ポストコロナ、日本の成長に絶対外せない命題(櫻井眞)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/450491

「API地経学ブリーフィング」No.68

2021年08月30日

ポストコロナ、日本の成長に絶対外せない命題 ― 海外投資立国と国内経済のバランス戦略へ

元日本銀行審議委員
櫻井眞

 

 

 

日本経済の現在地

パンデミックによってダメージを受けた先進国経済が着実な回復に向かう中、日本の回復は遅れている。回復基調こそ維持されているものの、遅れたワクチン接種のキャッチアップと感染再拡大が重なり、足元はもたついている。ただ、2022~23年以降、ポストコロナの経済が日本でも本格的な動きとなるのは間違いない。日本経済が抱えるポストコロナの課題をグローバルな視点、特に日本の対外投資との関連から整理し、日本の企業や金融機関の抱える課題とその対応を考えてみたい。

日本は2013年以降、長い停滞から何とか脱し、2016年度後半~2018年度には緩やかな成長の持続を実現した。そのプロセスは、大規模な財政拡大と金融緩和政策により、まず2013年に急速な円高是正が進み、2016年後半から為替レートも安定的推移が続くようになり、政策効果と円高是正による外需主導の回復が内需拡大へと拡がり、2015~18年度は緩やかなプラス成長が持続するようになった。

物価もデフレでない状態が維持され、失業率は完全雇用に近い2%台前半まで低下した。しかし、トランプ政権下の2019年には世界貿易停滞によって成長が鈍化し、2020年は世界的なコロナ感染に直面。2019~20年度の日本の実質GDP成長率はマイナスへ落ち込んだ。

グローバルな視点で日本経済をみると、名目GDP規模はアメリカ、中国に次ぐ世界第3位であるが、日本と比べ中国は3倍弱、アメリカは4倍強と規模の差は歴然である。一方、対外純資産のプラスは過去20年間世界最大を維持し、2020年末の残高は357兆円で過去7年程300兆~360兆円規模が続いている。

プラスの対外純資産残高持続はドイツと中国も同様だが、アメリカはマイナス1400兆円(2020年)で、過去10年間に約1000兆円もマイナス幅を拡大させた。日本の対外資産残高は2020年末で1146兆円、1990年代中頃の250兆円程度から25年間に4.5倍の拡大、2020年末の内訳は証券投資が約46%、直接投資が約18%を占めている。

年間の対外投資額(フロー)は総額約40兆円、対名目GDP比約7~8%が続いており、内訳は変動の大きな対外証券投資と安定的な推移の対外直接投資がそれぞれ約20兆円となっている。

海外投資の収益額は年約20兆円で、証券投資と直接投資がそれぞれほぼ同額で二分している。対外資産残高対比の投資収益率は、証券投資が約1.5%、直接投資が約5.3%と、世界的低金利を反映した低い証券投資収益率に対し、直接投資の収益率は格段に高い。また、日本の直接投資収益の約半分が対アジア投資からの収益であることも特徴である。

 

海外投資立国の戦略構築は急務の課題

直接投資の収益率は、他の先進国とほぼ同等と推測されるが、経済成長率の高いアジア向けのウエイトがやや高いことや、直接投資に関連した輸出やパテント収入などを考慮すると、実質的にはより高い収益率になっていることもうかがえる。名目GDPに海外投資収益を加算した名目GNI(国民総所得)はここ10年程、名目GDPを15兆~20兆円上回っている。

また、日本企業の設備投資全体に占める対外直接投資のシェアは全産業で20~25%、製造業では35%程度にも達している。海外売上高比率は全産業で35~38%、製造業では約50%と高い。日本企業は輸出(年約100兆円)だけでなく海外直接投資による海外売り上げも大きい。日本経済は、国内貯蓄が国内投資を恒常的に上回る構造となっており、海外投資立国としての戦略を構築することは急務の課題である。

アメリカの対外純資産残高は、マイナス1400兆円で、そのマイナス幅も拡大が続いているが、これはアメリカが巨額の海外資本流入を経済成長に活用していることを意味している。基軸通貨であるドルへの信認が揺るがない限り、海外からの資本流入によるアメリカの成長は可能であるし、為替リスクを負うこともないという優位性も持っている。

