動揺する国際安全保障秩序の再建に必要なこと(尾上定正)


「地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/666344

「地経学ブリーフィング」No.151

(画像提供:AP/アフロ)

2023年4月17日

動揺する国際安全保障秩序の再建に必要なこと - アメリカを核とする同盟の信頼回復と拡張

APIシニアフェロー・地経学研究所 国際安全保障秩序グループ・グループ長
元空将  尾上定正

 
 
 
 
 

【特集・G7サミットでのウクライナ支援(第6回)】

ロシアによるウクライナ侵略という激震によって、既存の国際安全保障秩序は大きく動揺している。

中国の習近平主席のモスクワ訪問と岸田文雄首相のキーウ訪問が重なり、同日(3月21日)に行われた2つの首脳会談は、「中ロを軸とする権威主義体制の連合」と「ウクライナを支援する西側民主主義国の連合」に世界が二分化するイメージを鮮明にした。世界がこのように二分するかどうかは流動的だが、フィンランドのNATO(北大西洋条約機構)加盟をトルコが批准し確定する一方で、中ロ首脳会談を受けた中国国防省は「お互いの軍事的な信頼をさらに深める」と強調した。

国連安保理は、常任理事国たるロシアが侵略当事者となったことで、国際安全保障秩序の守護者としての正統性を大きく損なった。アンカーを失い動揺する中、ウクライナ戦争後の世界は安全保障秩序を形成する最も明確な国家関係である軍事同盟を中心に再編されようとしている。中ロの力による現状変更に対抗するためには、アメリカが主導する軍事同盟の信頼回復と拡張強化を図り、国際秩序の支柱とする必要がある。
 

結束し、拡大するNATO

スティーヴン・ウォルトの「脅威均衡論」によれば、諸国家は最強の国家ではなく最大の脅威に対抗するために同盟を形成する。冷戦終結直後から、多くの東欧諸国はいつかロシアは再び攻撃的な意図を抱き脅威となると考え、NATO加盟を希望した。1999年のチェコ、ハンガリー、ポーランド以降、2020年の北マケドニアまで14カ国が新たに加盟し、フィンランドの加盟によってNATO参加国は31となる。スウェーデンの加盟はトルコとハンガリーが反対しているものの、早晩、加盟への道は開かれるだろう。

フィンランドはロシアと1340キロの国境を接しており、NATOとロシアが接する国境は2倍となる。スウェーデンが加盟すれば、バルト海はNATOに包囲されることとなる。ロシアはNATOの東方拡大の脅威をウクライナ侵略の原因の一つと主張しているが、侵略によってNATOの結束を強固にし、長年の中立政策を転換した2カ国の加盟によって更に拡大するという皮肉な結果を招いた。トランプ前大統領の同盟軽視で結束が乱れ、マクロン大統領が「脳死」状態と批判したNATOだが、ウクライナ戦争後の国際安全保障秩序を支持する柱の一つとなるであろう。

2008年のNATO首脳会議はウクライナの「将来的な加盟を支持」したが、同国の政治体制(汚職体質)がNATOの基準を満たしていないという指摘やロシアを刺激したくないという加盟国の思惑で実現しなかった。2014年のクリミア「併合」以降は、ロシアと紛争状態にあるウクライナをNATOの集団防衛体制に入れることは事実上不可能であった。

2021年9月1日、バイデン大統領はゼレンスキー大統領との初の首脳会談で、「(アメリカは)ロシアの侵略に直面するウクライナの主権と領土保全にしっかりと関与し続ける」と表明したが、12月7日のプーチン大統領との会談後の会見では、アメリカの道義的・法的義務はNATO非加盟国のウクライナには及ばないとし、「アメリカが一方的に武力行使をして、ロシアがウクライナを侵略するのに立ち向かうという考えは、現時点ではない」と述べた。この発言がプーチン大統領の決断を後押ししたことは間違いないだろう。

核戦争のリスクがあるロシアとの直接対決は避けたいというアメリカの躊躇と優柔不断が抑止の破綻を招いたと言える。アメリカとNATOはロシアの侵攻を速やかに排除し、ウクライナの求める安全保障の確約について、NATO加盟か「キーウ安全保障盟約」か、何らかの回答を示す責任がある。また、インド太平洋地域の諸国は、この抑止に失敗した事実から教訓を学び、台湾有事に生かすことが重要だ。
 

問われる同盟の信頼性

中国やロシア、イラン、北朝鮮などがアメリカ主導で確立された秩序に挑戦する一方、アメリカの相対的な力が低下し、アメリカの行動自体が以前と比べて予測しにくくなる中で、同盟の信頼性をいかに高めるかは西側民主主義国の重要な共通課題だ。北欧2カ国はロシアの核脅威の抑止にはNATOの核の傘に入るしかないと判断したと考えられるが、ロシアはベラルーシへの戦術核配備で対抗している。

ウクライナでの核使用を阻止できるかどうかが、NATOの今後の核抑止の信頼性を左右しよう。そのためにはNATOが一体となってロシアと対峙する決意を見せる必要がある。バイデン大統領は早々に軍事介入を否定し、ロシアとの直接対決を避けているが、アフガニスタンからの一方的な撤退で失ったNATO主要国からの信頼を今こそウクライナで回復しなければならない。中国はアメリカの対応を注意深く分析し、アメリカの台湾防衛の本気度を計っている。

