日本企業、トランプ2.0に正しく備えよ(日本経済新聞、山田 哲司)


論考 2024年8月9日(2024年5月28日、7月21日)

日本企業、トランプ2.0に正しく備えよ

地経学研究所 主任客員研究員 山田 哲司

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本稿は、法人向けニュースレター「日経リスクインサイト」に掲載された連載「『もしトラ』を考える」で2024年5月28日に配信された記事「日本企業、トランプ2.0に正しく備えよ」ならびに、7月21日に日経電子版で配信された「日本企業、トランプ再選への3つの備え 専門家が指摘」からの転載です。両記事とも編集は日本経済新聞社の松本史氏が担当しました。事実関係などは5月28日時点の情報に基づきますが、一部はIOGのwebsite掲載にあたり、掲載後の情勢等をふまえて筆者が修正しています。

 

トランプ政権から現在まで何が起きたか

2017年1月から21年1月にかけてのトランプ政権(トランプ1.0)の特徴は、「アメリカ第一主義」のもと、通商面では米国が貿易赤字を抱える国々に対して追加関税をかけると牽制しながら貿易不均衡の解消を図るよう関係国に迫ったことだ。

特に米国の貿易赤字幅が一番大きかった中国とは互いに追加関税をかけ合う等、米中貿易摩擦と呼ばれる状況に発展した。日本も米国に対して貿易赤字を抱える中で、トランプ政権から自動車・自動車部品等への追加関税を課される可能性があったが、日本が環太平洋パートナーシップ(TPP)協定の水準を超えない範囲で牛肉や豚肉等の市場開放に応じることでこれを回避し、19年10月に日米貿易協定が締結された。

世界貿易機関(WTO)が関税等を実質的に全て廃止することを条件に例外として自由貿易協定(FTA)を認めるのに対し、本協定は関税を撤廃・削減する対象品目が限定的であるため、WTOとの整合性の課題も指摘されている。

経済安全保障に関わる点では、トランプ政権はそれまでの米国の中国への「関与政策」を転換し、中国を競争相手として定めた。また米連邦議会においても、18年8月に「2019年度・国防権限法」が可決され、トランプ氏が署名して法律となった。本法律により、中国を念頭に置いた輸出規制、投資規制、米政府の調達規制が強化され、米中技術競争も激しくなった。また日本企業も経済安全保障を意識する場面が格段に増えた。   

その後の現バイデン政権も、中国を競争相手とする基本姿勢は変えておらず、トランプ政権の対中関税政策を継続した。経済安全保障政策においても国家安全保障上脅威のある分野に限定して厳しい規制措置をとるといういわゆる「スモールヤード・ハイフェンス(Small Yard High Fence)」等の考えを示した点で違いはあったものの、特に22年10月の対中半導体輸出規制では、日本企業も半導体業界を中心に大きな影響を受けた。

 

「トランプ2.0」で予想される政策は

ではトランプ2.0ではどのような政策が実施されるだろうか。結論から述べるとトランプ2.0は、トランプ1.0と基本的姿勢は変わらずとも、その通商政策や経済安全保障政策はかなり強硬になり「米中デカップリング」が進むことが予想される。現バイデン政権と比べても同様である。また日本のように米国の同盟国・同志国であっても、トランプ1.0と同様、米国の貿易赤字国等との間で緊張関係が生まれるものと見られる。

トランプ氏の選挙公約集である「アジェンダ47」(トランプ氏が第47代大統領となった場合の政策方針)を読むと、特に貿易赤字額が最も大きい中国に対してかなり厳しい政策が並ぶ。具体的には通商政策において、中国に「60%以上(トランプ氏発言)」の関税を課すことや、WTOでの最恵国待遇を取り消すこと、更に「電子機器から鉄鋼、医薬品に至るまで、全ての不可欠な品目(Essential Goods)」の中国からの輸入を「4年間」で「段階的に廃止する」ことなどが記載されている。

また経済安全保障の箇所では、トランプ氏の発言を引用する形で「経済安全保障は安全保障」「米国のインフラを中国から守る」ことなどが記載されている。トランプ氏が政権に就いた場合、公約実現に向けて対中強硬姿勢を一段と強めることで、米中間の競争は一層激しくなることが予想される。 

その他の国々に対しても、「ほとんどの外国製品」に「普遍的統一関税(universal tariff)」を課すことが公約集に書かれてあり、その税率として「10%以上」を念頭に置いていることをトランプ氏自身が明らかにしている。

