API国際政治論壇レビュー(2022年1月・2月合併号)


米中対立が熾烈化するなか、ポストコロナの世界秩序はどう展開していくのか。アメリカは何を考えているのか。中国は、どう動くのか。大きく変化する国際情勢の動向、なかでも刻々と変化する大国のパワーバランスについて、世界の論壇をフォローするAPIの研究員がブリーフィングします(編集長:細谷雄一 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員)

本稿は、新潮社Foresight(フォーサイト)にも掲載されています。

https://www.fsight.jp/subcategory/API国際政治論壇レビュー

API国際政治論壇レビュー(20221・2月合併号)

2022年2月27日

API 研究主幹、慶應義塾大学法学部教授、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員 細谷雄一

画像提供:Shutterstock

1.緊迫のウクライナ情勢

2022年の幕開けは、平和な時代の到来を告げるものとはならなかった。引き続き国際関係は深刻な緊張や対立を孕むものであり、これまで以上に軍事衝突勃発の危機は高まっている。

近年の国際関係を大きく左右してきた米中対立の構図に加えて、ロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻が、よりいっそう国際情勢を不安定で不透明なものとしている。軍事侵攻が始まった2月24日以降の議論を取り上げることは次回に譲るが、年末から現在に至るまでの国際論壇はウクライナ情勢をめぐる論考で溢れている。おそらくは、この対立の帰結が今後の国際秩序の行方に長期的な影響を及ぼすとみなされているからであろう。はたして、この緊張状態はいったいどのような結末に至るのであろうか。

■西側の対ロ融和に厳しい批判

昨年末の12月10日付の『フォーリン・アフェアーズ』誌に、ウクライナ外相のドミトロ・クレーバによる論考、「ウクライナを売ってはならない」が掲載された(1-①)。ロシアの軍事侵攻が迫る中で、当事国のウクライナの外相によるこの論考は緊張感に溢れたものとなっている。そこでクレーバ外相は、西側諸国のロシアに対する宥和政策を厳しく批判して、ロシアに対しては十分な抑止により対抗する必要があること、ウクライナ国民は西側の一員となるための強固な意志を有していることを、あらためて確認する。そして、「西側、すなわちアメリカ、EU(欧州連合)、NATO(北大西洋条約機構)は、あまりにも小さなことをあまりにも遅く行っている」「ロシアは虚偽を売り込む天才であり、正当性のない保証と一方的な譲歩の要求はまさにそれである」と批判するのだ。

このように、ロシアの軍事行動を厳しく批判すると同時に、軍事侵攻の可能性が高まる中でそれを阻止するための実効的な行動をとらない西側諸国にも批判を加える点は、ミュンヘン安全保障会議でウォロディミル・ゼレンスキー大統領が述べた言葉とも重なる。クレーバ外相は続けて次のように論じる。「ウクライナの目標はシンプルだ。それは『強さを通じた平和』である」、と。この概念は、かつて、イギリスのウィンストン・チャーチル首相やアメリカのロナルド・レーガン大統領が好んで用いた表現であった。ロシアと対峙するためには、十分な軍事力に裏付けされた抑止力が不可欠であり、だからこそウクライナはNATO加盟を求めているのだろう。平和の蜃気楼を求めて、弱さと恐怖から一方的な譲歩を繰り返すことは、ロシアのさらなる欲望に繋がる。この指摘は、まさに、ロシアの隣国として長年困難な関係を調整してきたウクライナからの、切実な訴えである。

フランス人外交官で、政府内で原子力政策の分析も担当していたメラニー・ロスレによる『ルモンド』紙への寄稿論文では、このウクライナ危機は核拡散問題としての性質も含まれていることを強調する(1-②)。すなわち、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はあえて言及を避けているが、1994年のブダペスト覚書でウクライナが国内に配備されている核戦力を放棄する代わりに、ロシアなどの署名国がウクライナの主権と領土を保全する約束をしたことを想起すべきだという指摘である。さらにロスレは議論を進めて、ウクライナと台湾の危機は、ロシアと中国という核兵器を保有する2つの大国との正面での対峙という点で、これまでとは異なる新しい危機だとも指摘する。

実際、これまで以上に非核国は核兵器を保有する同盟国の核の傘に依存せざるを得ないことと、そして権威主義体制の方が民主主義体制よりも核兵器の使用に対してのハードルが低いことなど、新しい状況が生まれていることを認識せねばならないだろう。

■国際協調への安易な期待

そもそもこのような危機が生じた原因として、ハーバード大学教授で国際政治学者のスティーブン・ウォルトは、国際協調に安易に期待してきたこれまでのリベラリストの楽観主義的な幻想を批判する(1-③)。このような「巨大な悲劇は、回避することが可能であった」、すなわち「アメリカや、その欧州の同盟国が、傲慢さや、希望的憶測、そしてリベラルな理想主義に溺れることなく、リアリズムの中核的な分析に基づいていれば、このような現在の危機は勃発しなかったであろう」というのである。軍事力を重視するリアリストの立場から、これまでもしばしばリベラリズムの国際政治理論に依拠した外交政策論を批判してきたウォルトは、「世界は、そのような誤った世界政治の理論に依拠していたことによって、巨大な対価を支払うことになったのだ」と述べている。

たしかに冷戦後の西側諸国では、自由民主主義のイデオロギーが勝利を収めて、冷戦後にアメリカを中心とした国際協調体制をグローバルに拡大していくことが可能だというような傲慢さを示していた。民主主義や資本主義が世界中に広がっていくことに疑念を抱かずに、ロシアや中国も同様の軌跡を辿ることになるだろうと楽観視していた。リアリズムの理論に依拠して、ロシアや中国が冷戦後の世界でも自らのパワーや利益を拡大し、自国の周辺に勢力圏の確立を目指すと想定していれば、異なった展開を見ることがあったかも知れない。本当に「巨大な悲劇は、回避することが可能であった」かどうかは、歴史の後知恵であって判断が難しいが、冷戦後のヨーロッパではあまりにも国際秩序の将来について楽観的であったことは事実であろう。

日本でも同様に、冷戦終結によってパワー・ポリティクスの時代が終わり、リベラルな国際協調と国際統合を基礎とした新しい時代に入ったという認識が浸透していた。そのような楽観主義が、ロシアや中国の軍事行動を冷静に分析する目を曇らせていたのかも知れない。

