中国が「原子力はクリーン」と推進しまくる事情(柴田なるみ)


「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/380361

   

「API地経学ブリーフィング」No.23

2020年10月12日

中国が「原子力はクリーン」と推進しまくる事情 ― 原発新設加速、輸出政策強化で国益を追求

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)プログラム・オフィサー 柴田なるみ

 

 

 

欧州の「脱原発」方針と新興国の原子力需要

福島原発事故後、原子力産業を取り巻く環境は複雑だ。日本では明確な原子力政策が示されないまま時間が経過し、ドイツやベルギー、韓国や台湾は、現在、原発を保有するものの、将来的には脱原発の方針を定めている。欧州は、新型コロナウイルスによって受けた経済の打撃を回復する道筋に「気候変動対策」や「脱炭素」を中心に据える「グリーン・リカバリー」を推進するため、包括的回復計画を示したが、主流化された再生可能エネルギーとは対照的に、そこに原子力発電の存在感はなく、欧州全体では原子力発電への依存度を下げる「脱原発」の傾向が強まっている。

他方で、実は世界全体で見れば、新興国では経済発展、電力需要の増加が著しく、少量の燃料で大きなエネルギーを取り出すことができ、かつ温室効果ガスを排出しない原子力エネルギーの需要は、拡大の傾向にある。なかでも中国では、原子力の発電電力量が2040年には約9倍(1350億kWh→1兆2000億kWh)と、著しい増加が予想されている。

中国の1次エネルギー消費量の構成は、2040年までに、化石燃料への依存が大幅に減少し、石炭35%、石油18%、ガス7%、再生可能エネルギー27%、原子力7%程度になると予測されている(2019年時点で原子力は2%)。

また今後の傾向として、計画中、提案段階のものを含めれば、中東における原子力への関心の高まりも注目に値する。IAEA(国際原子力機関)による2013年の予測では、中東・南アジア地域では、2012年の時点で原子力発電容量は600万キロワットあり、2030年には4.5倍から9倍の増加が見込まれ、新興国を中心に原発の新増設は今後も続くことが予測されているのである。

とくに近年、中国における原子力発電施設建設の勢いが加速している。中国でも、福島原発事故後、原子力産業は深刻な打撃を受けた。数年間原発新設の認可がなかった時期もあるが、2019年より再開、同年には福建漳州原発の1・2号機、広東太平嶺原発の1・2号機の建設が相次いで認可され、いずれも中国独自開発の第3世代原子炉「華龍一号」が採用された。

(参考:日本の原発の炉型の多くは第2世代と呼ばれる、1970~1990年代に開発された技術。柏崎刈羽原発6・7号機は第3+世代炉を導入、敦賀発電所3・4号機も第3+世代炉を導入予定だが、現在工事停止中)

9月2日にも、新設プロジェクト2件を新たに認可し、海南省の昌江原発、浙江省の三澳原発へ、計700億人民元(約1兆872億円)以上が投資される見通しとなった。今回認可された2件のいずれも、同様に独自開発の「華龍一号」を採用する。

自国内での新増設とあわせて、原子力輸出強国としての存在感も大きく増した。中国は、2013年に原子炉の輸出強化方針を国家戦略として定め、「一帯一路」構想(中国が目指す経済・外交圏構想)と絡めて原発輸出を推進している。

また習近平政権は、2013年以降、原子力企業の統合を通して巨大原子力企業を生み出し、国策として原子力産業の国際競争力の強化を推進してきた。原子炉の国産化を進め、「華龍一号」のような加圧水型軽水炉(PWR)以外にも、モジュール型多目的小型炉(ACP100)や、第4世代炉と呼ばれるモジュール型高温ガス炉や高速炉の開発を進めており、これらを武器に積極的に海外の原子力発電所建設の契約を取り付けている。

2015年10月、中国広核集団有限公司(CGN)と中国核工業集団公司(CNNC)が、フランスのEDF社が手がけるイギリスのヒンクリー・ポイントの原発建設に出資を決定、さらにブラッドウェルに計画されている原発を受注し、「華龍一号」の建設が決定したことはその象徴的な1例である。

そのほかにも、アルゼンチンと「華龍一号」の建設で協力協定を締結、イランにも2基の原子炉を提供することが決定されたほか、パキスタンではすでに建設工事が進んでいる。東欧や中東、南米でも、中国が自主開発する各種原子炉や高温ガス炉の建設協力も進んでいる。中国のこのような輸出国としての影響力の増大は、近年の供給国側における構造変化の最大の特徴といえる。このような構造変化は、地政学的にどのような意味を持つだろうか。