更に、今年1月にトランプ選挙陣営が「米国の労働者を守るために」新たに発表した10項目の選挙公約によると、トランプ2.0では「政権発足初日」に「バイデン大統領の電気自動車(EV)普及命令を廃止」することや「米国外の自動車部品製造は、最初にターゲットとする分野の一つで、自動車部品製造を中国から米国に大規模に取り戻す」としており、日本の自動車産業にも大きな影響を与えることが予想される。

 

日本企業、過度に恐れず正しく備えを

では日本企業はトランプ2.0にどう向き合うべきか、具体的に論じていきたい。結論から述べるとトランプ2.0だからと言って過度に恐れて特別なことを行うのではなく、ワシントンDCのエコシステムを正しく理解し、正しく備えることが重要だ。要(かなめ)は3つで、いずれも米国政治の中枢、ワシントンDCのルールを知って臨む必要がある。

 

①自社の事業リスクになりうる政策を明確化

まずはリスクを具体的にする必要がある。例えば輸出型の企業であれば関税やサプライチェーン規制の影響が大きい。M&Aが多ければ投資規制、既に米国に進出している企業であれば調達規制のインパクトもあるだろう。

各業界や自社の置かれている状況によって自社が影響を受ける政策が異なるためこの点を明確にする必要がある。 

 

②情報収集は「パートナー選び」も大切

①で追うべきトランプ2.0の政策項目が明確になったら、次は情報収集のためにどの業界団体に入るか、あるいはどの法律事務所のどのコンサルタントと契約するか、方針を立てて実行する必要がある。

日本企業の中には前任者からコンサルタントを引き継ぐケースも見られるが、トランプ2.0に本気で備えるなら、トランプ2.0に通じるコンサルタントと契約すべきだ。この際に重要なのは、自社の事業リスクを明確に説明し、どの政策の何について知りたいか、具体的なアウトプットを求めることだ。これができないと、一般的なアドバイスをもらうだけになりかねない。

また日系米国法人の場合、米国の業界団体に入れるケースもあるため、同業界の米国企業と連携していくことで情報収集力が向上する。

併せて情報収集時には日本との相違点も意識してほしい。具体的には情報は人脈にひも付き、人脈はGive and Takeで得られるという点を常に意識すべきだ。契約関係がない相手に対してTakeだけを求めると、人間関係が続かない。自身が属する業界動向に対する見方など、自身が何をGiveできるかを意識して付き合うことが大事だ。

 

③実態を反映しない政策には意見表明が重要

情報収集の結果、リスクの高い政策がトランプ2.0から出て来る可能性が高まった際に、自社としてこれを甘んじて受け入れるのか、あるいは、意見を述べるのか方針を立てる必要がある。

例えばトランプ1.0で大統領令が発令された際には、米通商代表部(USTR)で追加関税品目のリスト案、商務省で輸出規則案、財務省で「対米外国投資委員会(CFIUS)」の規則案、各省から調達規則案等が作成されて、意見公募期間中に多数の意見書が各国の業界団体や企業等から提出された。

政治の影響を受けやすい大統領令や法律と異なり、規則案は米各省の官僚が企業の実態を把握して政策に反映することも多いため、トランプ1.0であっても、意見書は米政府内で真剣に検討されて、建設的な意見が規則案に反映されることも珍しくなかった。

トランプ2.0では、トランプ氏は政治任用制度での各省幹部の指名に加えて、本来指名ができない各省の中堅幹部(専門性を持つ政府職員)をも大統領令により自身に忠誠を誓う人材に大量に入れ替える意向を持つと言われる。

仮にビジネスの実態を反映していない規則案等が提示され自社が影響を受けるような場合、意見公募期間中に積極的に意見書を提出することがますます重要となる。米国では法律や規制案などの審議の際に意見を言わないと「同意した」とみなされる。それは米国で事業を行う日本企業も同様だ。そのため適切なタイミングで意見書を提出してほしい。

米国では立法府である連邦議会の影響力も大きいため、ロビイング登録の上で、自社の事業所がある州選出の連邦議員等と日頃から関係を築き備えることも重要である。「政治家は何か問題が起こってから突然訪問されることを一番嫌う」とワシントンDCで良く言われるためである。

 

不確定要素多いが、備えは今から

現時点で、トランプ氏が大統領選挙に勝つのか、更に大統領選挙に勝った場合でも、トランプ氏が選挙公約をどれだけ実現できるのか等不確定要素は多い。それでもトランプ2.0が発足すれば、政権は発足初日からトップスピードで公約実現に向けて動くと語る識者もいる。日本企業は今からトランプ2.0に正しく備えることが重要である。

 

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