大学法学部教授 細谷雄一

1.カブール陥落という衝撃

2021年8月15日、アフガニスタンのアシュラフ・ガニ大統領が国外に逃亡したとの報道が流れた。想定外の情勢の急展開であり、アフガニスタン首都のカブールが陥落したのだ。

反政府武装勢力タリバーンは、すでにカブールのすぐ手前まで到達しており、その都市を包囲した上でガニ大統領の辞任とカブールの「無血開城」を求めていた。国土の大半、そしてカブール以外の主要都市がタリバーンの支配下に入っていた。とはいえ、あまりにも速い情勢の展開に国際社会は衝撃を受け、カブールに駐在する外交官たちは急遽、身の安全のためにも国外に脱出する必要が生じた。

ガニ大統領が国外に逃亡して間もなく、タリバーンがカブールに進攻する頃には、アフガニスタン国軍の大半がすでに国外に向けて逃亡を始めており、タリバーンは容易に大統領宮殿を占拠することが可能となった。ここに20年にわたるアメリカのアフガニスタンへの軍事関与は終結し、またアフガニスタン戦争を経て国際社会の支援の下で建国されたこの国家はあまりにも脆く崩壊した。そして、20年ぶりにタリバーンによる統治が再び始まった。

予期せぬ急展開を見せたアフガニスタン情勢をめぐり、すでにいくつかの注目すべき論考が書かれている。たとえば、2014年から16年までカブールに駐在していたアメリカのアフガニスタン大使マイケル・マッキンリーは、カブール陥落の翌日となる8月16日に『フォーリン・アフェアーズ』誌のウェブサイトに「われわれ全員がアフガニスタンを失った」と題する論考を寄せた(1-①)。そして、過去20年間のアメリカのアフガニスタン関与を回顧して、なぜこのような事態に帰結したのかについて、冷静に分析する。

もちろんアメリカにも色々な失策はあった。たとえば、「戦闘の季節の最中であるにも拘わらず、9・11テロの20周年へ向けて拙速に撤退を急いだバイデン政権のタイムテーブルは誤っていた」と批判する。とはいえ、カブール陥落とタリバーンの権力復帰という結果はジョー・バイデン米大統領一人に責任を押しつけるべきではなく、むしろそれは「過去20年間の政策判断の誤りの連続」がもたらした帰結であると述べる。そして「今、声を上げて批判を述べている者たちの多くは、これらの政策のかつての立案者たちであった」と、マッキンレーは断罪する。そして次のように結論づけた。「われわれはタリバーンの強靱性を過小評価していた。そして、この地域の地政学的な現実を、われわれは見誤っていた」。

興味深いことに、『フォーリン・アフェアーズ』では今年の5月4日に、アフガニスタンのガニ大統領自らが、「アフガニスタンにおけるリスクと機会のとき」と題する論文を寄稿し(1-②)、タリバーンの攻勢に危機感を示しながらも、むしろ楽観的な将来の見通しを語っていた。この論文の冒頭でガニ大統領は、「ジョー・バイデン大統領の、9月までに2500人の米兵をアフガニスタンから撤退させるという決断は、この国と、その近隣諸国にとって、転換点となるであろう」と的確に論じた。そして、米軍のアフガン撤兵には「リスク」と「機会」が伴うと主張したのである。

ガニ大統領がこの論文を寄せたこの頃までに、首都カブールを除く国土の大半はタリバーンによって支配されていた。とはいえ、アフガニスタンの治安維持部隊は30万人を超える大きな規模であり、アメリカなどから提供された最新鋭の装備、さらにはタリバーンが保有していない空軍を有していた。バイデン大統領への春頃のインテリジェンスのブリーフィングでは、2-3年以内にタリバーンがアフガニスタンを支配するようになるであろうという警告が発せられていたという。それをもとに、バイデン大統領、そしてアフガニスタンのガニ大統領は、よりいっそうの軍事力と警察力をアフガニスタン自らが備える必要を認識していた。まさかそれが、2-3年ではなく、2-3ヵ月であるということは、このときにはまだバイデン大統領も、ガニ大統領も、予測できずにいた。それほどまでに、8月に入ってからのタリバーンの侵攻作戦はあまりにも迅速であった。

