日米はタリバン支配のアフガンにどう対峙するか(鈴木一人)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/455641

 

「API地経学ブリーフィング」No.71

2021年09月20日

日米はタリバン支配のアフガンにどう対峙するか―米軍撤退後、押さえておきたい地経学の注目点

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
上席研究員、東京大学公共政策大学院教授 鈴木一人

 

 

 

逃げ出すようなアフガン撤退

トランプ政権が2020年11月にアフガニスタン政府の頭越しにタリバンと結んだ撤退合意をバイデン政権が引き継ぎ、2021年8月末までに撤退することを受けて、タリバンは急速に勢力を拡大し、アフガニスタン全土を支配下に置いた。

そのスピードと、アフガン政府軍の無抵抗、さらにはタリバンの急速な伸長をバイデン政権は予測できず、準備不足の中で逃げ出すように撤退したことは、世界に大きな衝撃を与えた。タリバンは8月末までは合意を順守し、アメリカ軍の撤退を妨害しなかった。9月に入ってからもカブールの空港からカタール航空による外国人の出国は可能になっており、大きな混乱はみられていない。

9.11同時多発テロから始まった「対テロ戦争」は、20年の時を経て、オサマ・ビン・ラディンを殺害するには至ったが、タリバンを排除し、アフガニスタンに民主主義国家を建設することなく、アメリカ軍が撤退することとなった。

こうしたアメリカ軍の撤退劇は、アメリカの敗北をイメージさせ、アフガニスタンを見捨てたとの評価が多い。はたして、アメリカはアフガニスタンを見捨てるしか方法がなかったのだろうか。「対テロ戦争」の敵であったタリバンが支配するアフガニスタンと、今後どう付き合っていくのだろうか。アメリカ軍のアフガン撤退後のタリバン政権に対して、アメリカや日本が持ちうる権力資源を地経学の観点から検討してみたい。

 

資産凍結というカード

おそらく、アメリカがタリバンの支配するアフガニスタンに対して使える最高のカードはアフガン政府の保有する資産の凍結であろう。タリバンが支配する前にカブールを脱出したアフマディ・アフガニスタン中央銀行総裁代行は、アフガン中銀が保有する資産は90億ドルであるが、その資産のほとんどはアメリカ国内にあり、週ごとに一部送金されていたことを明らかにしている。

アメリカはアフガン撤退とともに、この資産を凍結した。また、IMFもアフガニスタンに送金予定だった3億7000万ドルを停止し、またアフガニスタンの特別引き出し権(SDR)も認めないとの決定を行った。世界銀行もアフガニスタンに対する支援プロジェクトを凍結した。

タリバンはこれまで麻薬取引や表に出ない形で支援する国々による財政的支援を受けていたとみられるが、それだけでアフガニスタン全土を管理することは難しい。とくに、これまでアメリカからの送金を元手に各地の軍閥を手なずけてきた中央政府の腐敗に慣れてしまったアフガニスタンの統治において、手元に資金がない状態というのは、統治を安定的に継続することを難しくさせるだろう。

また、銀行が機能マヒの状態に陥り、アフガン市民の生活の混乱が続けば、タリバンの支配に対する不満も蓄積される。そうなると、タリバンは武力による支配を強化するか、何らかの形で外国からの援助を獲得しなければ、いずれ国内情勢が不安定化し、アフガニスタン全体が再び内戦に陥る可能性もあるだろう。実際、タリバン政権は治安上の理由からデモなどを禁じているが、女性が自らの権利を求めて連日デモを行っており、一部ではタリバン兵が威嚇射撃を行っていることが報じられている。

 

制裁によってアフガン市民も苦しめられる

タリバンは現在のところ国際社会に受け入れられるよう、アメリカとの合意を順守し、「イスラム法に基づく」女性の権利の保護などを表明するなどして国際的な承認を求めている。現在のタリバンは20年前とは異なり、パキスタンやカタールなどとの接点を多く持ち、国際的な場において交渉してきた経験を持つ人物が指導部に多くいる。そうした背景からも、国際社会に受容されなければ、アフガニスタンで安定した統治を行うことはできないということを理解しているものと思われる。

ただ、留意しなければならないのは、制裁を継続することで、アフガン市民の人々の生活が苦しい状況になることも避けられないということである。タリバンの支配を受けている中で、制裁がなくても不安と生活苦の中で生きていかなければならない人々の経済的苦境は、金融制裁を科すことで、一層ハードなものになることは不可避である。制裁によってタリバン政権に圧力をかけ続けるのか、交渉を通じてタリバン政権に働きかけ、アフガン市民の生活を保障するのか。アメリカは難しい判断を迫られることになるだろう。