■EUを相手としないプーチン

パワー・ポリティクスの論理に基づいて対外行動をとるプーチン大統領が、軍事能力が大きく劣る欧州諸国と真剣に交渉する意図がないということは、深刻な問題だ。ジャーマン・マーシャル・ファンド副理事長のトーマス・クライネ=ブロックホフに対するインタビュー記事は、そのような欧州安全保障の問題を的確に抽出する(1-④)。

クライネ=ブロックホフによれば、「ウラジーミル・プーチンは、欧州連合をバイパスしており」、真剣に協議する意図を持たない。というのも、「彼は自らが一つの勢力圏の指導者だとみなしており、彼の考えでは、もうひとつのほかの勢力圏の指導者、すなわちアメリカ大統領のジョー・バイデンとの会談を求めている」からだ。軍事力の規模のみで国際政治のランクを考えるプーチンにとって、平和主義的な思考からの戦争回避の希望や、国際協調の希望を求めるフランスやドイツは、重要な交渉相手とはみなされていないのだ。

アメリカにおける最も影響力のあるロシア専門家の一人であり、トランプ政権で欧州・ロシア担当として国家安全保障会議で勤務したフィオナ・ヒルは、長年プーチン大統領の行動を分析してきた(1-⑤)。そのような実務と学問との双方を知る立場からヒルは、プーチンの行動原理にはつねに意図があり、それはウクライナのNATO非加盟の約束を取り付けて、アメリカの欧州での影響力の後退を要求していることだと述べる。2008年のブカレストNATO首脳会議を受けてプーチン大統領は、アメリカ政府がウクライナとジョージアのNATO加盟への道を開いたとして、怒りの感情を示した。そのうえでプーチン大統領はアメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領に対して、「ジョージ、あなたはウクライナがそもそも国家ではないということを理解しないといけない」と述べたという。このときにプーチンは、アメリカがウクライナとジョージアを自らの勢力圏から引き剥がそうとしていることに苛立っていた。そしてヒルによれば、「われわれは、このようになるということを分かっていたのだ」。

アメリカにおいて中東欧や独露関係について詳しい信頼できるジャーナリストの1人であるアンジェラ・ステントもやはり、「現在のロシアとウクライナの間の危機は、30年をかけて醸成された帰結である」と述べる(1-⑥)。プーチンはそもそも、独特な国家主権についての認識を有している。完全な主権を有するのはアメリカ、ロシア、中国、インドのみであって、それ以外の国は部分的にしか主権を有さない。だからこそ、上に述べたようにプーチンは「ウクライナがそもそも国家ではない」と語ったのだ。そして、自らの勢力圏が脅かされたときに、ロシアは第二次世界大戦の中心的な戦勝国であるため、武力を行使する権利がある。これが、「プーチン・ドクトリン」である。ステントによれば、「モスクワにとって、この新しい体制は、19世紀の大国間協調に似たものになるであろう」。そして、「それはヤルタ体制の新たな再来となり、ロシア、アメリカ、さらに現在では中国によって、世界を三つの勢力圏へと分割するようなものへと変貌していく」のである。いうまでもなくこれは、日本を含めた国際社会が一般的に理解している国際秩序の認識とは大きく異なり、プーチンはそのような方向へと世界を再編しようとしている。

プーチンの挑戦に対して、西側の自由民主主義諸国はあまりにも無力である。アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所研究員のクリス・ミラーが論じているように、ロシアに軍事侵攻を思いとどまらせるほどに強力な経済制裁を科すとすれば、それは西側諸国にとっても大きなダメージとなる(1-⑦)。だから、西側諸国がそのような強力な制裁の発動を躊躇するであろうことを、プーチンは知っている。さらに、そのような制裁が実効的なものとなるためには、中国の共同歩調が不可欠となる。だが、現在の中国の姿勢を見る限りは、そのような協力へと動くとは考えがたい。だとすれば、ロシアがウクライナへと軍事侵攻を行った際には強力な制裁を行うというバイデン大統領の脅しは、モスクワから見れば虚勢でしかないのだ。

■強制力を背後にした「外交的解決」

それでは、外交交渉が挫折して、実際に軍事侵攻が始まった後はどのような展開になるのであろうか。『フォーリン・アフェアーズ』誌で話題となったアレクサンダー・ヴィンドマンとドミニク・クルーズ・バスチロスの共著論文は3つのシナリオを挙げた(1-⑧)。
第1のシナリオは、軍事的威嚇を用いながらロシアがウクライナ東部を正式にロシア連邦に編入させるという、強制力を背後にしたロシアによる「外交的解決」である。第2は、ロシア軍による限定的な軍事侵攻の開始である。第3は全面的な軍事攻撃の開始である。この場合にロシアは、短期間で航空優勢と海洋優勢を確立する。そしてベラルーシに駐留するロシア軍が、直接キエフに侵攻して、ウクライナ軍を打破するであろう。その場合にロシア軍は、大統領府などに向けて巡航ミサイルや、短距離弾道ミサイルなどを発射することになる。ロシアの計画通りに事態が進行すれば、ウクライナは破綻国家となり、それもまたロシアの目的なのだ。

この論文によれば、プーチンの目的は冷戦後の欧州安全保障枠組みを解体して、従来の国際的な合意を根幹から転換することにある。そのために、第1や第2のシナリオでは十分ではなく、第3の全面攻撃のシナリオがもっとも可能性が高いとしている。バイデン政権は、これまで十分な軍事的裏付けがない外交を行ってきたために、危機を抑止する機会を失ってしまった。そのようなロシア軍の全面的な軍事侵攻に備えなければならないということが強調される。

バイデン政権のウクライナ危機への対応が、十分な軍事的裏付けなく進められてきたことへの批判的な声は、ウクライナ政府の中からもまたアメリカ国内からも聞こえてくる。だが、アメリカの国内世論は必ずしもウクライナの主権や領土を守るためにアメリカが軍事作戦を展開することを求めているわけではない。だとすれば、バイデン大統領が手に持っているカードは限られている。

たとえば、民主党左派を代表して大統領選挙を戦ったバーニー・サンダース上院議員は、イギリスの左派系『ガーディアン』紙に寄稿して、アメリカがけっしてこの紛争に介入することがないよう、紛争からは一定の距離を置くべきことを強く推奨している(1-⑨)。

