東アジアと欧米、コロナで明暗分けた決定要素(阿部圭史)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/393228

   

「API地経学ブリーフィング」No.31

2020年12月07日

東アジアと欧米、コロナで明暗分けた決定要素 ― 国際的な感染症危機管理ガバナンスを構築せよ

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
客員研究員 阿部圭史

 

 

 

新型コロナ危機対応に成功する東アジア

新型コロナ危機によって、世界のパワーバランスに新たな趨勢が生まれている。東アジア諸国が、欧米諸国に比して国内の感染症危機対応に成功しているためだ。ブルームバーグ通信が本年11月に発表した、感染症危機対応と経済対策の両面からみた各国のランキングでは、上位15カ国・地域のうち、10カ国・地域が東アジアである。

ここで言う東アジアとは、日本、中国、韓国、台湾、ベトナム、シンガポール、香港、タイ、オーストラリア、ニュージーランドである。これらの大半は、21世紀に入り、何らかの大規模な感染症危機を経験していた。

中国、香港、台湾、ベトナム、シンガポールは、数十人~数百人規模で重症急性呼吸器症候群(SARS)の事例を経験した(震源地の中国に至っては5000人以上)。韓国は、2015年に約200人に及ぶ大規模な中東呼吸器症候群(MERS)アウトブレイクに見舞われた。タイは、少数例だがSARSを経験すると同時に、公衆衛生・国際保健分野で長年アジアをまとめてきた老舗だ。大規模な感染症危機を経験し脅威認識を増したこれらの国々は、後に国全体の感染症危機管理体制を強化し、今回の新型コロナ危機に臨むこととなった。

一方、日本は、幸運にもSARSやMERSの流入を経験しなかった。政府の新型コロナ対策を検証した新型コロナ対応・民間臨時調査会(コロナ民間臨調)の報告書によれば、日本の感染症危機管理能力向上に重要な意味を持ったのは、H1N1新型インフルエンザパンデミック(2009年)と西アフリカのエボラ出血熱アウトブレイク(2014年)である。

ただ、前者で実施された大規模なオペレーションを総括し、体制強化を提言した「新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議報告書」の内容は、多くが活かされていなかった。それにもかかわらず、新型コロナ危機では低い死亡率を保ち、危機対応に従事する関係者と国民1人ひとりの奮闘で日本は何とか持ちこたえている。コロナ民間臨調は「泥縄だけど結果オーライ」で再現性が保証されないと評したが、死亡率を低く抑えるという結果に照らせば、成功国の1つとなっている。

新型コロナ対策について東アジアが成功し、欧米が困難に直面しているという東洋・西洋比較論では、社会で重視される価値の違いが、対策の成否に影響を与えていると言及されることが多い。

共同体主義的価値を重視する東洋(東アジア)は、個人主義的価値を重視する西洋(欧米諸国)と比較し、個人の少々の不便はのみ込み、マスク着用義務や集会回避といった社会防御のための義務を自発的に徹底して履行する。これが、新型コロナ対策に良好な作用を及ぼしているというのである。

確かに、欧米諸国では、自由の抑圧に反対するとして反ロックダウンや反マスク着用デモが各地で行われ、感染の拡大に伴い、多くの国々が今秋から2度目のロックダウンに突入しており、経済の悪化に拍車がかかるなど、困難な状況に陥っている。

感染症危機管理には、「社会全体でのアプローチ(Whole-of-society approach)」が必要だ。政府の力だけでは戦えない。社会のあらゆる分野と国民1人ひとりの協力が不可欠である。世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は、新型コロナ対策における「Solidarity(団結・連帯)」の重要性について繰り返し述べているが、これはまさに「社会全体でのアプローチ」を実行するために必要な基盤的要素だ。民主主義や権威主義といった政治体制の違いを問わず、社会全体として競争力を発揮するために必要な基盤であり、東アジアにおいて実践されている。

 

日本と東アジアの連結性増大

東アジア各国における国内対策の成功は、地域全体に地経学的優位性を投射し、地域の連結性を強化している。今後、ワクチンの与える影響は大きいものの、現時点で新型コロナ対策に成功している東アジアは、欧米に比して、国際的な往来の再開や経済的な回復も早いと考えられるためだ。

11月14日の第23回ASEAN+3首脳会議議長声明は、新型コロナ対策の成功が導く東アジアの地経学的優位性を促進し、新型コロナ対策を機軸とした東アジアの連結性を具体的に増大させる内容だ。例えば、ASEAN感染症センターや新型コロナASEAN対応基金、公衆衛生上の緊急事態のためのASEAN地域医療物資備蓄(RRMS)の設立に対する日中韓の貢献に触れつつ、必須医療物資備蓄については、日中韓を含む地域包括的な枠組みの設立も行うとしている。

