日本は尖閣諸島周辺で中国海警にどう備えるか(鶴田順)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/417410

   

「API地経学ブリーフィング」No.45

2021年03月22日

日本は尖閣諸島周辺で中国海警にどう備えるか ― 企図する戦略を読み取り、事態を微細に想定せよ

明治学院大学法学部グローバル法学科准教授
鶴田 順

 

 

中国海警法とは

中国海警法の制定により、中国海警がいかなる機関で、いかなる活動を行うことができて、今後いかなる活動をしていくのかが明確となった。日本は、尖閣諸島周辺海域での中国海警の活動に対して、国際社会がこれまで積み上げてきた法規範をふまえながら、適切かつ実効的に対処できるように備えていく必要がある。

沖縄県の尖閣諸島周辺海域において中国海警船による領海への侵入と接続水域における航行が常態化している。昨年から本年にかけて中国海警船の日本漁船に対する接近も複数回発生している。今後、中国海警の隊員が尖閣諸島へ上陸する可能性もある。日本はこのような事態にどのように対処すべきか。

まず、日本が尖閣諸島周辺海域で対峙している中国海警がどのような機関であるのかについて、2021年2月1日に施行となった中国海警法をふまえて整理したうえで、今後の日本の事態対処のあり方について述べることにしたい。

中国海警法は行政法理論でいう組織法と作用法の双方の性格を有する法律である。中国海警がどのような機関で、どのような権限行使を行うことができるかについて規定している。

中国海警法の適用範囲は「中華人民共和国の管轄海域」(3条)である。この中国管轄海域が地理的にどこまでの広がりを有する海域なのか、国連海洋法条約が沿岸国に主権や管轄権を認めている内水、領海、排他的経済水域および大陸棚までの海域であるのか、それとも、これらの海域を越えて中国が独自に主張している海域も含まれるのか、条文からは明らかではない。

ただ、草案段階では中国管轄海域を「中華人民共和国の内水、領海、接続水域、排他的経済水域、大陸棚および中華人民共和国が管轄するその他の海域」(草案74条(2))と定義していた。この定義からは中国が国連海洋法条約を離れて独自の海域主張を行っていることがわかる。

中国は、国連海洋法条約は国際海洋法のすべての事項を規律するものではなく、その射程は限定的であるとの理解に立つ。フィリピンが開始した南シナ海仲裁事件の仲裁手続きに関連して、中国は、南シナ海の九段線の内側で有する「歴史的権利」は条約の採択に先行して確立したのであり、国連海洋法条約は先行して確立したそのような権利を否定することはできないと主張した。

2014年7月に示された仲裁判断は中国の「歴史的権利」主張の法的効果を否定した。国連海洋法条約を離れての独自の主張が仲裁判断で退けられたにもかかわらず、中国はそのような主張を現在も維持している。

 

中国海警の法執行活動と軍事活動

中国海警の海上での法執行活動については、第4章「海上行政法執行」と第5章「海上犯罪捜査」に詳細に規定されている。これらの規定は世界各国の海上法執行機関の組織法・作用法に関する調査・研究の成果と考えられる。

中国海警法21条は中国管轄海域における外国軍艦・政府公用船舶の「(中国の)法律、法規に違反する行為」に対する執行措置について規定している。同条に基づく執行措置が、国連海洋法条約25条1項に基づく中国の領海で「無害でない通航」を行う船舶に対する「保護権の行使」の範囲にとどまるものであるのか否か、条文からは明らかではない。

ただ、中国海警法21条の適用範囲は「中国管轄海域」である。中国の領海外にある外国軍艦・政府公用船舶に対する執行措置は、これらの船舶が国際法上有する執行管轄権からの免除と整合するものではない。

中国海警法22条等は中国海警による「武器の使用」について規定している。国際法上、海上での法執行活動における武器の使用は法執行活動の実効性を担保するために必要で合理的な範囲内のものであれば許容される。中国海警法22条等の武器使用規定は、基本的には国際法における「武器の使用」に関する規範をふまえたものである。