サンダースは、ヴェトナムやアフガニスタン、イラクの戦争を振り返り、戦争の愚かさを論じ、またロシアに経済制裁を科すことでロシアの一般市民にしわ寄せが行くことを懸念する。それゆえ、ワシントンがロシアに対する強硬な政策をとるべきではないと論じている。さらに、これまでのNATOの東方拡大がロシアの安全を脅かしてきた点にも注目して、アメリカ自らが「モンロー・ドクトリン」としてのアメリカ大陸での勢力圏を確保してきたのだから、ロシアが同様に自らの勢力圏を安全保障政策の一環として追求することはやむを得ないとしている。いわば、ロシアのウクライナに対する軍事侵攻を容認する姿勢だ。

このような主張は、ウクライナを見捨てて、自らが戦争に関与することがないように要望する孤立主義的な発想といえる。そこでは、どのような方法で外交的解決が可能か、具体的に論じられているわけではない。戦争を避けたいという感情は、日本を含めた多くの民主主義諸国の国内世論に、深く浸透しているとみるべきであろう。言い換えれば、戦争を避けたいという感情が強いことを十分に知っているからこそ、プーチン大統領はウクライナへの軍事侵攻作戦が大きな抵抗もなく実現可能と考えているのではないか。ここでのリベラル左派の思考は、自国内における弱者の救済は優先しながらも、国際社会の弱者の救済には大きな関心を寄せないという特徴が見られる。

■「勢力圏」思考に基づく中国の批判

中国が、ウクライナ危機をめぐってアメリカの政策を批判することは、ある程度予想通りともいえる。たとえば1月28日付の『環球時報』紙の社説では、「ワシントンはウクライナで自分がつけた火を自分で消すべきだ」と題して、危機の原因がアメリカの政策にあると批判する(1-⑩)。アメリカのこれまでの冷戦思考の対外政策がこの危機を煽ったのであり、欧州諸国自らに欧州安全保障問題の解決を委ねるべきだとする。ワシントンこそがウクライナを焚きつけた張本人であり、それにも拘わらずに被害者面をしていると攻撃する。このように、ウクライナ危機をめぐる中国の報道では、ロシア政府の行動を擁護して、すべての責任を直接利害関係がないアメリカに負わせるという特徴が見られる。

さらには、同様に『環球時報』紙の2月6日付の社説でも、「ウクライナの前線から最も離れたワシントンが、最も戦争に躍起である」と題して、アメリカのウクライナ危機への対応を批判する(1-⑪)。そこでは、当事国ではないアメリカが、自らの覇権維持の野心のために戦争を煽り、NATOの存在を正当化していると攻撃する。さらには、それを通じて武器輸出の機会も求めていると述べる。そして、当事国のロシアもウクライナもいずれも戦争を望んではいないと、両国の行動を擁護する。他方でこの社説では、2月4日に行われた中露首脳会談の共同声明を繰り返し参照して、そこでの「国際平和の精神」を高く評価している。極端に偏った論評というべきであろう。

これらの中国メディアの論調は、現在の中国政府が考える国際秩序観を端的に示すものとなっている。すなわち、アジアでもヨーロッパでも冷戦的思考で危機を煽っているアメリカこそが紛争の原因であり、それぞれの地域での大国である中国やロシアが地域秩序に責任を負うべきなのだ。そこに域外国のアメリカが関与するべきではない。これは勢力圏を確立するための思考といえる。

■垣間見える中ロ間の主張の違い

ちなみに中国は、ロシアとの関係を強化する一方で、ウクライナとも「一帯一路」構想を通じた経済的および軍事技術的な提携を深めており、どちらかだけを擁護することが難しい。そのため、アメリカを批判することで、ロシアとウクライナの対立からは一定の距離を置こうとしているのだろう。

そのような中国のウクライナとの結びつきに注目しているのが、英国王立防衛安全保障研究所のジョナサン・アイルによる論考である(1-⑫)。

アイルによれば、ソ連の軍需産業の中心であったウクライナにはソ連崩壊後も先端技術を有する企業や研究所が多く残されており、ロシアよりも低価格でソ連製の高い軍事技術を提供することが可能となっていた。それに注目した中国は、ウクライナとの経済的および軍事技術的な提携関係を強めてきた。それゆえ、表面的にはロシアとの共同歩調を取るような姿勢を示しながらも、中国政府は紛争当事国の両者との関係について慎重な立場を繰り返している。たとえば、王毅外相はアントニー・ブリンケン米国務長官との電話会談で、アメリカに対して「緊張を煽り、危機を誇張するようなことは控えてほしい」と言及するに止まっている。中国政府もまた、現在のプーチン大統領の進める戦略がどのような帰結となるのか、必ずしも見通しているわけではないのだろう。

ウクライナ危機をめぐる国際政治の構図は、あまりにも複雑である。米欧間でこの危機への対応をめぐり一定の温度差や立場の違いが見られるように、中ロ関係においても必ずしも一枚岩とは言い切れない主張の違いがうかがえる。

より重要なこととしてプーチン大統領がどのようなカードを持っていて、どのような認識を有しているのか、あまりにも不明瞭な領域が大きい。複雑な国際関係と今後の展開をめぐる不透明性ゆえに、この危機が漂流していく方向を展望するのは、きわめて難しいといえる。

2.危機で混乱するヨーロッパ

ウクライナ危機が、すでに見てきたように冷戦後の欧州安全保障秩序の再編を促す性質のものだとすれば、欧州諸国がどのような対応をするかが重要な意味を持つであろう。ブレグジットによってEUから離脱してより大きな行動の自由を得たイギリスや、「戦略的自律」としてアメリカとは異なる対外行動の必要を繰り返し説いてきたフランス、そして政権交代によって今後の外交の方向性がまだ確立していないドイツと、それらの欧州主要国の行動が危機の行方にも影響を及ぼすであろう。

とりわけ、ウクライナ内戦をめぐりドイツとフランスが中心的な役割を担って、一時的な停戦を求める「ミンスク合意」を締結したゆえに、独仏両国政府の対応は重要な位置を占めている。

■実在しない脅威を言い募る「藁人形論法」

イギリスの首相ボリス・ジョンソンは、国内政治で世論からの厳しい批判を浴びながらも、ウクライナ危機で積極的な役割を担おうとしている。そもそもイギリスは、欧州諸国の中でもプーチン政権のロシアに対して最も強硬な立場であった。

米『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙においてジョンソン首相は、「英国は中欧の同盟国と共にある」と題する論稿を寄稿して、ロシアの軍事的圧力への懸念を抱える中欧諸国を守るためにも、十分な抑止力を示す必要があると説いている(2-①)。同時に、抑止のみならず対話を行う必要も指摘して、エマニュエル・マクロン仏大統領のモスクワ訪問と、そこでのプーチン大統領との首脳会談を高く評価する。