一方で、日本経済は緩やかなプラス成長を持続することができても、人口減少など構造的に潜在成長力の向上に限界があることは指摘するまでもない。日本のポストコロナにおける重要な課題の1つは、海外投資を充分活用しつつ日本企業の構造改革やイノベーションの進展を戦略的かつ着実に進めることであろう。

リーマンショック後の重要な政策上の経験は、多くの先進国が大胆な金融緩和政策と財政拡大により歴史的な大規模危機に際してその対応能力を発揮した点にある。特に、コロナ感染への危機対応では、リーマンショックの経験が生かされたことは明らかで、コロナからの回復はリーマンショック時よりも早い回復となっている。

しかし、日本の直面する現実と今後の課題は多い。日本が順調に回復軌道を進んでも、緩やかな成長という潜在成長力が大きく変わる可能性は低く、海外投資の収益力を高める中で着実に構造改革を実施し、緩やかながらも持続的な成長を追求することが現実的かつ着実な政策の方向であろう。

 

日本の海外投資収益力向上に何が必要か

海外投資の収益力向上は、企業収益の増大でもあるから国内投資拡大にも寄与するだろう。2016~2019年前半の日本経済は、政策的支えを背景に海外収益も含めた好調な企業収益の改善と緩やかな成長が持続できたことで、雇用拡大と人手不足の深刻化が顕在化し、国内設備投資が拡大する好循環が実現したのが実態である。

ポストコロナの日本で、海外投資立国と国内経済の緩やかな成長を両立するためには、一段の海外投資収益力向上が決定的な重要性を持つ。収益力強化のためには、対外直接投資に関連した地政学的リスクも含めた情報収集能力向上や迅速な対応力(決断力)が欠かせない。

米中対立によるグローバルサプライチェーン(GSC)再編が始まるのはすでに時間の問題で、当面は複数のGSCへの模索などが現実的な対応となろう。日本企業自身の構造改革も重要な焦点で、大企業でガバナンスとコンプライアンスの問題が表面化するケースが目立つ。さらに経営者の在任期間が欧米に比べ短く、多数の社外役員を抱える中で、イノベーションや企業成長のリーダーシップは確保されているのかなど率直な懸念はぬぐえない。

急拡大しているM&Aの対外直接投資も大きな焦点である。M&Aの直接投資総額はグリーンフィールド投資の3~5倍も大きく、単体のM&A自体も巨額で、高い情報収集能力とリスク把握能力、強いリーダーシップと決断力が不可欠である。

対外証券投資分野の課題は、資産運用能力の抜本的向上に尽きる。欧米の金融機関と比較して資産運用能力の問題は明らかであろう。アメリカの高い資産運用能力は、究極的にその情報収集と分析能力の圧倒的高さが基盤となっていることに疑いはない。運用能力には新規融資や企業創造支援、カントリーリスクの分析など多様な分野が含まれる。

18~20世紀初めにかけて金融面から世界をリードした欧米のマーチャントバンクや投資銀行は、人的ネットワークも含めた高い情報力で果敢にリスクに挑戦し、優れた運用能力を発揮して世界経済の発展と国内では海外投資立国の基盤を確立することに成功した。もちろん、時にはリスクへの対応に失敗もあったが、したたかに復活し、全体として高い運用能力を維持したのである。

 

人的資本の蓄積へ向けた教育の再検討も必須

海外投資は国民の貯蓄や企業が蓄積した収益を海外で運用するものであるから、より高い収益とリスク回避への適切な対応が肝要であることは指摘するまでもない。海外投資立国への課題としては、まず比較的収益力の高い直接投資やM&Aに幅広い金融機関を関与させる制度の強化・構築に加え、ソブリン投資や株式なども含めた公的な海外資産運用ファンドの設立なども早急に検討が求められるだろう。

長期的な課題には人的資本の蓄積へ向けた教育の再検討も必須である。リベラルアーツ、語学、数学、リーダーシッププログラムなどをコアとする抜本的な教育システムの構築が必要で、さらに金融実務と政策に関連した経験も不可欠だ。超長期と幅広い視野からの圧倒的なインテリジェンスを伴う情報力の充分な蓄積がなければ、長期的な海外投資立国と国内経済の緩やかな成長を両立させる戦略も有効に機能することは期待できない。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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