カブール陥落直前の8月14日、『エコノミスト』誌は皮肉なことに、「アフガニスタンを救うことはまだ可能かも知れない」と題する社説を掲載していた(1-③)。とはいえ、この社説はむしろ、アフガニスタンの悲劇的な状況を冷徹に論じており、たとえ「アフガニスタンを救う可能性」が存在していたとしても、実際には「アメリカが試みようとしない」ことが問題だと指摘している。この社説の冒頭では、「タリバーンが自動的に軍事的な奪取を行うという悲観的な帰結は、必ずしもすでに必然的であるというわけではない」というの言葉を参照している。しかしそれが可能となるためには、アメリカと国際社会は完全にアフガニスタンから撤退するのではなく、限定的な兵力を残存することが重要だ。だが、バイデン大統領が5月に、米軍の完全な撤退を発表してからアフガニスタンの3つの主要な地方都市がタリバーンに奪取された。いわば、この『エコノミスト』誌の社説は、悲劇的な国家の崩壊を回避するための、アメリカ政府へ向けた最後の嘆願であったのかもしれない。

同様の主張は、セス・ジョーンズ米戦略国際問題研究所上級副所長の論考にも見ることができる。ジョーンズは『フォーリン・アフェアーズ』誌に寄せて、「タリバーンの勝利は不可避ではない」と題する論考を書いている(1-④)。『エコノミスト』誌の社説同様に、米軍のアフガニスタンからの撤退が大きな転換点となることを想定しながら、それでも大混乱になることを回避するために必要な措置が多く残されていることを指摘する。これらの論考はいずれも、米軍のアフガニスタン関与の継続の限界を十分に認識した上で、それでもなおこの地域の安定化のためにアメリカや国際社会が行うべき措置が数多くあることも示唆している。同じように、ロナルド・ニューマン米元駐アフガニスタン大使も、『ワシントン・ポスト』紙への寄稿の中で、アフガニスタン政府への支援を継続し、アフガニスタン国軍の士気を高める必要を指摘している(1-⑤)。

2.アメリカ撤退後のアフガニスタンをめぐる国際政治

ロシアやフランスにおける論考は、より冷静で客観的なものである。たとえばロシアの代表的な外交専門家であるドミトリ・トレーニンは、アフガニスタンからの米軍の撤退がこの地域一帯の不安定要因となることを、悲観的に展望している(2-①)。必ずしもゼロサムで、米軍の撤退がロシアや中国の利益になるというほど単純ではない。また米軍撤退後に大量の難民が国外に流出し、過激派武装集団の活動が活発化することを懸念し、中央アジアやロシアに対して悪影響が及ぶ可能性を指摘する。トレーニンはこのような不安定化を避けるためにも、ロシアがパキスタンとの協力を深めると同時に、上海協力機構の枠組みを用いて中国やインドなどの諸国と協力することも重要になると述べる。トレーニンは、現在の冷え込んだ米ロ関係や米中関係を前提にして、この問題でアメリカとの協力が可能な領域は限定的だと見通している。

フランスの『フィガロ』紙の記者であるルノー・ジラールは、アフガニスタン情勢をめぐる「中国の冷たいリアリズム」に注目する(2-②)。とりわけ、7月28日に中国の天津で行われた王毅外相とタリバーンのナンバー2であるアブドゥル・ガニ・バラダル師ら幹部との会談が、これから大きな意味を持つであろう。新疆ウイグル自治区でのイスラム教徒の弾圧を行う中国と、イスラム教の法律(シャリーア)に基づく厳格な宗教的統治を行おうとするタリバーンとでは、いわば同床異夢である。それにもかかわらず相互に利益を求めて「冷たいリアリズム」を徹底することにより、中国の影響力は拡大するであろう。ジラールは、信頼を失ったアメリカと、人道主義に拘泥するEU(欧州連合)と、冷たいリアリズムに徹する中国との三者で、この地域をめぐる「グレート・ゲーム」が行われ、中国がその勝者になるであろうと想定する。