 

安全保障、核セキュリティー上のリスク

原子力は、核兵器の獲得を可能にするという両用技術の特性から、極めて戦略性、政治性の強い技術である。原子力が、いくつもの困難を抱えながらいまだ多くの国によって導入が進められているのは、この極めて高い戦略性に由来する面も大きい。その点で、原子力の国際展開は単なる商業活動ではなく、重層的に国際安全保障とも密接に関わってくる。

例えば、低濃縮ウランは原発の燃料に、高濃縮ウランは核兵器の原料になりうるが、原子力技術で中国の支援を受けているイランは、核の平和利用を主張しながら、国内でのウラン高濃縮に固執し、これまでIAEAの査察を拒絶してきた。また、新興国を中心とする新たな原子力市場においては、人材や技術力、規制力の面で、自国での新増設も同時に進める中国がどれほど関与することができるかという懸念も残る。

アメリカ・エネルギー省のブルイエット長官は、地政学的に重要な国の多くが、原子炉建設に必要な技術支援を中国とロシアに依存していることは、安全保障、核不拡散の観点から問題があるとし、懸念を示している。アメリカがリーダーシップを失ったこともその要因の1つとし、原子力技術や機器・燃料の輸出促進や、先進的研究開発などへの資金調達などを通して、原子力界のリーダーとしての立場を取り戻すことを目指すべきと主張している。

福島原発事故で打撃を受けた中国の原子力産業が停滞から復活した背景に、法規や人員等の安全体制整備や、エネルギー需要の大幅な増大とあわせて、国内の深刻な大気汚染対応の必要性に迫られ、原子力エネルギーを、再生可能エネルギーとともにCO2排出の少ない「クリーンなエネルギー」として位置づけ、再評価したことが挙げられる。

中国政府は、原子力エネルギーを「クリーン・エネルギー」として推進し、原子力エネルギーがすでに電力供給量の3分の1を賄う海南省のリゾート地海南島は「クリーン・エネルギーの島」として位置づけられている。

 

中東地域との関係深化

原子力エネルギーを活用することを「低炭素でクリーン」と位置づけることは、気候変動・脱炭素をめぐる中国の外交姿勢にも反映されている。今年9月、習近平主席は、CO2排出量を2030年までに減少に転じさせ、2060年までにCO2排出量と除去量を差し引きゼロにするカーボンニュートラルを目指すことを国連総会での演説で表明した。世界最大のCO2排出国として、これほど明確なコミットメントを明言したことは、アメリカのバイデン陣営を意識し、気候変動問題で世界の主導権を握りうる強力なメッセージとなった。

現在、中国は国家主導の原子力ビジネスを通して、中東諸国との関係強化、地域への影響力増大を図っている。2016年1月の習近平主席の中東歴訪では、サウジアラビアやイランと原子力協力の案件を取りまとめ、イランとは2基の「華流一号」の建設でも合意している。

サウジアラビアと中国は2012年に原子力エネルギーの平和利用での協力に向けた条約を締結したほか、2017年には中国核工業集団公司(CNNC)がウラン鉱山探査でサウジを支援するとの覚書を交わしている。核開発疑惑で孤立するイランだけでなく、サウジアラビアでも、今年8月、政府は否認しているものの、中国の協力でウラン精鉱(イエローケーキ)を抽出する施設が建設されたとの報道があり、これらの動きに対してイスラエルやアメリカが懸念を表明している。

ここまで見てきたように、中国の近年の原子力政策は、原子力産業を手段とし、官民一体でそれを大規模に利用して国益を推進し、地政学的影響力を高め、自国に有利な状況を追求している。日本やアメリカは、中国やロシアの国際原子力市場における攻勢に対し、対応を問われている。

 

日本は中国やロシアに対抗できない

中国が原発を推進することによって生じうるリスクを最小化し、日本が国際社会への影響力を維持しようとするならば、日本が原発輸出を通して国際原子力市場にプレゼンスを確保しようとすることは有効かもしれないが、福島原発事故後、日本国内では原発への支持率が低く、柏崎刈羽原発なども再稼働が進まない状況を見ると、それは容易には決断できないことである。

また日米のような自由化した市場での民間主体モデルでは、安全対策コストや運用リスクの高い原発は経済性が相対的に低く、中国やロシアのような国家主導型モデルに対抗できず、不利な競争を強いられるのが現状である。原子力技術をめぐる難しい状況は今後も続くだろう。

 

(おことわり)
API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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