ここで重要なのは、ジョンソン首相が集団防衛条項を基礎にして中欧のNATO同盟国を守る必要を説く一方で、ウクライナに対する防衛上の関与については慎重な姿勢を変えていないことだ。だからこそ、ウクライナ政府はそのような欧米諸国を批判するとともに、自らがNATOに加盟する必要をよりいっそう強く訴えているのであろう。

英国防相のベン・ウォレスは、自らの論考の中でより精緻にイギリス政府の立場を明示している(2-②)。

ウォレスはまず、NATOの脅威にさらされているというロシアの主張は、実在しない脅威を繰り返すプーチンの「藁人形論法」だとして批判する。NATOは、北大西洋条約第5条に基づく防御的な同盟であって、軍事侵攻がなされた場合に加盟国を守ることを目的とする。軍事攻撃がなければ、NATOがロシアに対して軍事力を行使する必要もない。また、NATOが意図的に東方へ拡大したのではなく、あくまでも加盟を求める中東欧諸国の要望に応えただけである。また、ロシアがNATO加盟国に包囲されていると批判するが、ロシアがNATO加盟国と接する国境は、ロシア国境の全体の6%に過ぎない。これではロシアがNATOに包囲されているとは言えないであろう。核戦力を含む強大な軍事力を有するロシアが、小国であるバルト三国と国境を接することで、それが脅威になっているとは言えないはずだ。

これらに加えて、ウォレス国防相もその他の論者と同様に、ロシアもまた1994年のブダペスト覚書の署名国として、ウクライナの主権や領土を保全する義務を負うと論じている。さらには1997年のロシアとウクライナの間の友好条約でもロシアはウクライナ国境の尊重を約束したと指摘、そして歴史を遡り、プーチン大統領が主張するウクライナとロシアが歴史的に一体であったという主張も事実に即していないと批判する。ロシアは情報戦、心理戦を戦っており、われわれはそのようなロシアの主張を安易に鵜呑みにしないよう注意すべきだ。ウォレス国防相の論考は、そのような警鐘を鳴らしている。

■広がらない「戦略的自律」への共感

フランスのシンクタンク、モンテーニュ研究所のミシェル・デュクロとジョルジーナ・ライトによる論考は、エマニュエル・マクロン大統領のロシアに対するアプローチを肯定的に評価する(2-③)。

現在、EU理事会議長国として、フランスがこの問題でイニシアティブを示している理由は、ヨーロッパの問題はヨーロッパが解決すべきだと考えているからだ。それは必ずしもアメリカを排除することを意味せず、マクロン大統領も大西洋主義の立場にある。ロシアが軍事侵攻を開始した場合には、マクロン大統領はけっしてモスクワに駆けつけてプーチン大統領と会談するようなことはせずに、きっとEUとしての共通の立場を示すために努力することであろう。大西洋主義としての米欧協調を基礎として、アメリカ政府とも十分に調整しながら、マクロン大統領はヨーロッパの「戦略的自律」を摸索しているのだ。

他方で、仏『フィガロ』紙の外交担当副編集長のイサベル・ラセールは、ウクライナ情勢をめぐりなかなか結束を示せない欧州諸国の問題点と、これからアメリカがよりいっそうインド太平洋に軸足を移すことでヨーロッパが「孤立」する懸念を示している(2-④)。

そもそもヨーロッパ諸国は「戦略的自律」というスローガンとは裏腹に、ウクライナ危機への一致した共通の立場を示せていない。また独仏両国は、ウクライナのNATO加盟の要望に対して、どのように対応するか明確な立場を有しておらず、中東欧諸国はロシアの脅威に対してより強硬な姿勢を示している。本来は、米ロ対立が激化する中で、ヨーロッパ自らが一定の解決策を自律的に摸索して、提示するべきであった。

確かにロシアが突きつける挑戦に対して、NATOの同盟国間での結束は強まっている。だが、マクロン大統領の唱える「戦略的自律」の立場への共感は、欧州諸国間で広がっていない。またバイデン政権のアメリカは、内向きの国内世論の影響もあり、積極的な軍事関与を避ける姿勢が明瞭である。これらの西側諸国の問題こそが、プーチン大統領が積極的な軍事行動を選択する温床となっているのかもしれない。

さらに重要な問題として、イギリス下院の外交委員会委員長のトム・トゥーゲンハットによる論考の中で、プーチン大統領による西側の政治エリートたちに対する利益供与が大きく浸透している実情が論じられている(2-⑤)。たとえば、ドイツのゲアハルト・シュレーダー元首相らはロシアの石油会社や鉄道会社の役員を務めることで報酬を得ている。汚職で有罪判決を受けた元イタリア議員のルカ・ヴォロンテの件も同様に、イタリアの対ロシア政策を歪める効果を有していた。

このような民主主義諸国の内部にある脆弱性が、欧州諸国のこれまでの対ロシア政策が弱腰かつ不徹底になる要因であったことも看過すべきではないだろう。

3.ドイツは信頼できない同盟国か

現在のウクライナ危機に関して、西側諸国の中でもっとも厳しい批判を受けているのがドイツである。ドイツはいまや、EU加盟国の中でも最大の経済力と政治的影響力を持つ大国である。だが、安全保障問題で積極的なイニシアティブを示せないままだ。また、EU加盟国の中では中東欧諸国がロシアの脅威にきわめて敏感であったのに対して、ドイツはエネルギーや経済的相互依存などの理由からも、これまでロシアに対しては宥和的な姿勢を示すことが多かった。はたしてドイツは、ウクライナ危機に直面する中で、本当に信頼できる同盟国なのだろうか。

■ショルツの弁明

12月8日に首相に就任してから最初の訪米となったオーラフ・ショルツ独首相は、ウクライナ問題に関して『ワシントン・ポスト』紙とのインタビューを行っている(3-①)。

そこでショルツ首相は、ドイツが「信頼できない同盟国」と批判されていることについて反論する。すなわち、ドイツはウクライナに対して最大の経済支援を提供しており、防衛予算の面でもヨーロッパ大陸最大の予算を割いている。また、リトアニアにドイツ連邦軍の兵力を派遣し、ルーマニアにも戦闘機を駐機させていることなどを例に挙げて、これまでドイツが一定の貢献をしてきたことを強調する。