アフガニスタン情勢は、国境を接するインドにとっても無視できない深刻な問題となっている。7月14日、タジキスタンの首都ドゥシャンベでは、上海協力機構外相会合が行われた。そこでは、タリバーンが占領地域を拡大する流動的な状況を受けて、アフガニスタン情勢も議論された。シンガポールの主要英語紙、『ストレーツ・タイムズ』紙では、インド人ジャーナリストのパラブ・バッタチャーリャがこの問題についての記事を寄せている(2-③)。そこでは、タリバーンがパキスタン軍統合情報局(ISI)と密接な関係にあることに触れ、それゆえパキスタンと対立関係にあるインドにとってタリバーン政権を承認するかどうか、そしてどのような関係を構築するかは難しい問題だと論じる。この地域には独特な政治力学が存在し、インドもまたそこでの影響力を深めようとしている。

アフガニスタンからの米軍の撤退とタリバーンの勝利は、多くの国々に対してそれぞれ異なる困難な問題を突きつけている。そのようなで、アメリカはこれからどのようにタリバーンが創る新しい政府との関係を構築するか、その展望を示さなければならない。8月16日にバイデン大統領は、カブール陥落という情勢を受けてアメリカ国民に向けて演説を行った(2-④)。そのなかで、「戦争を終わらせるための決断を後悔していない」と、アフガニスタンからの米軍撤退という自らの決断が適切なものであったことを改めて強調した。また、「アフガン軍自身が戦う意思のない戦争を、米軍が戦うべきではない」と述べて、カブール陥落という帰結の責任があくまでもアフガニスタン政府とその国軍にあると論じた。

はたしてバイデン大統領の判断は適切なものであったのか。そもそもなぜタリバーンはこれほどまで迅速に首都カブールを占領することができたのか。これから無数の論考が書かれ、またバイデン大統領の政策判断とその決定に対する評価をめぐって論争が起こるであろう。アメリカ政府が理想を抱いたような民主主義は、アフガニスタンに根づくことはなかった。それにもかかわらず、この地域の安定化という課題に、国際社会は向き合っていかなければならない。

3.「バイデン・ドクトリン」の評価

アフガニスタン情勢をめぐってアメリカの政策は躓いた。このことが今後、どの程度アメリカの国際社会における信頼を低下させ、またアメリカの同盟国や友好国との関係に影響を及ぼすことになるのだろうか。中国の共産党系の『環球時報』英語版では早速、アメリカが同盟国や友好国を見捨てて自国の利益しか考えないと批判し、台湾に対してアメリカに依存するような政策を捨てるよう説得している(3-①)。

アメリカの安全保障専門家のザック・クーパーアダム・リッフは、これまで10 年間のアメリカの政府が口ばかりであり、行動が伴っていなかったと批判する(3-②)。オバマ政権はかつて「リバランス」を論じながら、必ずしもそれを実現することはなかった。それゆえ今こそ十分な予算的裏付けと軍事的関与をもとに、アジアへの「リバランス」を実現するべきだと説いている。クーパーとリッフは、現在のアメリカのアジア政策があまりにも中国ばかりを中心としたものとなっていることを懸念している。たとえばCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定)へのアメリカの参加の問題や、東南アジア諸国との関係強化など、米中対立の構図だけでは捉えきれない問題が数多く存在する。それゆえ「アメリカは中国と競争している」、あるいは「アジアに重点を移している」というようなスローガンを繰り返すだけではなく、実際の行動によって「リバランス」を実践するときなのだ。

トランプ政権の通商政策を担当してきた前通商代表のロバート・ライトハイザーもまた、現在のバイデン政権の対中政策が不徹底であることを批判して、「アメリカは片手間で中国との競争をするべきではない」と題するコラムを『ニューヨーク・タイムズ』紙に寄せている(3-③)。ライトハイザーは、対日関係でも対中関係でも厳しい通商政策を実践してきたことで知られているが、現在のバイデン政権の対中経済政策が中途半端となっている問題を指摘している。具体的には、上院を通過したアメリカ技術革新・競争法(U.S. Innovation and Competition Act=USICA)という法案にはロビイストの意見が反映された結果、対中関税の削減が定められ、それゆえ国内産業の育成にはマイナスであると主張して、下院とバイデン大統領にその成立を阻止することを訴える。同様に、トランプ政権で国務長官を務めたマイク・ポンペオも、ニクソン政権からはじまった対中関与政策が結果として中国の行動を変えることができなかったことを批判して、中国の脅威から自由世界を守るためのアメリカの指導力を発揮せねばならないと説く(3-④)。