新型コロナ対策を機軸として東アジア全体の連結性が高まる中、同月15日、ASEAN10カ国に日中韓、豪州、ニュージーランドを加えた15カ国は、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)協定に合意、署名した。世界の人口とGDPのともに3割を占めるこの経済連携協定は、東アジア地域の連結性をさらに高める効果を及ぼすと考えられる。

今後の新型コロナ危機の状況とRCEPの発展の様相次第では、2020年は、日本がより大きく東アジア地域に結合されていく「日本のアジア化」の転換点として認識される年となるかもしれない。

 

東洋でも西洋でもない日本の戦略的立ち位置

日本は、速度が増す「日本のアジア化」と、新型コロナ対策の東アジアの成功を好機と捉え、感染症危機管理をめぐる国際保健外交においても最大限活用するのが望ましい。しかし、東アジアと欧米という安易な二項対立の考え方は、大局的には日本の利益に資さない。

孫文が「西洋覇道の鷹犬となるか、或は東洋王道の干城となるか」と迫ったように、近代化以降の日本の歩みは、自身の国際政治的立ち位置を東洋(東アジア)と西洋(欧米)のどちらとして認識するのかという東西アンビバレンツの歴史であった。

日本は、地理的・文化的には東アジアに生きる一方、自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値を掲げ、開かれた国際経済システムの恩恵を受けることで発展を遂げてきたのであり、政治・経済体制において同様の規範を掲げる欧米の自由民主主義諸国との連携は重要だ。安倍政権ではこれを「自由で開かれたインド太平洋」構想として具体化し、東アジア地域の国々を巻きこみながら、欧米の自由民主主義諸国の賛同を得つつ、自由で開かれた国際秩序を追求してきた。

純粋な東洋でも西洋でもなく、両者を止揚する立場に生きることが日本の戦略的立ち位置であり、生存と繁栄の道である。

このような日本の戦略は、感染症危機管理をめぐる国際保健外交においても同様に実行されるのが望ましい。日本は、自身との連結性が増す東アジアを世界の感染症危機管理の中でどのように位置付けて活用するかについて構想し、欧米を包摂していくような国際保健外交を展開する必要がある。

国際社会におけるこれまでの感染症危機管理ガバナンスでは、パンデミック等の世界的感染症危機が自国の国家安全保障に及ぼす悪影響に対して強い脅威認識を抱いてきた欧米諸国が、国際公共財を構想し、提供してきた。例えば、感染症危機管理の国際枠組み「グローバル・ヘルス・セキュリティ・アジェンダ」(アメリカ主導)や、新型コロナワクチンを世界各国に平等に融通する国際枠組み「COVAXファシリティ」(欧州主導)などだ。

東アジアは、欧米主導の枠組みに参加したり、欧米のモデルを採り入れたりすることはあったが、感染症危機管理に関する国際公共財を自ら提供したことはなかった。日本も、G7伊勢志摩サミットで感染症危機管理の重要性を説き、WHO危機対応基金やCEPI(感染症流行対策イノベーション連合)の創設の際に拠出する等の重要な役割を果たしてきたが、世界的な感染症危機管理ガバナンスの仕組みを自ら構想し、仲間を集め、創設するための主導権を取ってきたわけではなかった。

しかし、東アジアにおける新型コロナ対策の成功の教訓を世界に共有するという国際的な要請は、東アジアが提供するモデルを欧米が学ぶという、感染症危機管理ガバナンスに関するこれまでとは逆の形態を促している。

 

日本は国際社会の安全向上に力を尽くせ

日本は、この機会を捉え、東アジア諸国とともに新たな感染症危機管理ガバナンスの構築を主導し、国際社会の安全向上に力を尽くすのが望ましい。それは例えば、東アジアの「社会全体でのアプローチ」のような、感染症危機管理の成功の「型」を「ケーススタディー」として体系化し、集積したナレッジ・ハブを創設し、国際公共財として欧米等の世界の他地域に提供することなどが考えられるだろう。東アジアは、地域の枠を超えた国際秩序構築に対してより積極的な役割を果たすことができるし、欧米は、東アジアにもっと学ぶことができる。

東アジア発の感染症危機管理ガバナンスは、東アジア地域だけで完結するような取り組みではなく、開放的で透明性があり、欧米諸国を包摂するものであることが重要である。新型コロナ対策で成功した教訓を集積・普遍化し、新型コロナ危機によって閉じた国際社会を再び開かれたものとするために、東洋と西洋の協働と互恵的な関係構築を促す枠組みを創成することは、日本の戦略的な利益にも資する。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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