API国際政治論壇レビュー(2020年12月)


2020年12月2日

API国際政治論壇レビュー(202012月)

API 研究主幹・慶應義塾大学法学部教授 細谷雄一

【概観】

2020年11月3日に投票が行われたアメリカ大統領選挙は、近年では「最も重要な選挙」になると想定されたとおり、世界の注目を集めることになった。トランプ大統領が2期8年間、大統領の座に位置するか、あるいは民主党のジョー・バイデン前副大統領が政権を掌握するか。二極化されたアメリカ政治において、二つの勢力の対立は熾烈なものとなり、開票速報に世界が目を向けた。その結果は、バイデン前副大統領の勝利となり、現在政権移行チームが新政権の政策を検討している最中だ。

当初懸念されていたような、開票作業の混迷により選挙結果の判明が大幅に遅れるということはなかった。バイデン前副大統領が約8000万票で50.1%の得票率であるのにたいして、トランプ大統領は7300万票で47.1%の得票率にとどまった(CNNの2020年11月15日の統計に基づく)。11月7日に、CNNやABC、FOXニュースのような主要テレビ局や、ニューヨークタイムズのような新聞社、ロイターのような通信社が、選挙人獲得数が過半数を超えたバイデン候補の勝利を報じた。それを受けて、日本の菅義偉首相をはじめとする世界の首脳がバイデン氏の勝利を祝福した。306人の選挙人を獲得したバイデン候補に対して、トランプ大統領の選挙人数は232人にとどまっているため、これから過半数に到達する可能性は小さい。

この間、トランプ陣営は、郵便投票が不正につながっていると疑念を示し、集計結果をめぐる法廷闘争を行うことを示唆した。しかしながら、選挙結果が覆される見通しはなく、トランプ大統領自らも、12月14日の選挙人による投票の結果、バイデン副大統領が過半数を獲得した場合には敗北を認めて自らが大統領の座から退くことを示唆している。11月30日には、ウィスコンシン州とアリゾナ州でバイデン候補の勝利が認定されて、12月2日にはジョージア州での再集計が完了する期限となっているが、トランプ大統領の勝利の見通しはほぼなくなったといえる。トランプ氏自ら、「最高裁に持ち込むのは困難」と、法廷闘争により現在の選挙結果を逆転させることの難しさを語っている。

その一方で、バイデン次期大統領は、11月23日に主要閣僚の人事を発表した。国務長官に就く予定のトニー・ブリンケン元国務副長官、大統領補佐官となるジェイク・サリバン元副大統領補佐官というように、現実主義路線の外交・安保専門家が要職に就くことになった。バイデン政権が、トランプ政権の「米国第一主義」路線とは一線を画して、同盟国との関係修復を主眼に置いた国際協調主義路線に回帰する見通しが明らかとなった。概ね、そのような動きを多くの諸国が歓迎している。

それでは、大統領選挙の投票日を挟んだこの一ヵ月間で、世界の論壇はこれらの動きをどのように論じていたのか。以下、国際論壇の概観を紹介することにしたい。

1.バイデン次期大統領による政権移行 

2020年のアメリカ大統領選挙は、当初深刻に懸念されていたような大きな混乱や、不満のある勢力による暴動、そして結果確定の遅延といった最悪の結果を見ることはなかった。おおむね、平和的かつ円滑に、バイデン候補の勝利が確定した。

大統領選挙の投票日の事前の世論調査では、バイデン前副大統領が有利であることが報じられ、またコロナウイルスの感染拡大を受けて、バイデン支持者の多くが郵便投票を用いることに起因する開票作業の混乱が予期されていた。現実には、時間の経過とともに郵便投票が開票されてゆき、バイデン候補の得票が増えていき、多くの州で勝利を掴んだ。投票所での得票では有利な状況であったトランプ陣営は、郵便投票の有効性に疑義を示し、明確な根拠を示すことなくバイデン陣営による「不正疑惑」をもとに、「票が盗まれた」と攻撃した。トランプ大統領の熱狂的な支持者たちは、そのような主張に乗じてバイデン候補の勝利を認めない姿勢を示し、全米各地で抗議活動を行った。だが、時間の経過とともにトランプ氏の選挙での劣勢が明瞭となり、それとともにバイデン氏を次期大統領として受け入れる空気が共和党支持者の間でも広がっていった。