トランプ政権の高官であったライトハイザーやポンペオが、より強硬な対中政策を主張する一方で、そのような対中対決路線への批判的な声もある。たとえば『エコノミスト』誌は、バイデン政権の対中政策が民主主義諸国と専制体制諸国との間の体制間競争であることに注目した社説を載せて、いわゆる「バイデン・ドクトリン」とも呼ばれる体制間競争の論理を批判的に紹介している(3-⑤)。すなわち、「いまや、ジョー・バイデンが、トランプ主義的な数々の大げさな言葉をアメリカ対中国という対立のドクトリンへと転換させつつあり、そこではバイデンによれば、対抗的な政治体制間の競争においてはただ一国の勝者があるのだという」。バイデン政権のチームは、中国が「共存などというものには関心がなく、支配することにより大きな関心がある」ことを前提とし、その上に対中政策のドクトリンを形成している。そのようなバイデン政権の「対中政策ドクトリン」に関して『エコノミスト』誌は一定の理解を示しながらも、しかしそのような対決の構図が世界を分断に導き、さらにはアメリカ自らの国益も損ねる結果になると批判する。そして、もしも本当にアメリカが中国と対抗する意思があるならば、TPP(環太平洋パートナーシップ)に回帰することが最善だと説いている。

バイデン政権は一方で中国に対して強硬な外交路線を継続しながら、他方で感染拡大がとどまることのないコロナ禍での国内経済の再建と、雇用の創出、さらには技術革新を進めて経済競争力を強化していかなければならないという困難な任務を背負っている。そのようななかで、アフガニスタンからの米軍の撤退を決断し、そのことがカブール陥落という帰結の到来を早めてしまった。

4.台湾へ武力侵攻はあるのか

はたしてアメリカは、同盟国や友好国を守るために強い意志を有しているのだろうか。アフガニスタンからの米軍撤退は必然的にそのようなアメリカの影響力の後退や、アメリカの同盟国への防衛コミットメントの信頼性の問題に連動することであろう。とりわけ重要なのが、アメリカの台湾防衛への関与の問題、さらにはその前提となる中国が台湾に武力侵攻する可能性についての問題である。

中華民国海軍第26代参謀総長を務めた李喜明と、アメリカのシンクタンク、「プロジェクト2049」アソシエイト・ディレクターのエリック・リーは、その共同執筆の論説において、台湾侵攻へ向けた中国のグレーゾーン戦略がすでに開始されていると警戒感をあらわにしている(4-①)。中国人民解放軍の圧倒的な軍事力を背景とした武力による威嚇や、サイバー攻撃、さらには大量の「フェイクニュース」の拡散による影響力工作と、様々な手段を用いて台湾の国民の感情を操作しようとしている。この論考では、そのような中国のグレーゾーン戦略に警鐘を鳴らしている。

他方で中国の『環球時報』紙は、米台間の軍事協力が拡大していることが「一つの中国」原則を傷つけていると批判して、大陸はいつでも台湾に対して武力行使を行う準備ができていると威嚇している(4-②)。そして、これまで広く受け入れられてきた「一つの中国」原則をもしも、サラミをスライスするようにアメリカと台湾が無効化しようとするのであれば、中国による圧倒的な軍事による報復を覚悟せねばならないと説く。またこの論考では、台湾の軽率な行動に対して懲罰を行う必要が説かれている。そのような武力による威嚇こそが、台湾海峡をよりいっそう不安定化させているといえる。