次に、地経学的に注目されるのが、アフガンに眠る鉱物資源である。2001年にアフガン戦争が始まる前から、アフガニスタンには蓄電池に使われるリチウムなどのレアメタルが豊富にあり、総額1兆ドルにもなる鉱物資源が埋蔵されていることが知られていた。

しかし、20年にわたるアフガン戦争の中で、アフガニスタンの鉱物資源が開発された形跡も、またそこから輸出されたような記録もとくに見つかっていない。それは、アフガニスタンが内陸国であり、仮に鉱山開発を進め、資源を獲得することができても、それを輸出するルートが極めて限られているからである。

これはアフガン戦争を遂行するうえでも問題になった点だが、アメリカはアフガニスタンにアクセスを持たず、イランなど南からのアクセスが難しいため、パキスタンと不安定な同盟関係を結んではいたが、輸送のルートとしてはリスクが大きかった。結果として、ウズベキスタンなど中央アジア諸国の協力が不可欠であり、そこを通じて物資のやり取りが主流となっていた。

また、アフガニスタンには鉱山開発のためのインフラや人材が決定的に不足している。レアメタルなどの鉱脈はアフガン各地に散らばっており、やみくもに掘っても鉱脈が見つかるわけではない。こうした鉱山開発をするためには大規模な投資によってインフラを整備し、安定的な環境を整えなければならない。しかし、アフガニスタンは恒常的に内戦状況であり、地域によって偏りはあるとはいえ、政治的に不安定な環境で大規模な投資をすることは現実的には無理である。

 

安定統治となれば資源開発に関心を持つ国も

こうした理由から、アフガニスタンの鉱物資源に関するポテンシャルは何度も語られるが、それを開発する意欲もインセンティブもない状態が続いていた。しかし、タリバンが支配を確立し、安定した統治を可能にすれば、こうした鉱物資源の開発に関心を持つ国が出てくる可能性はある。とくに中国やロシアは地理的に近接しており、輸送の問題に関するハードルが低い。

その点から考えると、中露がアフガニスタンに関心を持つ地経学的な動機がある可能性を否定すべきではないだろう。すでに中国はタリバンに対してインフラ整備の提案を行っているとも言われており、イランやパキスタンなど周辺諸国とアフガニスタンの将来に関する協議を行っている。

これまで日本にとって、アフガニスタンへの支援は、インフラ整備や農村支援、DDRと言われる武装解除、動員解除、社会復帰を目指した国家建設支援、民主化支援に集中していた。日本はこれまで約58億ドルの支援を行っており、アメリカやNATO諸国とは異なり兵力を伴わない支援として好意的に受け入れられてきた。また、NGOのペシャワール会の中村哲さんによる灌漑(かんがい)事業などはアフガニスタンの人々に大きな恩恵をもたらし、日本の支援が大きな成果を上げていた。

しかし、アメリカ軍の撤退により、こうした支援を通じて目指していた、アフガニスタンの自立とタリバンを排除する国家づくりは、その道半ばで途絶えることになる。しかし、こうした目標は見失われてはならないし、将来、タリバンの支配ではない民主的なアフガニスタンの国家建設が再開されることを目指すという崇高な目的は失われてはならない。

今後、日本はどのように関わっていくのが望ましいのだろうか。現時点では、日本はアメリカやIMFが行っている資産凍結を支援し、日本からの援助もタリバンが主導する政権に対するテコとして用い、女性の人権や女子教育などを認める限りにおいて支援をするといった、厳しいコンディショナリティーをつけた支援をするのが1つの方法として考えられる。

 

日本が援助を通じてアフガンに関与する好機

また、世界的な1次産品の高騰とタリバン支配後の経済混乱により、アフガニスタンは深刻な食糧危機に直面している。日本は中央アジア諸国やイラン、パキスタンとの協力で食糧支援を行い、人道的な側面からタリバン政権との距離感を測っていくことも可能であろう。

アメリカ軍の撤退により、ユーラシア大陸の真ん中に力の構造の変化が起きた。タリバンはアメリカ軍やNATO軍を追い出し、外国の支配を排除する姿勢を鮮明にしている。そんな中で、軍事的介入を行わず、シビリアン・パワーとしてかかわってきた日本が、援助を通じてアフガニスタンに関与し続けるチャンスでもある。

 

(おことわり)

API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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