中国から見たアメリカとの「新型大国関係」と挫折(川島真)


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特集 日中国交正常化50周年「中国を知る。日中を考える」(2022年2月~)
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「API地経学ブリーフィング」No.94

画像提供:AFP/アフロ

2022年2月28日

中国から見たアメリカとの「新型大国関係」と挫折 ― 噛み合わない米中2大国の相互認識とタイミング

東京大学大学院総合文化研究科教授
川島真

 

 

 

中国がアメリカに求めてきた「新型大国関係」

50年前の1972年2月、米中上海コミュニケが結ばれた前後から、アメリカは、中国が経済発展しつつも既存の世界秩序の一部となり、また民主主義国家となることを期待し、「関与政策」を継続してきた。そのキッシンジャー路線は目下大きく変更された。他方、1970年代初頭の「米中和解」を1つの背景として生じた、1972年9月の日中国交正常化から今年で50年。米中関係の変容に伴い、新たな日中関係が創出されるのだろうか。

中国の習近平政権は、アメリカに新型大国関係を求めてきた。これは、世界の諸問題について協調しつつ、核心的利益については相互尊重すべきだというものだ。アメリカだけでなく、ロシア、EU、あるいは日本をもその対象にしていた。中国は、オバマ政権がこの新型大国関係を「受け入れた」ものの、トランプ政権がそれを破棄し、バイデン政権で復活することを期待したが、拒否されたと見ているのだろう。歴史決議を含む2021年に習近平が発したさまざまな文書には「新型大国関係」という言葉は見られなかった。

では、中国の新型大国関係はいかに生起し、中国側はどのように米中関係を認識していたのか。

(1) 対米新型大国関係の生起とその背景

■ 新型大国関係とは?

目下、中国は、世界におけるアメリカ一極集中が多極化に向かい、それが次第に米中二極へと進み、現在こそ「100年に一度の変動期」にあると認識している。2017年の第19回中国共産党全国代表大会(党大会)において習近平は2049年にアメリカに追いつくと述べたが、中国自身、それには30年以上を要すると見なしたように、この目標達成は決して容易な道でなく、だからこそアメリカなど大国との無意味な衝突を避け、自らが世界に躍り出るために、新型大国関係を必要とした。

「新型大国関係」という表現は胡錦濤政権末期から使用され始め、習近平政権前半に正式に採用されたアメリカや他の大国に対する政策理念である。胡錦濤期には、経済重視の対外協調を示す「韜光養晦・有所作為」政策が、より主権や安全保障を重視する方向へと調整されていた。それに対して、オバマ政権は従来の「関与政策」を維持しつつ、中国を責任ある利害関係国(responsible stakeholder)にすることを目指し、米中G2論を提起した。しかし、2009年11月に訪中したオバマ大統領に対して、温家宝総理は米中関係の重要性を指摘しつつも、G2論には賛成できないと述べた。

その後、米中関係はCOP15やオバマーダライラマ会談、南シナ海海洋進出問題などで緊張したが、2011年1月の胡錦濤国家主席の訪米により関係はある程度改善した。だがG2論はすでに挫折しており、アメリカ側からそれが提起されることはなかった。その後、中国側から提起されたのが「新型大国関係」であった。2011年8月、オバマ政権のバイデン副大統領訪中時、また2012年2月の習近平国家副主席の訪米時に、習近平からバイデン副大統領に「新型大国関係」が直接提起された。

 

新型大国関係の提起とアメリカの「受諾」?

2012年秋に成立した習近平政権は、当初基本的に胡錦濤政権末期の対外政策を継承していた。2013年6月、習近平新国家主席が訪米し、国家主席として改めて米中の「新型大国関係」を提起した。オバマ大統領は明確に諾否を述べず、ジョージタウン大学でそれを受け入れたかのような講演をしていたライス大統領補佐官も、11月にはアメリカはそれを受け入れているわけではないと述べた。

翌12月、バイデン副大統領が再び訪中すると、習近平は改めて新型大国関係について説明した。興味深いのは、オバマとの2度にわたる会談によってこの新型大国関係に関する米中間の合意があるかのように習近平が述べた点だ。この認識に立ったうえで、中国が南シナ海やサイバー空間などで一層強硬な政策を採用したのか否か、この点は未だ不明なところもあり、継続的な考察が必要である。

(2)アメリカにとっての新型大国関係

■ 中国の「挑戦」

2014年11月末の中央外事工作会議において、習近平政権は2017年の第19回党大会での演説内容の核ともなる新たな外交方針を示した。特に、「中国的特色のある大国外交」として新型大国関係が述べられ、中国が先進国中心の秩序は受け入れず、発展途上国としての公正さを求めながら基本的に独自の価値観で対応することを明言した。これは、言葉のうえでのアメリカへの挑戦とも思われた。