それでは、実際に中国による台湾の武力統一の可能性はどの程度あるのだろうか。この問題をめぐり、現在アメリカ国内では活発な論争がなされている。その重要な契機となったのが、『フォーリン・アフェアーズ』誌にオリアナ・スカイラー・マストロが寄せた「台湾の誘惑」と題する論考である。そこでマストロは、中国政府が従来の平和的統一路線を修正して、軍事侵攻をする可能性が高まっていることに警鐘を鳴らす。同誌の最新号では、「危機の海峡?  台湾への中国の脅威について考える」と題して、何名かの中国専門家がこの問題について議論を加えている。たとえばクインシー研究所のレイチェル・エスプリン・オデルとMIT(マサチューセッツ工科大学)のエリック・ヘジンボサムは、そのような「侵攻パニック」がワシントンで広がっている現状を批判する(4-③)。そして、今では従来の「一つの中国」政策や「戦略的曖昧性」が相対化されて侵蝕されるようになり、それにより台湾海峡が不安定化している現状を批判する。中国の台湾への武力侵攻のリスクは、「喫緊の問題ではなく、また彼女が示唆するよりも制御可能なもの」であるとマストロの主張を批判する。ほかにも、何人かの専門家が同様に、中国が台湾に軍事侵攻する可能性の低さに言及している。

同様に、アジア・ソサエティの米中関係センターが発信する『チャイナファイル』においても、中国の台湾に対する軍事侵攻の可能性について、さまざまな専門家や実務家が意見を寄せている。ちょうど今年の7月1日に、中国共産党創立100年を記念する式典で、習近平総書記が「台湾問題の解決と祖国の完全統一実現は党の歴史的任務だ」と述べたことで、台湾問題によりいっそう光が当てられるようになった。ここでも多くの論者は、マストロの主張とは異なるトーンで、中国の台湾軍事侵攻の可能性は限定的だと論じている。とはいえ、国務省の職業外交官で、トランプ政権時に東アジア・太平洋担当の国務次官補代行を務めたスーザン・ソーントンは、中国が戦争へと進むかどうかという質問に対して、「それは場合による」と答えている(4-④)。これはほかの論者にも共通していることであるが、軍事バランス上、中国がアメリカに対する優位性を獲得しつつあるなかで、もしも台湾が独立へ向けた挑発的な行動を起こすならば、戦争勃発の可能性も否定できない。他方でそのようなことがなければ、中国の側から台湾へと全面的な軍事攻撃を仕掛けるような、高いリスクを負うことはないだろうと論じられる。言い換えれば、台湾が独立へ向けて一線を越えるような新しい動きを示さないならば、軍事衝突の可能性を抑制できるはずだ。

このようにして台湾海峡の平和と安定のためには、中国政府が台湾の軍事侵攻を抑制するだけではなく、その誘因となるような台湾による独立の宣言を阻止することも必要な前提条件となるであろう。それゆえ、カート・キャンベル米国家安全保障会議インド太平洋調整官は7月6日に、「アメリカ政府は台湾独立を支持しない」と明言することで、台湾独立派を牽制した。アメリカ政府は、北京と台北の双方の動きに目を向けて、軍事衝突の勃発に至らぬように危機を管理せねばならない。このキャンベルの発言を受けて、早速翌日の『環球時報』では、「台湾当局は、アメリカの台湾独立を支持しない発言に、しっかり耳を傾けるべきだ」と題する社説を掲載している(4-⑤)。米台の接近が、台湾国内の独立派を勢いづかせないようにすることもまた、台湾海峡の安定のためには重要な基礎となるのであろう。実際に、クインシー研究所の中国政治専門家のマイケル・スウェインは、英語版の『環球時報』紙とのインタビューの中で、アメリカが「一つの中国」政策を放棄する可能性は高くないと話している(4-⑥)。この問題に対する中国側の関心の高さと敏感さが、これら一連の報道姿勢を通じても見ることができる。

これらのようなアメリカ、中国、そして台湾の抑制的な政策方針が続くのであれば、おそらくは台湾問題は危機の中でも安定が持続することになるだろう。とはいえ、不測の事態がいつ起こっても決して不思議ではないし、国際情勢における想定外の動きが新しい挑発的な行動を誘発する可能性も否定できない。だとすれば、マストロが警鐘を鳴らしたような台湾をめぐる危機については、状況次第では最悪の結果に帰結することもつねに留意すべきであろう。いわば、中国が台湾に過剰な軍事的圧力をかけることが、むしろ台湾がアメリカに接近する契機をもたらし、中台関係の緊張を高めた側面がある(4-⑦)。