そのようななかで、バイデン氏の勝利という選挙結果を受け入れて、政権移行の混乱を拡大しないようにする重要性を指摘する論考が多く見られた。たとえばワシントンポスト紙では、共和党のブッシュ大統領の首席補佐官などを務めたアンドリュー・カードと、クリントン政権の首席補佐官を務めたジョン・ポデスタの二人が、政党の違いを超えて平和的に権力を移譲する重要性を論じた。また、政権移行の混乱が、中国のような大国による平和を乱す行動に繋がる危険性を警告した。この両者は、2000年の大統領選挙の際のブッシュ対ゴアの開票結果をめぐる軋轢を参照しながら、そのときとは異なり2020年の今回の選挙結果はバイデン氏の勝利が明らかである旨、論じている(1-①)。他紙でも同様に、トランプ大統領の支持者たちに向けて、選挙結果に抵抗しないように説き、また政権移行を混乱させるような行動を慎む必要を論じた記事が目立った(1-②、③、④、⑤)。

他方で、トランプ政権で政府の役職に就いていたミック・マルバニーは、ウォール・ストリート・ジャーナル紙に寄せた論考で、トランプ大統領は結果が確定した後にはこれまでの大統領と同様に、適切なかたちで大統領の座から退くだろうと言及している(1-⑥)。最近のトランプ大統領の言動は、実際にそのような方向性を示唆するものである。だとすれば、バイデン氏は予定通り2021年1月20日に大統領就任式を迎えることができるだろう。むしろトランプ大統領の目は、すでに2024年の大統領選挙出馬に向かっているのかもしれない。

すでに述べたように、11月23日には主要閣僚の人事が発表されて、バイデン次期政権の対外政策の方向性が徐々に明らかになってきた。ブルッキングス研究所のマイケル・オハンロンは、バイデン次期大統領はトランプ政権の対外政策を全て否定するようなことはせず、対中政策などの基本路線は継承するべきだと提言する(1-⑦)。実際にバイデン氏は手堅い人事により、安全保障専門家の多くを安心させている。国際政治学者であるデイヴィッド・ロスコフ氏によれば、バイデン政権の外交・安保チームは、おそらく近年では「最強の布陣」になる(1-⑧)。

他方で、著名な外交専門家のウォルター・ラッセル・ミードは、バイデン政権の外交政策がオバマ政権とは異なるものとなるという見通しを示す(1-⑨)。というのも、バイデン氏自らが長年上院の外交委員会委員長として外交問題に深く関与しており、自らが信頼してきた外交ブレーンを多く登用しているからだ。すなわち、スーザン・ライス元大統領補佐官のようなオバマ政権の中枢にいた比較的親中的で進歩的な外交専門家ではなく、より現実主義的な、軍事力の効用も理解するような、伝統的な外交路線を踏襲するブリンケン氏やサリバン氏のような人物を重用している。グレアム・アリソン・ハーバード大学教授も、バイデン政権が「オバマ第三次政権」ではないと指摘している(1-⑩)。

バイデン次期大統領にとっての難問は、今回の大統領選挙の結果が必ずしも国民によるバイデン氏に対する無条件の信用の付託を意味しないということだ(1-⑪)。民主党は下院議会で議席数を減らし、さらには上院も現段階では共和党が多数となっている。投票日の事前の世論調査が示唆したような、「ブルー・ウェイブ」による民主党の雪崩的勝利には帰結せず、伝統的に共和党の地盤であったフロリダ州やテキサス州で民主党が歴史的勝利を収めることもなかった。さらなる難問は、バーニー・サンダーズ氏やエリザベス・ウォーレン氏のような、候補者指名でバイデン候補と接戦を演じた民主党左派の大物が、次第にバイデン大統領に対して批判的になっていることだ(1-⑫、⑬)。それは、現実主義路線の外交を選択して、重要閣僚を中道派の人物に委ねたことの代償であろう。

2.「トランプ主義」の持続と不安

今回の大統領選挙の結果として、「トランプ主義」が想定されていた以上に広く、また深く根をはっているということが分かった。コロナの感染拡大、それによる景気の後退と失業者の大量発生、さらには高齢のトランプ大統領自らの感染の入院という失態や困難が続いたにもかかわらず、トランプ大統領は四年前よりも多くの得票を確保している。四年間の任期中に、「トランプ主義」の政治文化がアメリカに根づきつつあるのだ。