またウクライナに対して「ヘルメット5000個」を送りながら武器を送ることを避けたことへの批判についても、それがウクライナからの要請であることや、武器輸出規制においてそもそも国内法的な制約があることを説明した。そしてドイツが今後も大西洋でのパートナーシップを強化していく確固たる意志を示し、ヨーロッパにおけるアメリカの最も重要な同盟国としてより一層絆を強めていく意向を明らかにした。

だが、そのようなショルツ首相自らの弁明とは裏腹に、アメリカ国内ではやはり、ウクライナ危機に対するドイツの姿勢は曖昧であり、消極的とみられている。

たとえば、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙では、ジャーナリストのトム・ローガンが、「ドイツは信頼できる同盟国ではない」というタイトルで、ロシアからの天然ガスの輸入が対ロシア制裁での大きな障害となっており、ロシアに対する厳しい措置をとることへドイツが抵抗してきた現実を批判する(3-②)。たとえば、ウクライナへの武器の提供や、エストニアからウクライナへの武器提供を阻止しようとしたり、イギリスからウクライナへと対戦車用兵器の輸送をする際にドイツ上空を迂回せねばならなかったりと、あまりにロシアに対して弱腰の対応をしている事例を挙げて批判するのだ。そして、バイデン大統領はドイツを最も重要な同盟国の一つに挙げたが、このようなドイツ政府の行動が続くようでは説得力に欠けていると論じる。

ドイツの対ロ制裁への消極姿勢に対する批判は、イギリスからも聞こえてくる。『フィナンシャル・タイムズ』紙の代表的な政治コラムニストであるフィリップ・スティーブンスは、「プーチンがウクライナを脅かす中、ドイツは西側の兵力規模を縮小させている」と題するコラムを寄せて、ウクライナ危機に対してドイツが適切な対応をしていない現状を説明する(3-③)。

スティーブンスによれば、そのようなドイツの消極的な姿勢は、第二次世界大戦で2500万人のソ連国民が独ソ戦の犠牲になったことへの贖罪意識や、ロシアへの地理的近接性、さらには冷戦後に平和主義的で楽観的な国際秩序観が浸透して厳しい現実を直視しようとしないドイツ国内の政治エリートの認識などが主な要因だという。さらには天然ガスが必要だという利己的な経済利益の追求が、プーチン大統領の武力による威嚇に対して弱い対応しかできない理由となっている。ロシアの軍事侵攻に抵抗しないことで、天然ガスのロシアからの輸入や技術製品の輸出によって得られる短期的な利益よりもはるかに大きな不利益をドイツは被る。というのも、現在の欧州安全保障秩序が崩壊することによって、民主主義や法の支配、人権という規範が大幅に後退すれば、それはドイツにとっての巨大な危機となるだろうからだ。

■「戦争と平和」二分法思考ゆえグレーゾーンに対応できず?

ドイツ外交政策評議会の研究部長のクリスティアン・メリングとクラウディア・マヨールは、ドイツが信頼できないパートナーと見なされる理由を以下のように説明している(3-④)。

ショルツ政権は安全保障政策の十分な準備がないまま政権に就いており、連立政権のパートナーや同盟国などに、明確な政策を提示することが難しかった。また、現在のドイツの危機管理政策は、戦争を回避することと、自らの経済利益を守ること、そして相手との対話に力点が置かれているため、今回のような軍事侵攻の危機には十分な対応ができないという。さらには、ドイツは現在においても戦争と平和を二分法的に考えているために、ハイブリッド戦争やグレーゾーンでの軍事行動への対応、非軍事的手段によるサイバー攻撃や偽装工作には適切に対応できていない。ドイツ国内でも、安全保障の専門家などからそのようなドイツ政府の消極的で受け身の対応には厳しい批判が見られることは留意すべきだ。

他方で、ドイツのキール大学セキュリティポリシー研究所研究員のマルセル・ディルズスは、そのような批判をドイツが受ける理由として、「信頼できない同盟国」であったり、「モスクワに積極的に協力し」たりしているからというよりもむしろ、ドイツには独特な平和主義的な世界観が広がっており、国内からの圧力によって政府はそのような判断と行動をせざるをえないのだと説明する(3-⑤)。
ディルズスによれば、軍事力行使への強い嫌悪感や、「抑止より対話」を重視する政治文化が、米英とは異なるアプローチをドイツが選択する要因になっている。また天然ガスのパイプラインであるノルドストリーム2の中止やウクライナに対する武器供与については、国内から強い反発があるゆえに、政府はそのような判断を行うことが難しいのだ。

同時にディルズスは、ショルツ政権はこれまでの政権よりも「価値観外交」として西側の規範や価値を擁護する対外政策を前面に押し出しているゆえ、次第にドイツ人の考え方にも変化が生じるであろうと予期している。いずれにせよ、EU最大の国家であるドイツが、今回のウクライナ危機に実効的な対応ができていないことは不幸である。

4.連動するウクライナ危機と台湾海峡危機

現在のウクライナ危機に関連した争点のなかでもっとも論争的なものの一つが、はたしてこのウクライナ危機と台湾海峡危機がどのように連動するのか、あるいはしないのか、ということである。

■アメリカは教訓を得られるか

アメリカにおける戦略史研究の若手筆頭格と言えるジョンズ・ホプキンズ大学のハル・ブランズは、ウクライナ危機に対応する中でアメリカは台湾有事という悲劇を回避するための教訓が得られるとしている(4-①)。

たとえば、侵略を行った場合に西側諸国がどの程度強力な制裁を侵略国に科すことができるか、武力侵攻が始まる前にどの程度米軍のプレゼンスを増強し、抑止を高めることができるかということは、台湾海峡危機でも問われることになるであろう。ブランズの議論は、ウクライナ危機と台湾海峡危機の連動を論じるというよりも、前者の危機からいかにして教訓を得て、後者の危機を未然に防ぐかを示唆する論考である。

米下院軍事委員会のマイク・ギャラガー議員は、『フォーリン・アフェアーズ』誌に寄せた論考において、台湾海峡危機がかなり目前に迫ってきていると警鐘を鳴らしている(4-②)。すなわち、「2027年」までに中国が台湾に侵攻すると言われていながらも、国防省は具体的にどのように台湾を防衛することができるのか、そのための準備を進めていないとの指摘である。

ギャラガーは、在日米軍基地などの軍事基地の抗堪性を強化するだけでは中国との戦争には勝てないとする。たとえば、現有戦力で十分ではないとすれば、これから退役させる古い艦船をそのまま残し、今ある戦力で戦えるように十分な用意をしなければならない。ウクライナ危機が進行する中でも、アメリカ政府は台湾の防衛のための準備を怠ってはならないのだ。

