「安倍官邸の功罪に学ぶ岸田官邸」が内包する課題(中北浩爾)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/505945

「API地経学ブリーフィング」No.90

画像提供:Shutterstock / 首相官邸ホームページ

2022年1月31日

「安倍官邸の功罪に学ぶ岸田官邸」が内包する課題 ― 内部の結束力を高め官邸主導を機能させられるか

一橋大学大学院社会学研究科教授(政治学)
中北浩爾
(「検証 安倍政権」プロジェクト座長)

 

 

 

第2次安倍政権の官邸運営は基本に忠実だった

権力の所在はどこにあるのか。ここ4半世紀、政治改革が断続的に行われ、官邸主導が強められてきた。だが、首相官邸の内部は、容易にはうかがい知れない。

アジア・パシフィック・イニシアティブでは、史上最長となった第2次安倍晋三政権について54名へのインタビューに基づき徹底した分析を行い、2022年1月に『検証 安倍政権』(文春新書)を出版した。筆者は本書の執筆において官邸主導を担当し、政治権力の「奥の院」を分析した。

そこからみえてきた1つは、第2次安倍政権が首相―官房長官―官房副長官というラインを重視する、基本に忠実な官邸運営に努めたことである。内閣府の経済財政諮問会議を活用した小泉純一郎政権とも、政治家の首相補佐官を重用した第1次安倍政権とも、明らかに違うスタイルである。

その表れは、安倍首相、菅義偉官房長官、政務の官房副長官(2名)、事務の杉田和博官房副長官、今井尚哉首席秘書官の6名からなる正副官房長官会議を毎日開催し、意思統一に努めたことだ。「委縮」や「忖度」を招いたといわれる幹部官僚人事も、菅官房長官と事務の杉田官房副長官の2人を中心に行われた。

もう1つ重要だったのは、それぞれ安倍首相、菅官房長官との個人的な関係が深い長谷川榮一氏、和泉洋人氏という官僚出身の首相補佐官を活用したことである。今井秘書官(2019年から首相補佐官を兼務)を含めて官僚出身のスタッフが、首相や官房長官の委任を背景に各省庁に対して直接指示を出し、政策決定の面でも強力な官邸主導を実現した。

岸田政権が成立して4カ月になり、官邸のあり方も定まりつつあるようにみえる。正副官房長官会議を毎日開いたり、今井氏と同じ経産省出身で同期の嶋田隆氏を首席秘書官につけたりと、一面で安倍官邸を参考にしていることがうかがわれる。

ところが、官房長官以下のラインの存在感は薄い。第2次安倍政権の菅官房長官とは異なり、松野博一官房長官は調整型の政治家であり、幹部官僚人事を梃子に各省庁を統制するという政治的意志は弱いようだ。

 

キーパーソンは木原官房副長官と嶋田首席秘書官

ただ1人、宏池会の事務局長でもある木原誠二官房副長官が、最側近という立場から岸田首相との面会回数も多く、政策調整などで八面六臂の活躍をみせている。岸田首相の分身的存在という点からみると、第2次安倍政権の今井首席秘書官に相当する役割を果たしているということができよう。

また、首相補佐官も安倍政権とは違い、ほとんどが政治家である。ようやく今年1月、森昌文氏が唯一の官僚出身者として、このポストに任命された。森氏は和泉氏と同じ国土交通省出身である。和泉氏は住宅局長というポストだったが森氏は元事務次官であり、基本的に各省庁の意向を尊重するとみられる。森氏については、和泉氏のような官房長官(もしくは首相)との緊密な個人的関係はみられないと聞く。

木原官房副長官とともに岸田官邸で重きをなしているのが、元経産事務次官の嶋田氏が率いる首相秘書官チームである。嶋田氏に加え、岸田首相の秘書の山本高義氏が政務の秘書官であり、事務の秘書官は財務省2名、外務省、経産省、防衛省、警察庁が各1名である。財務省主計局次長から起用された宇波弘貴氏、前経産省商務情報政策局長の荒井勝喜氏をはじめ、歴代政権に比べて入省年次が高い重量級の布陣である。

コロナ対策についてみると、第2次安倍・菅政権の首相官邸で中心を担ったのは和泉補佐官であった。それに対して岸田官邸では、財務省で厚労予算の査定の経験を持つ宇波秘書官が重要な役割を果たし、そこに森補佐官が加わった。