ウォルター・ラッセル・ミードは、今や世界中がアメリカの民主主義を見つめていると指摘する(2-①)。すなわち、アメリカの民主主義が強靱であり、国民の要請に応えた優れた政治システムであるのか、あるいはそれが混乱と分裂を招き、アメリカの国力を衰退させるのかによって、世界の諸国がどのような方向へと進むか大きく異なるのである。だとすれば、トランプ大統領が明確な根拠なく選挙の「不正疑惑」を叫び、結果を受け入れない姿勢を示し続けることで、アメリカの民主主義への信頼は損なわれているといえる。

共和党員のベンジャミン・ギンズバーグは、ワシントンポスト紙への寄稿で、共和党がいまや「トランプの政党」となってしまった実情を指摘する。すなわち、選挙結果を拒絶して陰謀論に固執することで、共和党が自らの基盤を破壊しているのだ(2-②)。同様の指摘は、優れた政治学者であるブルッキングス研究所のウィリアム・ガルストン氏も行っている。ガルストン氏によれば、すでに共和党もアメリカもトランプ大統領の四年間の任期中に新しい政党へと「造りかえられてしまった」(2-③)。アメリカ社会はよりいっそう亀裂が深まり、また権威主義体制に対抗する自由民主主義のモデルを世界に示すという積極的な外交姿勢も崩れている。それゆえ、そのような分裂したアメリカにおいて妥協点を摸索して、さらにはより幅広い国民の声に耳を傾けることが、バイデン次期大統領には求められているという(2-④)。同様の悲観的な見解は、トマス・ライト・ブルッキングス研究所研究員にも見られる。「狂った王」であったトランプ大統領は、四年間にアメリカの政治文化にポピュリズムを深く浸透させた(2-⑤)。そのような混乱からの回復は容易ではない。

それだけではない。トランプ大統領の任期中に、東欧諸国など、アメリカ国外で彼同様の右派的なポピュリスト政治家が誕生し、またトランプ氏との関係を深めた。1989年のベルリンの壁崩壊が、その後の自由主義と民主主義の拡大に繋がったとすれば、2016年のトランプ氏の米大統領選挙の勝利は、右派ポピュリズムの世界的拡大に繋がった。現代のヨーロッパを代表する政治学者であるイワン・クラステフ教授は、そのような政治の変容に警鐘を鳴らしている(2-⑥)。いわば、トランプ大統領は世界中に数多くの自らの権威主義的な「友」を生み出したのだ(2-⑧)。フランスのルモンド紙もまた、トランプ氏が大統領選挙で敗北したとしても、「トランプ主義」が持続すると述べている(2-⑨)。問題の根は深い。

3.アメリカの同盟国が抱える悩み

トランプ政権の四年間に、米欧関係は緊張と関係悪化の一途を辿った。両者の不信感が高まり、何度となく衝突が見られた。フランスのマクロン大統領は、それゆえ昨年秋にはNATOの「脳死」を論じ、またEUはそのようなアメリカから距離を置いて「戦略的自立(Strategic Autonomy)」を求める必要を唱えるようになった。

そのような欧州諸国にとって、大西洋同盟の関係修復を訴えてきたバイデン氏が勝利することは望ましいことであった。フランスのルドリアン外相とドイツのマース外相は、ワシントンポスト紙への連名の記事において、バイデン大統領の下で大西洋関係での結束が回復することへの期待を語っている(3-①)。同様にバイデン政権への期待感は、ドイツのクランプカレンバウアー国防相による寄稿にも示されている(3-②)。

他方で、アメリカ国内からも、そのような同盟国との関係修復の重要性を指摘する声が上がっている。同盟関係をめぐる認識の違いからトランプ大統領と衝突し、国防長官を辞任したジム・マティス氏は、安全保障専門家でありブッシュ政権の高官も務めたコリ・シャケ氏らとの共著の論文のなかで、アメリカの国家安全保障が同盟国との強固な関係によって守られている現実を強調する(3-⑥)。これらの安全保障専門家は、共和党と民主党とを問わず、全般的にバイデン政権の成立を歓迎しているようである。米欧関係は、一定の範囲内で確実に修復していくであろう。

他方で、そのような楽観論に対して、現状の困難を直視した冷静な声も聞こえる。たとえば、パトリック・ポーターとジョシュア・シフリンソンの二人が共著した論考では、バイデン政権となっても引き続き同盟関係は摩擦に満ちたものとなると予想する。欧州の同盟諸国が引き続き「フリーライダー」としての地位に甘んじて、戦略環境が悪化しても十分な防衛負担を負うことなく、他方で「見捨てられる恐怖」からアメリカのより深い関与を求めるとすれば、両者の間の利益の違いがより明確となって表出するであろう(3-⑦)。