台湾問題について論じた論考として、リチャード・ハースとデイヴィッド・サックスの共著論文も注目された(4-③)。これは昨年に発表された同様のテーマを扱う論文をさらにアップデートしたものである。

本論文では、これまでの台湾に対するアメリカの戦略的曖昧性と訣別して、戦略的明確性を採り入れる必要を論じている。ハースとサックスは、アメリカ政府の戦略的曖昧性に基づく台湾政策が中国に誤解を与えて、そのことが危機を招く可能性があると指摘する。同時に、従来の「一つの中国」政策を堅持し、台湾の独立を支持しないと強調することで、中国に一定の保証を与えることも重要だ。それらを組み合わせることで、不必要な誤解や誤算を回避して、戦争の可能性を低下させることができるだろう。

■ロシアと中国は「脅威の性質が異なる」との指摘も

他方で、スタンフォード大学フーバー研究所で台湾政治を専門とするカリス・テンプルマンは、ウクライナ危機と台湾危機を安易に結びつけることを批判する(4-④)。

テンプルマンによれば、アメリカのウクライナ問題への関与が最近始まったのに対して、アメリカの台湾への関与は1950年代から続くものである。また衰退国であるロシアと台頭国である中国とでは、その脅威の性質が異なる。中国は、既存の国際秩序を再編するような巨大な国力を有している。ゆえにアメリカの国益にとって、地政学的な要衝であり民主主義的な先進社会である台湾もまた、無視し得ない大きな存在となっている。

この2つの危機を結びつけて考える興味深い記事として、台湾の軍事専門家の紀永添の論考がある(4-⑤)。

紀の論ずるところでは、ウクライナはこれまで、中国にとって最重要な軍事技術提供国となっていた。また、クリミア半島併合以降、ウクライナがロシアとの関係を悪化させたことによって、ウクライナの軍需産業にとって中国への輸出はこれまで以上に重要になった。すなわち、ウクライナは一方でアメリカや欧州諸国との関係を強化しているが、他方ではこれまで中国の軍拡を支えてきた。このことが、両岸関係における軍事バランスを台湾にとって不利なものとしてきた一因となっている。

ウクライナ危機がどのようにして台湾海峡危機に連動するか、日本にも少なからぬ影響が及ぶであろう。

5.結束を強めるロシアと中国

ロシアが欧米などの西側諸国との関係を著しく悪化させる中で、国際社会で孤立しないために鍵となるのが中国との関係を強化することだ。中国がウクライナ危機をめぐりどの程度ロシアと共同歩調を取るかが、大きく注目されている。

ウラジーミル・プーチン大統領は2月3日付で『新華社』に対して、「ロシアと中国 未来を見据えた戦略的パートナー」と題する論稿を寄せた(5-①)。

そこでは、よりいっそう緊密となった中ロ関係の重要性を強調し、習近平国家主席との間でこれから自らが、2国間、地域的、そして世界的な課題という重要な問題において、全面的に協力する意向を示した。これは、中国との良好な関係を維持することがウクライナ情勢における作戦成功の鍵となると考えたゆえであろう。

■「新冷戦」の最初の危機

『フィナンシャル・タイムズ』紙コラムニストのギデオン・ラクマンは、「ロシアと中国による新国際秩序構想」と題するコラムにおいて、もしもウクライナや台湾をめぐり戦争が勃発すれば、それはアメリカ中心のこれまでの国際秩序の終焉を意味し、中ロによる新しい国際秩序が生まれると警鐘を鳴らす(5-②)。

現在の国際秩序においてアメリカ政府は、民主主義や人権といった西側の価値観を、必要な場合には軍事介入さえ用いて他国に押しつけようとすると、中国とロシアはともに批判している。中国とロシアが擁護する新しい国際秩序は、それぞれの大国が勢力圏を確立して、それらを相互に尊重することを前提にする。ウクライナをめぐる危機は、まさにそのような将来の国際秩序構想をめぐる闘争ともいえる。そして、ウッドロー・ウィルソン米大統領が1917年に「民主主義にとって安全な世界」を創ろうとしたのとは対照的に、プーチンと習近平は「権威主義にとって安全な世界」を創ろうとしている、とラクマンは論じる。

中国とロシアが提携して、世界秩序を再編しようとしているという論調は、他にも見られた。アメリカの著名なジャーナリストで国際政治学者のロバート・カプランは、ロシアと中国が帝国として、いまやウクライナと台湾というかつての自らの帝国の征服地を奪い取ろうとしていると論じる(5-③)。

カプランによれば、プーチン大統領は中国の習近平主席と手を組んでかつての「ソ連」という帝国を復活させようとしており、さらに中東欧に自らの勢力圏を確立することを求めている。かつてイデオロギー的に帝国を批判していたロシアと中国にとって、いまや帝国とはむしろ自らの誇りである。膨張主義的なロシアと中国に対して、アメリカが現状維持国家となっているのが、現在の地政学的な構図だとカプランは言う。

フランスを代表するアジア専門家のフランソワ・ゴドマンと、元フランス外交官のミシェル・デュクロは、今回のウクライナ危機が「新冷戦」の最初の危機として歴史の中で位置づけられることになるだろうと論じる(5-④)。
ロシアが中国を必要するのと同じように、台湾海峡危機においては中国もロシアを必要とするであろう。クリミア半島併合後に欧米からの制裁を受けて孤立したロシアは、皮肉にもむしろそれによって中国依存を深める結果となった。それゆえ、これまで以上に「中ロ同盟」の実現の可能性が高まっているのだ。プーチンは、ロシアの国際社会での地位が低下する中で、中国との相互援助に依存して地位を回復しようと試みている。だが、ゴドマンとデュクロは、それでも中ロの提携が将来において、大西洋同盟のような強固な結束へと帰結することはないと想定する。

■『環球時報』は「NATO東方拡大」を批判

中国は今回のウクライナ危機に関して、どのような反応を示しているのか。『環球時報』紙は、「中ロを武力で圧倒したいというアメリカの妄想」と題する社説において、アメリカの「NATO東方拡大」という覇権主義的野心が今回のウクライナ危機の原因であると批判し、そのような覇権主義は時代錯誤で、必ず失敗すると論じている(5-⑤)。この社説によれば、アメリカは自らを冷戦の「勝者」と自負し、ロシアを「敗者」と位置づけて従属的な地位に甘んじるような「罰」を与えているのだ。