習近平政権の新たな対外政策は、2016年7月、イギリスのチャタムハウスで行われた全人代外交委員長の傅瑩の演説にも明確に表れた。傅は、習近平の言葉として、アメリカを中心とする秩序の構成要素を、

① 国際連合とその下部組織、そして国際法
② アメリカを核とする安全保障ネットワーク
③ 西側の価値観

などとし、その中で中国は①しか受け入れられない、とした。この頃には習近平政権は、言葉のうえでも行動のうえでも、「挑戦」を明確にしていた、と言えるだろう。

このような中国の言動の変化に対して、オバマ政権は中国に厳しい姿勢をとろうとし、「航行の自由作戦」などを行ったものの、中国側の言動に大きな変化はなかった。アメリカの「関与政策」の最大の問題は、その政策に対する中国側の認識の検討が不十分だったことだろう。

 

トランプ大統領と中国の「誤算」

2017年秋、第19回党大会の演説において、習近平はアメリカへの「挑戦」を明確に示した。また、2018年の憲法改正で国家主席の任期を撤廃、中国の非民主化がより顕著になった。この前後、オバマ政権末期からトランプ政権成立の時期にかけて、アメリカは「関与政策」を転換した。数年前から明確化していた中国の「挑戦」をアメリカもようやく理解したと言えるが、中国側はアメリカの反応の遅さがなかなか理解できなかっただろう。アメリカから見れば、アメリカ側は、中国の「挑戦」はプロセスとして、時間をかけて次第に「認識」され、「政策」となっていったのだろう。

他方、アメリカの政策が変化しても、中国は新型大国関係を堅持しようとした。しかし、トランプ大統領が台湾問題や香港問題では中国に配慮する面もあったものの、2018年のペンス演説、その後の「米中対立」の展開により、トランプ政権がオバマ政権の認めていた新型大国関係を破壊したという見方が中国で広がった。

■ バイデン新大統領への期待と「挫折」

バイデン政権の成立は、新型大国関係を回復させる機会と中国には映った。習近平にとってバイデンは直接新型大国関係を説明した「老朋友(古い友人)」であった。しかし、その期待は裏切られた。その結果、習近平政権は、もはや対米関係で「新型大国関係」という表現を使わなくなった。

だが、中国側はアメリカへの態度を硬化させてはいない。バイデン政権は中国との「競争(competition)」を掲げても、「衝突(conflict)」には至らせないとも述べているが、これは新型大国関係の「衝突せず」と重なるし、バイデン政権は、気候変動、地域問題、核兵器管理などの面での対中協力を模索している。これは中国から見れば好材料であり、2021年はむしろアメリカが中国に接近してきているように映ったであろう。

(3)新型大国関係と世界・日本

■ 米中「新型大国関係」の挫折と世界

アメリカとの「新型大国関係」は、中国が2049年に「中華民族の偉大なる復興の夢」を成し遂げるうえでの前提だった。この試みが挫折したことは、国際公共財の提供やルール形成など世界での中国独自の秩序形成が今後もアメリカやその同盟国により牽制されることを意味する。

他方、大国間協調に困難を感じる中国はG77(77カ国グループ)などを利用しながら世界での「多数派」工作を行い、先進国を少数派としようとするだろう。それに対して、先進国は中国を直接牽制しつつ、新興国や発展途上国などから支持を得て世界で多数派を形成できるだろうか。これができれば、中国独自の秩序の形成を遅らせたり、形をある程度は返させることになろう。

 

G2論、新型大国関係と日本

米中2大国を中心とするG2論的な世界は、日本などの同盟国にとって望ましいものではない。また、台湾問題などの核心的利益の面でアメリカが中国を「尊重」する新型大国関係が形成されることも望ましくない。目下、FOIP(自由で開かれた太平洋)やQUADなど、多国間の軍事、経済などを含む複合的な地域秩序構想ができたことでG2的思考は後退し、新型大国関係もアメリカに拒否された。

しかし、核兵器をめぐるパリティなどの軍事安全保障面はもとより、経済や技術面でもG2的なダイナミズムは決してなくならないし、中国独自の秩序形成の試みも続くだろう。東アジアに位置する日本としては、多様な案件ごとに柔軟な姿勢をとりつつ、G2論的な世界、新型大国関係的な試みを牽制し、世界で多数派形成を行えるかがカギになろう。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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