さらには、イギリスを代表する政治コラムニストであるフィナンシャル・タイムズ紙のフィリップ・スティーブン氏は、これまで「ブレグジット」や右派ポピュリズムに関するイデオロギーをトランプ大統領と共有していたイギリスのジョンソン政権が、バイデン政権成立によってこれからは困難に直面するであろうことを予期している(3-⑩)。EUの重要性を何度も指摘して、イギリスがそこに加わる意義を問うて来たバイデン大統領の下で、英米間の「特別な関係」はさらに冷却するのではないか。

4.アメリカの民主主義の衰退に注目する中国政府

それでは、中国政府は今回のアメリカ大統領選挙をどのように見ていたのだろうか。

米中間での対立が激しくなり、アメリカが中国に対する強硬姿勢を強める限り、そのアメリカが混乱して、国内社会が分裂することは、中国にとっての利益となるという発想が中国のなかには見られる。すなわちそのことが、アメリカの国力、さらにはソフトパワー、そして世界でのプレゼンスを傷つけることになり、グローバルな舞台でのアメリカの影響力の後退に繋がるであろう。

たとえば復旦大学アメリカ研究センターの赵明昊(Zhao Minghao)は、アメリカ国内における党派対立や、人種問題、ヘイトクライムなどの社会問題がアメリカ社会を二極化し、いわゆる「政治の感染症」が広がっているとその問題を指摘する(4-①)。また、杨雪冬(Yang Xuedong)清華大学政治学部教授は、西側の民主主義に対する人びとの不満が蓄積し、十分なパフォーマンスを示せていないと、民主主義社会の病理に触れている(4-②)。このような議論は、中国国内における民主化の要求を冷却化させる上でも有効であろう。

このように、中国はアメリカにおける民主主義の衰退と、大統領選挙によって拍車がかかったアメリカ社会の二極化や、混乱、暴動などを繰り返し取り上げて、アメリカの民主主義体制が制度疲労や機能麻痺を起こしている現状を紹介する(4-③)。そのような論調は、徹底した監視社会となった権威主義体制下の中国における政治制度の優位性を誇示することを意味し、さらにはそれを好機と考える中国のより強硬な対外行動に帰結するであろう。その点を次に見ていきたい。

5.強硬化する中国の対外行動の行方

多くの郵便票も集計しないといけないことなどからも、アメリカが大統領選挙の結果判明までに時間がかり、さらにはアメリカ社会の二極化や党派対立がきわまって、政権移行が混乱を伴うであろう。そのような問題は、中国の報道機関も事前から予期していたことである。同時に、今年7月のマイク・ポンペオ国務長官の演説に象徴されるような対中強硬路線の強まりによって、米中対立が構造的に深まっている現実についても十分認識していた。そのようななかで、中国はそれに対抗して対米強硬路線を選択する様子が見られた。中国の武漢から始まったコロナ禍で国際社会における中国への批判が強まる嵐のような状態の中で、中国は国際社会からの批判をかわし、トランプ政権の強硬な態度に抵抗してきた。むしろ対米強硬路線をもってそれに応じようとするのが、ここ数カ月の中国の新聞報道で見られた特徴であった(5-①)。

それでは、そのような中国がとりわけ重視していたのはどのようなイシューであったのだろうか。中国の主要紙の論調を見る限りにおいて、台湾政治へのアメリカの軍事的関与の拡大に対して、最も強い反発を示しまた最も強硬な警告を発している様子が分かる。たとえば環球時報紙は、もしもアメリカがこれ以上、軍事的に台湾への関与を強めるのであれば、中国は人民解放軍を用いて戦争も辞さずに徹底してそれに対抗する姿勢を示している。具体的には、「反国家分裂法」を適用して、米台間の軍事協力を阻止するためにも、人民解放軍を動員してそれを食い止める必要を説く(5-②)。

同時に、台湾の蔡英文民進党政権がアメリカに接近して、大陸との緊張を高めるようなことをするならば、巨大な代償を払うことになると警告を発する。とりわけ環球時報の関連した社説記事のなかでは、台湾が世界保健機構(WHO)総会へのオブザーバー参加を求めたことを厳しく批判する(5-③)。これはバイデン次期政権に対する警告ともなる。すなわち、アメリカ政府による台湾問題への関与の拡大が、中国にとっての超えてはならない「レッドライン」であって、バイデン政権でそのような関与が後退するかどうかが、大きな争点となるであろう。