それではこれからの国際秩序は、上述のラクマンが論じているように、中ロが中心となって権威主義体制が広がることになるのであろうか。元米国防大学校教授で、現在はジョージ・C・マーシャル欧州安全保障研究センターに勤めるアンドリュー・ミクタは、興味深い独自の見解を『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙のコラムのなかで提示している(5-⑥)。
ミクタによれば、今危機が高まっているのは、中ロ両国の台頭によるものではなくて、むしろこの2つの権威主義的な大国が自らの優位性が次第に漸減していくことを予見しているからであると論じる。弱さこそが問題なのだ。将来のアメリカは、現在よりもはるかに強大な存在となるであろう。だからこそ、中ロともに優位性が残存するより早い時期において、国際秩序の再編を求めているのだ。
同様にして、中国国内からも中国の技術力の脆弱性と、悲観的な長期的予測がなされた。北京大学国際戦略研究院が、1月30日付の「中米経済貿易テクノロジー競争研究」と題する中間報告書の中で、現在の米中デカップリングが長期的には中国を不利な立場に置くことになると予測していた(5-⑦)。

だがこの報告書は2月3日以降にしばらく閲覧不可能となっていた。このことは、中国にとっては「不都合な真実」であったのかもしれない。ともあれ、中国とロシアは自らの強さや優越性をもとに膨張主義的な行動をとって、ウクライナや台湾を手中に収めようとしているというよりは、むしろ長期的に自らの優越性を失うことの懸念から早急な行動へと移そうとしているのかもしれない。

ウクライナ危機は、冷戦後のこれまでの他の国際危機と比べると、あまりにも複雑でその経緯も理解が難しい。だが、プーチン大統領による軍事侵攻が、冷戦後の欧州安全保障秩序の再編を意図したものであるという論調が、多くの論考の中で見られた。はたしてこれが、どのような帰結となるのか。それは、これからアメリカや欧州諸国、さらに日本など主要な自由民主主義諸国の対応によって、決まっていくのであろう。

【主な論文・記事】
1.緊迫のウクライナ情勢

Dmytro Kuleba, “Don’t Sell Out Ukraine(ウクライナを売ってはならない)”, Foreign Affairs, December 10, 2021, https://www.foreignaffairs.com/print/node/1128209
Mélanie Rosselet, «La crise ukrainienne a aussi une dimension nucléaire(ウクライナ危機には核問題としての側面もある) », Le monde, February 2, 2022, https://www.lemonde.fr/idees/article/2022/02/02/la-crise-ukrainienne-aaussi-une-dimension-nucleaire_6111926_3232.html
Stephen M. Walt, “Liberal Illusions Caused the Ukraine Crisis(リベラルな幻想がウクライナ危機をもたらした)”, Foreign Policy, January 19, 2022, https://foreignpolicy.com/2022/01/19/ukraine-russia-nato-crisis-liberal-illusions/
Sylvia Wörgetter and Thomas Kleine-Brockhoff, “Putin Does Not Take Europe Seriously(プーチンはヨーロッパを真剣に相手にしていない)”, German Marshall Fund, January 14, 2022, https://www.gmfus.org/news/putin-does-not-take-europe-seriously
Fiona Hill, “Putin Has the U.S. Right Where He Wants It (プーチンはアメリカを思い通りにしようとしている)”, The New York Times, January 24, 2022, https://www.lemonde.fr/idees/article/2021/09/20/sous-marins-australiens-il-appartient-a-washington-de-reparer-les-degats-avec-la-france-et-l-otan_6095358_3232.html
Angela Stent, “The Putin Doctrine: A Move on Ukraine Has Always Been Part of the Plan(プーチン・ドクトリン―ウクライナへの侵攻は常に計画の一部であった)”, Foreign Affairs, January 27, 2022, https://www.foreignaffairs.com/articles/ukraine/2022-01-27/putin-doctrine
Chris Miller, “Russia Thinks America Is Bluffing(ロシアはアメリカがハッタリだと考えている)”, Foreign Policy, January 10, 2022, https://www.foreignaffairs.com/articles/russia-fsu/2022-01-10/russia-thinks-america-bluffing
Alexander Vindman, Dominic Cruz Bustillos, “The Day After Russia Attacks: What War in Ukraine Would Look Like-and How America Should Respond (ロシアが攻撃した翌日 ウクライナでの戦争はどのようなものになるのか、そして米国はどのように対応すべきなのか)”, Foreign Affairs, January 21, 2022, https://www.foreignaffairs.com/articles/ukraine/2022-01-21/day-after-russia-attacks
Bernie Sanders, “We must do everything possible to avoid an enormously destructive war in Ukraine(我々はウクライナでの途方もなく破壊的な戦争を回避するために、できることは全てしなければならない)”, The Guardian, February 8, 2022, https://www.theguardian.com/commentisfree/2022/feb/08/we-must-do-everything-possible-avoid-enormously-destructive-war-ukraine
「社评:华盛顿在乌克兰纵的火,应该自己扑灭(社説:ワシントンはウクライナで自分がつけた火を自分で消すべきだ)」、『环球网』、2022年1月28日、https://opinion.huanqiu.com/article/46aeRs2BVAr
「社评:华盛顿离乌克兰前线最远,却对战争最急迫(社説:ウクライナの前線から最も離れたワシントンが、最も戦争に躍起である)」、『环球网』、2022年2月6日、 https://opinion.huanqiu.com/article/46i7IE4nM19
Jonathan Eyal, “China keeps low profile in US-Russia conflict over Ukraine (ウクライナを巡る米露の紛争で低姿勢を保つ中国)”, The Strait Times, January 29, 2022, https://www.straitstimes.com/world/china-keeps-low-profile-in-us-russia-conflict-over-ukraine