台湾の『自由時報』紙では、「なぜ中国は嫌われているのか」という社説の中で、中国の威圧的な外交や繰り返される武力による威嚇が、国際社会での中国のイメージを著しく悪化させている点を強調する。たとえば、台湾民意基金会が行った世論調査では、「0から100までの華氏の温度」では台湾人民の中国共産党に対する好感度が平均で32.21度であり、「これは氷点に近い非常に冷たい温度である」と解説し(4-⑧)、今年のアカデミー賞監督賞を受賞した趙婷(クロエ・ジャオ)の指摘を証明している。つまり、中国は「嘘にまみれた場所(原語:一個到處是謊話的地方)」である。悲しいことに38歳の趙婷が指摘した中国は、共産党の統治の下で、「嘘にまみれた」というイメージがついて離れなくなってしまった。そうした問題に気づかず、嘘をついて戦狼外交を繰り広げる習近平は、不誠実で説得しようがないと論じている。このように中国が軍事的な圧力を台湾にかければかけるほど、台湾の人々の心は中国大陸から離れていく。そこに、現在の台湾海峡の緊張のもう一つの理由が見られるだろう。

5.東京オリンピック後の日本の役割

国際情勢が大きく動き、またデルタ型の新型コロナウイルスの感染拡大がやまない中で、菅義偉政権は東京2020オリンピックを開催することを決定した。それに対しては日本国内でさまざまな批判が噴出し、さらには開会式をめぐりスキャンダルなどでの担当者の退任が相次いだ。「バブル方式」と呼ばれる人流の制限などにより、オリンピック参加選手の間での感染拡大は抑えられ、大きなトラブルなく8月8日の閉会式をもって終了した。パンデミックの中でのオリンピック開催という、例外的な状況の中での日本の判断はどのように国際社会に映っただろうか。

国際メディアは全般的に、この東京オリンピックの開催には肯定的であった。たとえば『ディプロマット』誌においては、オーストラリア外相の元補佐官であり、ハドソン研究所上席研究員のジョン・リーが、「日本が東京オリンピックを開催したのは正解だった」と題する論考を寄せている(5-①)。そこでは、「新型コロナの観点から見ても、よく考えられ、よいかたちで実行された」と、困難な中での運営の成功を肯定的に評価している。また、『フィナンシャル・タイムズ』紙では、今回の東京オリンピックは通常の国際的なスポーツ競技という範疇を超えて、コロナ禍で悲しみに暮れ、困難に疲弊した人々の精神にとって鎮痛剤のような心の痛みを和らげる効果をもたらしたことを強調した(5−②)。さらに、米CNNのウェブサイトで、鈴木一人アジア・パシフィック・イニシアティブ上席研究員が同様に、オリンピック開催が正しい判断であったと論じた上で、オリンピック選手村の内部よりもむしろその外側の一般の日本国民の間において感染拡大が進んでいた点を指摘した(5−③)。必ずしもオリンピック開催によって感染爆発が起きたわけでも、外部から多くのコロナウイルスの感染者が流入したわけでもなかったのである。

これらの論考は、全般的に、東京オリンピックが無観客で実施され、想定されたほどには感染拡大が見られなかった点なども踏まえ、日本での開催が成功であり、開催の判断が的確であった、と評価する。他方で、日本国内での開催反対デモや、報道陣や選手たちの行動制限の厳しさなどを取り上げ、批判的な論調を示すメディアもないわけではない。ただし、開催前よりもむしろ開催後のほうが肯定的な声が広がっているのも事実であろう。

今年4月の菅義偉首相とバイデン大統領との日米首脳会談や、それを通じた「自由で開かれたインド太平洋」構想の促進など、近年の日本の対外行動は比較的肯定的な評価がなされることが多く、とりわけ米中対立の構図の中での日本の戦略的な価値は高まっている。そのような点に注目した論考が、井形彬多摩大学大学院客員教授とパシフィック・フォーラム・シニア・アドバイザーのブラッド・グロッサーマンの共著論文である(5-④)。そこでは、日本がアメリカにとって、経済安全保障の観点からも不可欠な同盟国となっていることを強調する。