NATOの核心は集団防衛である。北大西洋条約第5条は、加盟国のどの国に対する侵略であっても加盟国全体で防衛する義務を規定する。一方、武力行使を含めた行動要領は各国の判断に委ねられている。同盟設立当初から、圧倒的な国力を持つアメリカが自動的に参戦することを欧州加盟国は切望したが、アメリカはそのような誓約を嫌い、現在の条項となった。

トランプ前大統領はこのような欧州諸国のアメリカ依存を不公平と批判し、NATO基準のGDP比2%の防衛費負担を要求したが、欧州の反応は鈍かった。ロシアの侵略を受け、ドイツを筆頭に加盟国は防衛費増額やウクライナへの武器提供など、積極的な役割を担う方針に転換した。一方で、トルコのエルドアン大統領やハンガリーのオルバン首相は、侵略後もロシアやプーチン大統領を擁護する姿勢を示し、政治的な不協和音がある。トルコはロシア製S-400防空ミサイルの導入によってアメリカのF-35プログラムから排除されており、軍の共同運用にも影響している。

ロシアの脅威を前に、どのようにこの不協和音を打ち消し、集団防衛の紐帯を維持強化していけるかが問われており、アメリカのみならず加盟国すべての努力と協調が必要だ。マクロン仏大統領の訪中に象徴される通り、その行方はインド太平洋の安全保障にも大きな影響を持とう。
 

中国とロシアの軍事同盟?

3月21日の中ロ首脳会談後の共同声明は、「両国関係は歴史上最高のレベルに達し、着実に成長している」として両国の緊密な関係を誇示した。また、台湾をめぐる情勢などを念頭に「両国は冷戦思考に基づくアメリカのインド太平洋戦略がこの地域の平和と安定に及ぼす負の影響に留意する」と指摘するなどアメリカ主導の世界秩序に反発し、対アメリカでの結束を鮮明にした。

国際政治学者のグラハム・アリソンは、“Xi and Putin Have the Most Consequential Undeclared Alliance in the World”と題する論考で、両首脳の強固な個人的信頼関係に基づく「軍事同盟に等しい機能」は、ワシントンの現在の公式な同盟よりも重要になると主張している。

確かに、近年の中ロは共同軍事演習や爆撃機の共同巡回飛行など軍事的な連携を強めているが、首脳会談でもロシアが熱望する中国からの武器弾薬提供には踏み込んでいない。習近平主席は、プーチン大統領を擁護しつつも慎重にアメリカの虎の尾を踏まないよう配慮している。中ロの実質的な軍事同盟化の一線は殺傷兵器の提供であり、西側は習近平主席にその線を超えさせないことが重要だ。

条約に基づく同盟関係であっても「巻き込まれと見捨てられのジレンマ」の克服は容易ではない。習近平主席は今回の訪ロでプーチン大統領との「限界の無い」友情を選択したが、それでも中ロの間には利益の違いがあり、少なくとも相互防衛の義務を負う軍事同盟にはなっていない。習近平主席としては、中国に見捨てられたくないプーチン大統領を制御し、ビスマルクの言う「同盟の騎士(中)と馬(ロ)」の関係を構築する一方で、プーチン大統領の戦争に巻き込まれ欧米の制裁を受けることを避ける狙いだろう。

西側としてはこのような中ロ関係を等身大に評価し、例えば核兵器の不使用等の中国と共通する利益をテコに、中国を介してロシアを制御することも検討が必要である(Patricia M. Kim, “The Limits of the No-Limits Partnership“, Foreign Affairs, March/April 2023)。
 

インド太平洋に必要な同盟ウェブ(網)の強化

大西洋のNATO集団防衛体制と異なり、インド太平洋の安保体制(ハブ&スポーク)は、アメリカというハブと4本の二国間同盟というスポークの構成で、脆弱だ。二国間にはそれぞれ特性があり、ウォルトの「脅威均衡」の対象も一様ではないが、ロシアの侵略によって台湾海峡有事の現実味が増したことで、中国という脅威に対抗する動きは同調している。

日本は国家安全保障戦略を改定し、反撃力の保有を含む防衛力の抜本的強化に踏み出した。韓国の尹錫悦大統領は米韓同盟重視と日韓関係改善に舵を切り、フィリピンも新たに4カ所の軍事基地の使用権を米軍に認めた。また、AUKUS(豪英米軍事同盟)やQUAD(日米豪印戦略対話)など同盟を多国化する動きもある。しかし、台湾海峡有事においてアメリカと同盟国がどう連携するのかは未だ不透明である。

バイデン大統領はこれまで4度にわたって台湾防衛への軍事的なコミットメントを明言したが、その都度、大統領府は従来の戦略的曖昧政策に変更は無いとしている。アメリカをはじめどの同盟国も公式に外交関係のない台湾への軍事侵攻を抑止するためには、ウクライナの教訓を踏まえたアメリカの有言実行がハブとして不可欠である。同時にスポークの二国間関係(日韓、日比等)の連携と多国化を進めることが必要だ。インド太平洋地域の安定には、アメリカと相互の信頼に裏打ちされた同盟ウェブという柱が求められている。
 

(おことわり)地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
 

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