この間、中国の新聞などのメディアが徹底して批判してきたのが、ポンペオ国務長官である。このことはまた、トランプ大統領やアメリカ政府全体に対する批判をあえて控えることにより、米中間での協調を回復することが可能なような余地を残す意向を示唆している。そのような理由からも、対中強硬路線を牽引しているとみなすポンペオ国務長官個人を批判する姿勢は一貫している(5-⑥)。しかしながら大統領選挙の投票日が過ぎて、開票作業が進みバイデン候補の勝利が伝えられる中で、次第にそのような中国の報道機関の攻撃的な論調は次第に抑制的なものへと転じていった。

バイデン政権において米中対立が劇的に改善するとは認識していないようだが、他方で気候変動問題などのグローバル・イシューを中心に協力の余地が拡大すると、中国の主要報道機関は分析しているようである。その上でたとえば、「对中美关系莫抱幻想,也别放弃努力(米中関係に幻想を抱いてはいけないが努力を諦めてもいけない)」という題目の、大統領選挙投票日の直後の環球時報の記事のタイトルは示唆的である(5-⑯)。さらには、駐英大使も務めた傅瑩元中国外務副大臣が、これからの米中関係を、協力と競争が融合した「coopetition(協争)」という造語により示される状態となると述べるのは、興味深い。バイデン次期政権に対して、関係改善を働きかけたいという中国政府の意向が感じられる(5-⑰)。

米中双方ともに戦争を望んでおらず、対話により危機や緊張を回避するべきだという主張は、アメリカの側からも示されている。中国問題の専門家として高名なCSISのボニー・グレイザーは、同じくCSISのジュード・ブランシェットと共同で執筆した記事の中で、台湾をめぐって米中戦争が勃発するというような可能性を否定して、米中両国とも国内に問題を抱えてそのような余裕はないことを、冷静に論じている(5-⑭)。

興味深いのは、中国の報道では、日本に関する比較的抑制的な論調と、オーストラリアに関する激しい批判的な論調とがきわめて対照的になっていることだ。コロナウイルスの発生源が中国であることを調査するよう求めたオーストラリア政府に対しては、激しい懲罰的な論調でそのような態度を批判している(5-⑫)。それは実際の政策において実践されている。他方で、コロナウイルス感染拡大にアメリカが苦しむ中で、次第に日本国民が中国との関係強化を求めるであろうことを想定して、そのような日中間の経済関係の拡大の必要性が強調する論調が見られる(5-⑨、⑩)。だがそれは必ずしも、日本に対して友好的な姿勢を示すものではなく、冷静な経済的な必要性から両者が接近することになると想定したものである。それはまた、RCEPの署名に対する期待感の裏返しでもある(5-⑦)。

中国はこれまで以上に、「自由で開かれたインド太平洋」構想に基づく日豪安全保障協力の強化には警戒感を示している(5-⑪)。さらには、環球時報において、「インド太平洋」ではなく「アジア太平洋」という地理的概念を復活させることを提案していることも興味深い(5-⑧)。それは、10月6日に東京で、日米豪印四ヵ国の外相会合、いわゆる「クアッド」会合が開かれたこととも連関しているのだろう。

大統領選挙の結果としてアメリカ社会が混乱し、分裂している様子を中国の報道機関は注視しており、自らの政治的および経済的な優位性を再認識するような論説を掲載している。さらには、そのような中国に対して、日本が経済的な動機からも接近することが賢明であるという論調も見られる。他方で、バイデン次期政権が当初想定していたよりも、より広範な領域での協力の可能性が生じることについても言及している。これらを総合すると、中国は現時点では今後の動きを静観するような慎重で柔軟な姿勢であることが分かる。

実際に、バイデン次期政権が、来年1月20日の大統領就任式の後にどのような対外政策を展開するか、まだ分からないことが多い。引き続き、国際情勢は流動的であり、不透明性も高い。日本にとってはより慎重で、より戦略的な対外政策の舵取りが、引き続き必要となるであろう。