米中二つのグローバル・パワーに挟まれて、日本の行動の余地は限られているようにも見える。また、アフガニスタンのカブール陥落の際に、日本政府は外交官や民間人を退去させるための独自の輸送機を現地に向かわせることができず、12人の大使館職員がイギリス軍機によって国外に脱出した。国際情勢がよりいっそう流動的になり、多様な安全保障上の課題が存在する中で、日本はこれまで以上に緊張感をもって対外政策を検討していくことが求められている。

【主な論文・記事】

1.カブール陥落という衝撃

Michael McKinley, “We All Lost Afghanistan: Two Decades of Mistakes, Misjudgments, and Collective Failure(われわれ全員がアフガニスタンを失った)”, Foreign Affairs, August 16, 2021. https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2021-08-16/we-all-lost-afghanistan-taliban
Ashraf Ghani, “Afghanistan’s Moment of Risk and Opportunity: A Path to Peace for the Country and the Region(アフガニスタンにおけるリスクと機会のとき)”, Foreign Affairs, May 4, 2021.  https://www.foreignaffairs.com/articles/afghanistan/2021-05-04/ashraf-ghani-afghanistan-moment-risk-and-opportunity
Leaders, “It might still be possible to save Afghanistan (アフガニスタンを救うことはまだ可能かもしれない)”, The Economist, August 14, 2021. https://www.economist.com/leaders/2021/08/11/it-might-still-be-possible-to-save-afghanistan
Seth G. Jones, “A Taliban Victory Is Not Inevitable: How to Prevent Catastrophe in a Post-American Afghanistan (タリバーンの勝利は不可避ではない)”, Foreign Affairs, July 21, 2021. https://www.foreignaffairs.com/articles/afghanistan/2021-07-21/afghanistan-taliban-victory-not-inevitable
Ronald E. Neumann, “Afghan resistance to the Taliban needs U.S. support-and a big morale boost (タリバーンに抵抗するアフガニスタンのレジスタンスには、アメリカの支援とそれに伴う大いなる士気の高揚が必要である)”, The Washington Post, July 25, 2021. https://www.washingtonpost.com/opinions/2021/07/25/afghanistan-taliban-resistance-fighters-american-support-morale/

2.アメリカ撤退後のアフガニスタンをめぐる国際政治

Dmitri Trenin, “Afghanistan After the U.S. Pullout: Challenges to Russia and Central Asia(アメリカ撤退後のアフガニスタン:ロシアと中央アジアにとっての課題)”, Carnegie Moscow Center, July 13, 2021. https://carnegie.ru/commentary/84951
Renaud Girard, “Renaud Girard: «En Afghanistan, le réalisme froid des Chinois (アフガニスタンでの中国の冷静なリアリズム)”, Le Figaro, August 3, 2021. https://www.lefigaro.fr/vox/monde/renaud-girard-afghanistan-le-realisme-froid-des-chinois-20210803
Pallab Bhattacharya, “India’s Taleban dilemma(インドのタリバーン・ジレンマ)”, The Straits Times, July 23, 2021. https://www.straitstimes.com/asia/south-asia/indias-taleban-dilemma-daily-star-contributor
Joe Biden, “Remarks by President Biden on Afghanistan(アフガニスタンに関するバイデン大統領の声明)”, The White House, August 16, 2021. https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2021/08/16/remarks-by-president-biden-on-afghanistan

3.「バイデン・ドクトリン」の評価

Editorial, “Afghan abandonment a lesson for Taiwan’s DPP(アメリカがアフガンを見捨てたことは台湾民進党への教訓となる)”, Global Times, August 16, 2021. https://www.globaltimes.cn/page/202108/1231636.shtml
Zack Cooper and Adam P. Liff, “America Still Needs to Rebalance to Asia: After Ten Years of Talk, Washington Must Act(アメリカはまだアジアにリバランスする必要がある:ワシントンは10年間口ばっかりだったが、今こそ行動するべきだ)”, Foreign Affairs, August 11, 2021. https://www.foreignaffairs.com/articles/asia/2021-08-11/america-still-needs-rebalance-asia
Robert E. Lighthizer, “America Shouldn’t Compete Against China With One Arm Tied Behind Its Back(アメリカはそうやすやすと中国と競争すべきではない)”, The New York Times, July 27, 2021. https://www.nytimes.com/2021/07/27/opinion/us-china-trade-tariffs.html
Michael R. Pompeo, “Our Broken Engagement with China(崩壊したアメリカの対中関与)”, National Review, July 15, 2021. https://www.nationalreview.com/magazine/2021/08/02/our-broken-engagement-with-china/
Leaders, “Biden’s new China doctrine (バイデンの新しい中国ドクトリン)”, The Economist, July 17th, 2021. https://www.economist.com/leaders/2021/07/17/bidens-new-china-doctrine