重量級の首相秘書官とはいえ、第2次安倍政権のように首相官邸が各省庁を一方的にコントロールすることはないであろう。首席秘書官の嶋田氏は、第2次安倍政権の今井氏と同じ経産省出身だが、事務次官を務めた。それ以外の官僚出身者も、各省庁に戻り、事務次官など枢要なポストに就くことになる。したがって、各省庁の秩序は尊重されるはずだ。

 

第2次安倍政権を反面教師に

以上にみた首席秘書官の今井氏と嶋田氏、官僚出身の補佐官の和泉氏と森氏の比較は、事務の官房副長官にも当てはまる。第2次安倍政権の杉田氏は警察庁で警備局長だったのに対して、岸田政権の栗生俊一氏は警察庁長官の経験者である。こうした官邸官僚人事からは、首相官邸が各省庁を強力に統制した第2次安倍政権を反面教師に、ある程度、ボトムアップと調整を重視する姿勢がうかがわれる。

首相官邸と自民党の関係にも、同様の傾向を見いだすことができる。第2次安倍政権の場合、次第に派閥の意向を尊重する色彩を強めたが、それでも官邸が党をグリップしようとする強力な意志を有していた。幹事長ポストには、石破茂氏、谷垣禎一氏、二階俊博氏と安倍首相と一定の距離がある政治家を起用したが、いわば監視役として幹事長代行に細田博之氏、下村博文氏、萩生田光一氏、稲田朋美氏と、自らに近い議員を据えてきた。岸田政権の場合、幹事長代行は梶山弘志氏であり、幹事長の甘利明氏、茂木敏充氏にも近い。

岸田首相は麻生太郎副総裁や茂木幹事長と会い、意見交換を重ねている。松野官房長官を交えた4者会談も少なくない。しかも、首相官邸に呼びつけるのではなく、党本部を含めて外に出かけている。その下で、当選同期でもある松野官房長官、梶山幹事長代行、高木毅国対委員長の3者が緊密に連絡をとり、実務的に詰めている。

こうした調整を重視する岸田政権のあり方は、首相が率いる宏池会が第4派閥であり、安倍派に加えて麻生派や茂木派の協力が不可欠であることが一因とみられる。しかし、それとともに、岸田首相が自民党総裁選のなかで「政高党高」を明確に打ち出していたことも想起されるべきである。

以上のように、岸田政権は第2次安倍政権の官邸主導を参考にしながらも、部分的な修正を図り、各省庁や自民党との調整を重視し、その基軸として官邸を位置づけ直そうとしている。政治改革によって実現した官邸主導を維持しつつも、各省庁が「委縮」し、「忖度」しているなどという批判にも配慮し、行き過ぎとみられる箇所を是正しようとしているということである。

 

各省庁をうまくグリップできなければ致命傷に

問題は、このような官邸主導がうまく機能するかである。オミクロン株の世界的な感染拡大を受けて、岸田官邸は外国人の新規入国停止を迅速に決断した。その一方、日本に到着する国際線の新規予約の停止を航空会社に要請し、撤回に追い込まれたこと、また、オミクロン株の濃厚接触者の大学受験を認めないという指針に批判が集まり、見直したことは、それぞれ国土交通省と文部科学省に対する官邸のコントロールが不十分であることを示した。

コロナ対策のような危機管理については、首相官邸が迅速な判断を行うことに加え、各省庁を十分にグリップすることが求められる。それができなければ、オミクロン株による感染拡大が続くなか、夏の参院選に向けて致命傷になりかねない。

それに加えて、岸田官邸の懸念材料は内部の結束力である。第2次安倍政権の場合、2012年の自民党総裁選での逆転勝利、第1次政権の経験者による失敗の反省、安倍の人柄と保守的な思想の共有などが、発足当初から強い求心力をもたらした。『検証 安倍政権』のインタビューで、安倍氏は今後の政権が生かすべき教訓として次のように語っている。

「私を含めてみんな安定政権を作ろうと思っても、なかなかうまくいかないわけですけれども、やはり大切なのはチームプレイだと思うんです。権力というのは、崩れるときには必ず内部から崩れます。官邸においても、いかに求心力を保ち続けるかということが重要なんですね」

政権運営は一筋縄ではいかない。山あり、谷ありの連続である。第2次安倍政権も、7年8ヵ月、森友・加計学園問題などいくつもの困難に直面した。しかし、それを凌ぐことができたのは、首相官邸を中心に政府・与党を含む求心力が強いチームを維持したからであった。それに対して菅義偉内閣は、1年で退陣を余儀なくされた。岸田首相は、安倍首相の助言を生かし、チーム力を高めていくことができるであろうか。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

最新の論考や研究活動について配信しています