【主な論文・記事】
1.バイデン次期大統領による政権移行

Andy Card and John Podesta, “The life-threatening costs of a delayed transi-tion”, The Washington Post, November 11, 2020, https://www.washingtonpost.com/opinions/podesta-card-bush-gore-transition-trump/2020/11/10/ae1a960a-239f-11eb-8672-c281c7a2c96e_story.html
David Boies and Theodore B. Olson, “We opposed each other in Bush v. Gore. Now we agree: Biden won.”, The Washington Post, November 15, 2020, https://www.washingtonpost.com/opinions/boies-olson-lawyers-bush-gore-2000-joe-biden-president/2020/11/14/1e113520-25ff-11eb-8672-c281c7a2c96e_story.html
Elissa Slotkin and Paul Mitchell, “Opinion: It’s time to stand behind election results and move on”, The Detroit News, November 20, 2020, https://www.detroitnews.com/story/opinion/2020/11/20/opinion-its-time-stand-behind-election-results-and-move-trump-biden/6344168002/
Brad Raffensperger, “Georgia secretary of state: My family voted for Trump. He threw us under the bus anyway.”, USA TODAY, November 25, 2020, https://www.usatoday.com/story/opinion/voices/2020/11/25/georgia-secretary-of-state-election-integrity-2020-column/6407586002/
Karl Rove, “This Election Result Won’t Be Overturned”, The Wall Street Journal, November 11, 2020, https://www.wsj.com/articles/this-election-result-wont-be-overturned-11605134335
Mick Mulvaney, “If He Loses, Trump Will Concede Gracefully”, The Wall Street Journal, November 7, 2020, https://www.wsj.com/articles/if-he-loses-trump-will-concede-gracefully-11604772109
Michael O’Hanlon, “Joe Biden Can Build on Trump’s Foreign Policy”, The Wall Street Journal, November 12, 2020, https://www.wsj.com/articles/joe-biden-can-build-on-trumps-foreign-policy-11605207640
David Rothkopf, “Joe Biden’s National Security Picks Are the Best in Decades”, The Daily Beast, November 24, 2020, https://www.thedailybeast.com/joe-bidens-national-security-picks-are-the-best-in-decades
Walter Russel Mead, “Biden’s Foreign-Policy Team Takes Shape”, The Wall Street Journal, November 23, 2020, https://www.wsj.com/articles/bidens-foreign-policy-team-takes-shape-11606173198
“Biden presidency will not be a third Obama term administration: Graham Alli-son”, Global Times, November 23, 2020, https://www.globaltimes.cn/content/1207739.shtml
The Editorial Board, “Joe Biden’s Non-Mandate”, The Wall Street Journal, November 5, 2020, https://www.wsj.com/articles/joe-bidens-non-mandate-11604619335
Bernie Sanders, “Bernie Sanders: Corporate Democrats are attacking so-called far-left policies”, USA TODAY, November 11, 2020, https://www.usatoday.com/story/opinion/todaysdebate/2020/11/11/bernie-sanders-dont-blame-so-called-far-left-policies-editorials-debates/6258716002/
Elizabeth Warren, “Elizabeth Warren: What a Biden-Harris administration should prioritize on its first day”, The Washington Post, November 12, 2020, https://www.washingtonpost.com/opinions/2020/11/11/elizabeth-warren-biden-harris-first-day/
Bilahari Kausikan, “Watch what you wish for, including a Biden victory”, Nikkei Asia, November 3, 2020, https://asia.nikkei.com/Opinion/Watch-what-you-wish-for-including-a-Biden-victory