2.危機で混乱するヨーロッパ

Boris Johnson, “Boris Johnson: The U.K. Stands With Its Central European Allies(ボリス・ジョンソン 英国は中欧の同盟国と共にある)”, The Wall Street Journal, February 9, 2022,  https://www.wsj.com/articles/uk-stands-with-central-european-allies-russia-ukraine-invasion-nato-britain-sanctions-boris-johnson-prime-minister-11644439386
Ben Wallace, “An article by the Defence Secretary on the situation in Ukraine (ウクライナ情勢に関する国防相からの論説)”, Ministry of Defence, January 17, 2022, https://www.gov.uk/government/news/an-article-by-the-defence-secretary-on-the-situation-in-ukraine
Michel Duclos and Georgina Wright, “Macron’s Proposals On Russia Could Be Good For The West ( マクロンのロシアに対する提案は西側にとって好材料となり得る)”, Institut Montaigne, January 25, 2022, https://www.institutmontaigne.org/en/blog/macrons-proposals-russia-could-be-good-west
Isabelle Lasserre, “Face aux périls, les Européens seront-ils bientôt seuls?(ヨーロッパ人はやがて危機に直面し、一人になってしまうのだろうか)”, Le Figaro, January 14, 2022, https://www.lefigaro.fr/vox/monde/face-aux-perils-les-europeens-seront-ils-bientot-seuls-20220114
Tom Tugendhat, “Russia’s other European invasion(ロシアによる別口の欧州侵略)”, Atlantic Council, January 14, 2022, https://www.atlanticcouncil.org/blogs/new-atlanticist/russias-other-european-invasion/

3.ドイツは信頼できない同盟国か

Souad Mekhennet, “Scholz says response to Russia will be ‘united and decisive’ if Ukraine is invaded(ショルツ、もしウクライナが侵攻された場合のロシアへの対応は「団結し、決定的なもの」になると言う)”, The Washington Post, February 6, 2022, https://www.washingtonpost.com/national-security/2022/02/06/scholz-interview-germany-ukraine/
Tom Rogan, “Is Germany a Reliable American Ally? Nein (ドイツは信頼できる同盟国ではない)”, The Wall Street Journal, January 23, 2022, https://www.wsj.com/articles/germany-reliable-american-ally-nein-weapon-supply-berlin-russia-ukraine-invasion-putin-biden-nord-stream-2-senate-cruz-sanctions-11642969767
Philip Stephens, “As Putin menaces Ukraine, Germany is disarming the West(プーチンがウクライナを脅かす中、ドイツは西側の兵力規模を縮小させている)”, Inside-Out,  political commentary from Philip Stephens, January 20, 2022, https://philipstephens.substack.com/p/as-putin-menaces-ukraine-germany
Christian Mölling and Claudia Major, “Germany in the 2022 Ukraine Crisis(2022 年ウクライナ危機の中のドイツ)” , DGAP Commentary, January 31, 2022 https://dgap.org/en/research/publications/germany-2022-ukraine-crisis
Marcel Dirsus, “Why Germany behaves the way it does(ドイツはなぜそのように行動するのか)”, War on the Rocks, February 4, 2022,https://warontherocks.com/2022/02/why-germany-behaves-the-way-it-does/

4.連動するウクライナ危機と台湾海峡危機

Hal Brands, “China and Taiwan Have a Big Stake in What Happens in Ukraine(中国と台湾はウクライナに大きな関心を寄せている)”, Bloomberg, February 9, 2022,  https://www.bloomberg.com/opinion/articles/2022-02-08/ukraine-crisis-china-and-taiwan-are-watching-putin-carefully
Mike Gallagher, “Taiwan Can’t Wait: What America Must Do To Prevent a Successful Chinese Invasion(台湾は待ってくれない 中国の侵略を成功させないためにアメリカがすべきこと)”, Foreign Affairs, February 1, 2022, https://www.foreignaffairs.com/articles/china/2022-02-01/taiwan-cant-wait
Richard Haass, David Sacks, “The Growing Danger of U.S. Ambiguity on Taiwan: Biden Must Make America’s Commitment Clear to China――and the World(戦略的曖昧さの危険性 バイデンは中国と世界に向けてアメリカによる台湾へのコミットメントを明確に示すべきだ)”, Foreign Affairs, December 13, 2021, https://www.foreignaffairs.com/articles/china/2021-12-13/growing-danger-us-ambiguity-taiwan
Kharis Templeman, “Taiwan is not Ukraine: Stop Linking their Fates Together (台湾はウクライナではない 彼らの運命をつなぐのはやめるべきだ)”, War on the Rocks, January 27, 2022, https://warontherocks.com/2022/01/taiwan-is-not-ukraine-stop-linking-their-fates-together/
紀永添(Ji Yongtian)、「烏克蘭協助中國建軍是台灣的迫切危機(ウクライナの中国軍拡への協力は台湾の差し迫った危機である)」、『上報(UP MEDIA)』、2022年1月19日、 https://www.upmedia.mg/news_info.php?SerialNo=135529

5.結束を強めるロシアと中国

Vladimir Putin、「俄罗斯和中国:着眼于未来的战略伙伴(ロシアと中国 未来を見据えた戦略的パートナー)」、『新華社』、2022年2月3日、 http://www.news.cn/world/2022-02/03/c_1128325398.htm
Gideon Rachman, “Russia and China’s plans for a new world order (ロシアと中国による新国際秩序構想)”, Financial Times, January 23, 2022, https://www.ft.com/content/d307ab6e-57b3-4007-9188-ec9717c60023
Robert D. Kaplan, “Russia, China and the Bid for Empire(ロシア、中国、帝国への試み)”, The Wall Street Journal, January 13, 2022, https://www.wsj.com/articles/russia-china-bid-empire-colonialism-ukraine-taiwan-imperial-invasion-qing-dynasty-soviet-union-romanov-11642111334
François Godement, Michel Duclos, « L’Ukraine apparaît comme la première crise de la “nouvelle guerre froide”(ウクライナは「新冷戦」最初の危機として現れている) », Le monde, January 11, 2022, https://www.lemonde.fr/idees/article/2022/01/11/l-ukraine-apparait-comme-lapremiere-crise-de-la-nouvelle-guerre-froide_6108960_3232.html
「社评:美欲用蛮力压倒中俄,这是妄想(社説:中ロを武力で圧倒したいというアメリカの妄想)」、『环球网』、2022年1月10日、 https://opinion.huanqiu.com/article/46LhnqAKtA2
Andrew A. Michta, “Russia and China’s Dangerous Decline(ロシアと中国の危うい後退)”, The Wall Street Journal, December 14, 2021, https://www.wsj.com/articles/russia-and-china-dangerous-population-decline-indo-pacific-pivot-research-development-taiwan-ukraine-11639497466
「技术领域的中美战略竞争:分析与展望(テクノロジー分野における中米戦略競争分析と展望)」、『国際戦略研究ブリーフィング』、 2022 年 1 月 30 日、 http://cn3.uscnpm.org/model_item.html?action=view&table=article&id=27016

最新の論考や研究活動について配信しています