4.台湾へ武力侵攻はあるのか

Lee Hsi-min and Eric Lee, “The threat of China invading Taiwan is growing every day. What the U.S. can do to stop it(中国による台湾侵攻の脅威は日増しで増加している。侵攻阻止のためにアメリカが出来ることとは)”, NBC News, July 10, 2021. https://www.nbcnews.com/think/opinion/threat-china-invading-taiwan-growing-every-day-what-u-s-ncna1273386
「美台必须准备好往前蹭时被当头棒喝 (米台はさらに踏み込んだ際には、反撃を受けることになる準備をするべきだ)」、『环球网』、2021年7月17日。
https://opinion.huanqiu.com/article/43y4w63CVh3
Rachel Esplin Odell and Eric Heginbotham; Bonny Lin and David Sacks; Kharis Templeman; Oriana Skylar Mastro, “Strait of Emergency?: Debating Beijing’s Threat to Taiwan(危機の海峡?台湾への中国の脅威について考える)”, Foreign Affairs, September/October 2021. https://www.foreignaffairs.com/articles/china/2021-08-09/strait-emergency
Susan Thornton, “Will Beijing Invade Taiwan?(中国は台湾に侵攻するか?)”, ChinaFile, July 30, 2021. https://www.chinafile.com/conversation/will-beijing-invade-taiwan
「台当局须听清楚:美“不支持台独“(台湾当局は、アメリカの台湾独立を支持しない発言に、しっかりと耳を傾けるべきだ)」、『环球网』、2021年7月7日。https://opinion.huanqiu.com/article/43qKRIvxCD5
Li Qingqing’s Interview with Michael D. Swaine, “Biden will not abandon US’ One China policy: US scholar(バイデンはアメリカの1つの中国政策を放棄しないだろうーアメリカの学者語る)”, Global Times, August 9, 2021. https://www.globaltimes.cn/page/202108/1230929.shtml
Zoe Leung and Cameron Waltz, “Beijing’s Attempts to Intimidate Taiwan Have Backfired(台湾を脅迫しようという中国の思惑は裏目に出た)”, Foreign Policy, July 30, 2021. https://foreignpolicy.com/2021/07/30/china-intimidate-taiwan-backfire/
「社論》中國為何顧人怨(なぜ中国は嫌われているのか)」、『自由時報』、2021年7月6日。
https://talk.ltn.com.tw/article/paper/1458865

5.東京オリンピック後の日本の役割

John Lee, “Japan Was Right to Hold the Tokyo Olympics(日本が東京オリンピックを開催したのは正解だった)”, The Diplomat, August 5, 2021. https://thediplomat.com/2021/08/japan-was-right-to-hold-the-tokyo-olympics/
Tanya Joseph, “These Olympics Have been a balm for Souls Battered by the Pandemic(パンデミック下でのオリンピックは精神にとっての鎮痛薬となった)”, The Financial Times, August 7, 2021. https://www.ft.com/content/703502a1-27cc-41c6-b342-dbf57402f517
Kazuto Suzuki, “Holding the Olympics was the right call(オリンピック開催は正しい決定)”, CNN, August 12, 2021. https://edition.cnn.com/2021/08/12/opinions/tokyo-olympics-right-call-covid-suzuki/index.html
Akira Igata and Brad Glosserman, “Japan Is Indispensable Again: The Need for Economic Security Is Reviving Washington’s Alliance With Tokyo(日本は再び不可欠な存在に:経済安全保障の必要性がワシントンの東京との同盟を復活させている)”, Foreign Affairs, July 15, 2021. https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2021-07-15/japan-indispensable-again