2.「トランプ主義」の持続とその不安

Walter Russell Mead, “The World Still Watches America”, The Wall Street Journal, November 2, 2020, https://www.wsj.com/articles/the-world-still-watches-america-11604360015
Benjamin L. Ginsberg, “My party is destroying itself on the altar of Trump”, the Washington Post, November 2, 2020, https://www.washingtonpost.com/opinions/2020/11/01/ben-ginsberg-voter-suppression-republicans/
William A. Galston, “Trump Remade His Party and the World”, The Wall Street Journal, November 13, 2020, https://www.wsj.com/articles/trump-remade-his-party-and-the-world-11605294269
William A. Galston, “Biden’s Tough Job: Uniting Americans”, The Wall Street Journal, November 17, 2020, https://www.wsj.com/articles/bidens-tough-job-uniting-americans-11605653620
Thomas Wright, “The Story of Our Mad King Will Live on Well Past the Election”, The Atlantic, November 1, 2020, https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2020/11/trump-will-live-on-well-past-the-election/616950/
Ivan Krastev, “The Apocalyptic Politics of the Populist Right,” The New York Times, November 13, 2020, https://www.nytimes.com/2020/11/13/opinion/trump-concede-election.html
Tom Nichols, “A Large Portion of the Electorate Chose the Sociopath”, The Atlantic, November 4, 2020, https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2020/11/large-portion-electorate-chose-sociopath/616994/
Zeynep Tufekci, “America’s Next Authoritarian Will Be Much More Competent”, The Atlantic, November 6, 2020, https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2020/11/trump-proved-authoritarians-can-get-elected-america/617023/
Le Monde Editorial, “Elections américaines 2020 : le trumpisme, héritage durable de la politique des Etats-Unis (2020年米大統領選挙:トランピズムは米国政治の長期的遺産となる)”, Le Monde, November 5, 2020, https://www.lemonde.fr/idees/article/2020/11/05/elections-americaines-2020-le-trumpisme-heritage-durable-de-la-politique-des-etats-unis_6058609_3232.html
Alexandra de Hoop Scheffer, “Les Européens ont trop souvent tendance à sous-estimer voire à mépriser le trumpisme (ヨーロッパ人は、トランピズムを過小評価し、軽蔑さえする傾向があまりにもある)“, Le Monde, November 12, 2020, https://www.lemonde.fr/idees/article/2020/11/12/la-resilience-du-trumpisme-doit-inciter-au-reveil-europeen_6059408_3232.html

3.アメリカの同盟国が抱える悩み

Jean-Yves Le Drian and Heiko Maas, “French and German foreign ministers: Joe Biden can make transatlantic unity possible,” The Washington Post, November 17, 2020, https://www.washingtonpost.com/opinions/2020/11/16/german-french-foreign-ministers-joe-biden-transatlantic-unity/
Annegret Kramp-Karrenbauer, “Europe still needs America”, POLITICO, November 2, 2020, https://www.politico.eu/article/europe-still-needs-america/
Andreas Kluth, “France and Germany Agree on the U.S. More Than They Realize”, Bloomberg, November 25, 2020, https://www.bloomberg.com/opinion/articles/2020-11-25/france-and-germany-agree-on-the-u-s-alliance-more-than-they-realize
Guy Verhofstadt, “Biden presidency no quick fix, just chance for EU to fix itself”, EUobserver, November 10, 2020, https://euobserver.com/opinion/150023
Susi Dennison al. “Second acts: How Europe can renew the transatlantic partnership”, European Council on Foreign Relations, November 17, 2020, https://ecfr.eu/article/second-acts-how-europe-can-renew-the-transatlantic-partnership/
Kori Schake, Jim Mattis, Jim Ellis, and Joe Felter, “Defense In Depth Why U.S. Security Depends on Alliances—Now More Than Ever”, Foreign Affairs, November 23, 2020, https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2020-11-23/defense-depth
Patrick Porter & Joshua Shifrinson, “Why We Can’t Be Friends with Our Allies”, POLITICO, October 22, 2020, https://www.politico.com/news/magazine/2020/10/22/why-we-cant-be-friends-with-our-allies-431015
Julien Nocetti, “Avec Joe Biden, il ne faudra pas escompter une inflexion majeure de la politique américaine (ジョー・バイデンの下で、アメリカ政治に大きな変化があると期待してはいけない)”, Le Monde, November 17, 2020, https://www.lemonde.fr/idees/article/2020/11/17/numerique-avec-joe-biden-il-ne-faudra-pas-escompter-une-inflexion-majeure-de-la-politique-americaine_6060019_3232.html
Ivo H. Daalder, “Does the U.S. Nuclear Umbrella Still Protect America’s Allies?”, Foreign Policy, October 27, 2020, https://foreignpolicy.com/2020/10/27/u-s-nuclear-umbrella-proliferation/
Philip Stephens, “The ‘special relationship’ has run out of time”, Financial Times, November 12, 2020, https://www.ft.com/content/c7f77aa3-2640-475c-87b9-c0ef229f3ef0
Dmitri Trenin, “Biden’s Approach to U.S. Allies and Adversaries Will Challenge Russia”, Carnegie Moscow Center, November 27, 2020, https://carnegie.ru/commentary/83336