ただ、中国海警法22条には問題点もある。同条は中国の「国家主権」を侵害する行為に対する「武器の使用」についても規定している。これは、状況によっては、国家間紛争における「武力の行使」にあたるものである。「武力の行使」は国連憲章や武力紛争法によって規律される。国際法における性質がまったく異なる権限行使を1つの条文で同じように規定している。中国海警法は注意深く読む必要がある。

中国海警法は22条以外にも「国家主権」への言及がみられる(1条、12条1号など)。「国家安全保障」や「防衛」への言及もみられる(4条、5条、12条2号など)。中国海警法83条は「海警機関は中華人民共和国国防法、中華人民共和国人民武装警察法等の関係法令、軍事法規および中央軍事委員会の命令に基づき防衛作戦等の任務を執行する」と規定している。中国海警法は、中国海警が中国の対外的な主権が侵害される事態に対処する権限を有すること、すなわち国家安全保障に資する活動(軍事活動)を行う権限を有することを明文で規定している。

中国海警法の制定によって、中国海警は、海上法執行機関であり、国家安全保障を担う機関でもあることの明確化が図られたといえる。

 

日本の事態対処のあり方

これまで日本は尖閣諸島周辺海域で発生している事案・事態に海上保安庁が海上での法執行活動で対処してきた。これからも同じように対処していくのか、それとも、情勢の変化を見極め、国家安全保障のための活動(軍事活動)で対処していくのか。

海上での法執行活動は、基本的には、犯罪を予防し、犯罪を捜査し、犯人が明らかとなれば逮捕して刑事司法手続きに乗せることを目的としている。「海の秩序を守る」ための活動である。

海上での法執行活動には、領域主権を確保し、領土保全の侵害を排除するなどの国家安全保障に資する側面もあるが、これらはあくまでも副次的効果である。海上での法執行活動は「領土を守る」ことを直接の目的とするものではない。

中国海警法の制定以降、日本では国内法整備の動きがある。そこでの頻出用語は「主権の確保」や「領域の保全」である。そのような目的を掲げる法律であっても、制定されると、その適用・執行は海上での法執行活動として行われていくことになる。しかし、重要なのは、そのような活動が国際法の観点から海上での法執行活動として評価できるような「実質」を備えているか否かである。

事態対処の主体となる各国国内法上の位置付けが海上法執行機関であるからといって、また事態に適用のある国内法が整備され、海上法執行機関が国内法の適用・執行によって対処しているからといって、当該権限行使が、国際法上、当然に海上での法執行活動となるわけではない。このことは、日本でも、中国でも、ほかの国でも同じである。

国内法整備を進めていくにあたっては、規範内容の精査に加えて、海上での国内法の適用・執行という権限行使が国際法の観点からどのように評価されるか、また、そもそも、対処・克服すべき事態が国内法令の適用・執行によって実効的に対処・克服しうるような事態であるのか、精査する必要がある。

そして、そのような精査の出発点となるのは、対処・克服しようとしている事態を日本の管轄下で発生している国内法違反の問題と捉えるか、それとも国家間で発生している問題と捉えるかである。海上での法執行活動と国家安全保障のための活動のいずれの活動で対処したらいいのか、判断が容易ではない事態が発生したとしても、いずれかの活動に引き付けて対処するしかない。いわゆるグレーゾーン事態をそれとして対処することはできない。事態認識に対応した適切かつ実効的な対処方法を追求すべきである。

 

曖昧さに備える

中国海警法の制定により、中国海警がどのような機関でいかなる権限を有するのかが明確となった。中国海警は海上法執行機関としての側面と軍事機関としての側面の両方の側面を有する機関である。そして、中国海警がいずれの側面での活動を行っているのかは外観からは判別できない。中国海警は現場海域で対峙する側の判断を迷わせ、事態対処に遅れを生じさせ、曖昧さをもって優位に立とうとする。

日本は中国が海警法で企図している戦略を読み取り、尖閣諸島で想定しうる事態を微細に洗い出し、それぞれの事態に適切かつ実効的に対処できるように備えを進めていく必要がある。日本政府はこれまで尖閣諸島周辺海域での事案・事態に「冷静かつ毅然と対処する」と繰り返し述べてきた。いまその実質が問われている。日本の対処のあり方を同じく中国海警と対峙する各国が注視している。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所、その他著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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