4.アメリカの民主主義の衰退を歓迎する中国政府

赵明昊(Zhao Minghao)「社会空前分裂下的美国“政治疫情“(社会がかつてなく分裂しているアメリカの政治の感染症)」『环球网』、2020年11月4日、https://opinion.huanqiu.com/article/40YSlc2ZwyI
杨雪冬(Yang Xuedong)「为何西方民主满意度更差了(なぜ西側の民主主義の対する満足度はさらに下がったのか)」『环球网』、2020年11月5日、https://opinion.huanqiu.com/article/40ZMEiswc6d
「大选让美国的撕裂迈过临界点(大統領選によりアメリカは分裂のピークを越えた)」『环球网』、 2020年11月6日、https://opinion.huanqiu.com/article/40aeCYaWpwB

5.強硬化する中国の対外行動

「中国有充裕能力应对美方“最后的疯狂”(中国にはアメリカの最後の気の狂いに対応するだけの充分な能力がある)」『环球网』、2020年11月13日、https://opinion.huanqiu.com/article/40gd6A039DF
「台当局投美谋“独”是死路一条(台湾当局がアメリカに迎合して独立を企てた先には死が待っている)」『环球网』、2020年10月26日、https://opinion.huanqiu.com/article/40Ri2wQhc5c
「碰瓷世卫、民进党再次遭遇可耻失败(WHOに当たり屋行為、民進党は再び恥ずべき失敗 をした)」『环球网』、2020年11月11日、https://opinion.huanqiu.com/article/40ePaSWMCZJ
「“台独“顽固分子清单体现历史的正义(台湾独立の強硬分子リストは歴史の正義を体現している)」『环球网』、2020年11月16日、https://opinion.huanqiu.com/article/40iylQKJt3h
梁海明、洪为民 (Liang Haiming, Hong Weimin) 「香港如何做好面向内地的开放(香港は本土への開放をどのようにすれば良いか)」『环球网』、2020年11月3日、https://opinion.huanqiu.com/article/40Xe02mJn2j
「蓬佩奥为固化美中对抗使尽最后疯狂(ポンペオは米中対立を固定化させるために最後まで気を狂わせる)」『环球网』、2020年11月11日、https://opinion.huanqiu.com/article/40f0cM9G0Dh
「心正、看到的RCEP就全是建设性(素直に見ればRCEPは全くもって建設的である)」『环球网』、 2020年11月15日、https://opinion.huanqiu.com/article/40iDuMy5UJj
「拜登团队应弃“印太“并重拾“亚太“概念(バイデン陣営はインド太平洋を諦めアジア太平洋の概念を復活させるべき)」『环球网』、2020年11月25日、https://opinion.huanqiu.com/article/40qMLDK1uNT
刘军红(Liu Junhong)「瞻望日美关系、东京喜忧参半(日米関係の展望、東京は喜憂相半ばする)」『环球网』、2020年11月12日、https://opinion.huanqiu.com/article/40f7C15yiXI
廉德瑰(Lian Degui)「中日关系应有更大战略格局(日中関係にはもっと大きな戦略構造があるべきだ)」『环球网』、2020年11月18日、https://opinion.huanqiu.com/article/40kHCzlyEsH
「军事携手对抗中国、那是日澳的邪路(軍事的に手を組み中国に対抗することは日豪の邪道である)」『环球网』、2020年11月17日、https://opinion.huanqiu.com/article/40k0lAkxjgn
陈弘(Chen Hong)「澳大利亚被误读了吗(オーストラリアは誤解されたのか)」『环球网』、2020年11月25日、https://opinion.huanqiu.com/article/40puAPxqkyG
Michael Schuman, “How Xi Jinping Blew It”, The Atlantic, November 19, 2020, https://www.theatlantic.com/international/archive/2020/11/chinas-missed-opportunity/617136
Bonnie Glaser and Jude Blanchette, “Neither China nor the US wants a hot war. Dialogue can help separate fact from fiction”, South China Morning Post, November 19, 2020, https://www.scmp.com/comment/opinion/article/3110204/neither-china-nor-us-wants-hot-war-biden-must-tread-carefully
Victor Cha, “The Impact of U.S.-China Competition on the American Alliance System”, The Catalyst, FALL 2020・ISSUE 20, https://www.bushcenter.org/catalyst/china/cha-impact-of-us-china-competition-on-the-american-alliance-system-.html
「对中美关系莫抱幻想、也别放弃努力(米中関係に幻想を抱いてはいけないが努力を諦めてもいけない)」『环球网』、2020年11月8日、https://opinion.huanqiu.com/article/40cPtFBEp6T
Fu Ying, “Cooperative Competition Is Possible Between China and the U.S.”, The New York Times, November 24, 2020, https://www.nytimes.com/2020/11/24/opinion/china-us-biden.html

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