民主主義国家とデジタルプラットフォーム規制(地経学ブリーフィング・川口 貴久)


地経学ブリーフィング No.199
2024年4月10日

民主主義国家とデジタルプラットフォーム規制

東京海上ディーアール株式会社 主席研究員 川口 貴久

PDF版はこちら

ソーシャルメディアやメッセージングアプリといったデジタルプラットフォーム(DPF)は、現代の民主主義に不可欠なインフラである。なぜなら、市民はDPF上で意見を交わし、DPFが社会のアジェンダ設定や合意形成に貢献しているからだ。同時に、DPF上では偽情報が氾濫し、外国による影響工作や社会分断を増幅させ、民主主義の根幹を揺るがす事態を引き起こしてきた。

問題は、DPFが事実上の社会インフラとして機能している一方で、ほとんどの国で電力や金融ほどの厳しい規制下になく、DPF上の課題解決はテック企業任せになってきた点だ。こうした現状を是正するため、民主主義国家でDPFとテック企業を規律する動きが生じている。本稿はその見取図と論点を提示する。

 

デジタルプラットフォームとテック企業のガバナンス

テック企業はその内部統制やコーポートガバナンスが問題視されることが少なくない。これはSpaceX社のように特定個人が業務執行と監督、最大株主を兼ねる非上場のテック企業のみならず、多くのテック企業に当てはまる。

2022年2月のロシアによるウクライナ全面侵攻直後、Meta社は従来の規約で禁止された「プーチンに死を」といった投稿を一時的に許容した。戦時にこうした投稿を禁じると、ウクライナ人の団結とロシアへの抵抗が阻害されるからだ、という。しかし、社内外から賛否が巻き起こり、従来の規約に近い形に再修正された。

2016年米大統領選では、DPFがロシアによる大規模かつ多様な選挙干渉の舞台となり、2020年米大統領選では「選挙不正」をはじめとした陰謀論の温床になった。後者は米議会議事堂襲撃事件に至り、これをトランプ大統領が煽動したという理由から、Twitter社をはじめ多くのテック企業がそのDPF上でトランプ大統領のアカウントを凍結した。テック企業が現職米国大統領の発言を制限した意味は大きく、トランプ大統領に批判的であったメルケル独首相さえも、テック企業の対応を問題視した。

テック企業はその影響度に期待される意思決定の透明性と予見可能性を担保できていない。こうした認識に基づいて、各国でDPF規制が進展している。

 

欧州:2つの強力なDPF規制

欧州連合(EU)は2つの強力な包括的DPF規制を制定した。具体的には、欧州デジタルサービス法(DSA)とデジタル市場法(DMA)であり、それぞれ2024年2月17日および3月7日、関連事業者に全面適用された。

DSAとは、DPF上の偽情報・有害情報や違法活動への対処をテック企業に促す法律で、具体的には、コンテンツモデレーションの強化、ユーザ権限の強化、未成年者に対する強力な保護、透明性と説明責任の向上を求める。DSAは事業者を規模に応じて分類し、最も影響力のある「超巨大オンライン・プラットフォーム(VLOP)」「超巨大オンライン検索エンジン(VLOSE)」には最も強力な規制を課す。

もう一つのDMAは、DPF上で優位にあるテック企業に対する競争法的な事前規制である。DMAの対象は、売上高・時価総額やユーザ数等の一定条件を満たす「コアプラットフォームサービス(CPS)」を提供する事業者で、「ゲートキーパー」と定義される。DMAはゲートキーパーによる許可のないデータ蓄積を制限し、DPF上でのゲートキーパーの優遇を禁じ、DPFに参加する中小企業の経済活動の自由を担保する。

表:欧州DSAおよびDMAで指定されているプラットフォーム

政府規制という点でEUと似て非なるアプローチを採用するのは中国だ。中国政府は様々な形でテック企業を監督・統制する。最も強力な手法の一つは、少額出資(通常1%)にも関わらず、株主総会や取締役会の決定に拒否権を持つ「特殊管理株」「黄金株」である。これは中国政府しか所有できない株式で、政府はこの制度を通じて「民間企業の部分的国有」を推進している[i]。中国政府はAlibaba、ByteDance、DiDi、Tencentとその傘下企業の「黄金株」を取得し、監督を強化してきたとされる。

 

米国:競争環境整備に焦点を当てたバイデン政権の執行強化

しかし、欧州と中国の状況から、DPF規制の相違を政治体制の差だけに求めるのは正確ではないし、EU型規制が民主主義社会の主流でもない。欧州と米国では状況が異なる。

米国のアプローチは、新法制定や法改正ではなく、執行レベルでDPFがもたらす競争上の問題に対処するものだ。バイデン政権は競争政策の執行強化に関する大統領令14036号で「ビッグテックプラットフォーム」に焦点を当て、リナ・カーン委員長が率いる連邦取引委員会(FTC)や司法省反トラスト局等はGoogle、Meta、Amazon、Appleを反トラスト法違反の疑いで提訴してきた。こうした執行強化は、反トラスト法の運用・解釈について従来の主流派とは異なる見解を持つ「新ブランダイス学派」の影響を強く受けている。

しかし、バイデン政権の執行強化はあくまでも競争政策に関するもので、コンテンツモデレーションについては「自由放任」だ。これまでコンテンツモデレーションに関するDPF規制は民主・共和両党から提案されたが、「表現の自由」等の諸権利を重視した結果、成立していない。背景にあるのは、有名な通信品位法230条と関連判決によって、DPF上の偽情報や有害情報についてDPF運営事業者は免責されるとの考え方である。こうした環境こそが米国テック企業の成長を支えてきた。

 

日本:テック企業による自主的取組

日本にはEUのような包括的なDPF規制は存在せず、政府はテック企業による「自主的な取組」を強調している。オンラインモール、アプリストア、デジタル広告の3分野では、DPFの競争上の公平性や透明性を高めるために、デジタルプラットフォーム透明化法が制定されたが、この法律はテック企業が取組を「自主的かつ積極的に行うことを基本とし、国の関与や規制は必要最小限のもの」としている。

偽情報や有害情報への対処についても同様だ。総務省に設置された専門家委員会「プラットフォームサービスに関する研究会 最終報告書」(2020年2月)は表現の自由等に配慮し、DPFによる「自主的な取組を基本」としてきた。

確かに変化はある。政府はプロバイダ責任制限法改正案を改正し、一定規模以上の事業者に対して、ユーザからの削除申し出への迅速な対処や透明性の向上(運用状況の公表等)を課す予定だ。法律名も「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」、与党・自民党によれば通称「情報流通プラットフォーム対処法」に改称される。しかし、こうした法改正も従来の「自主的な取組」を大きく転換するものではないし、米国拠点のDPFの透明性を高めるという点でも十分ではない。

 

どのようにDPFを民主主義にとって良いものにするのか

日米欧中はそれぞれ異なるアプローチでテック企業とDPFを規制する。どのようなアプローチが望ましいかは民主主義、自由、安全保障等の重視する価値によって異なるだろう。本稿は最後に、議論の前提となるような論点や筆者なりの考え方を示したい。

第一に、DPF上の公正な競争環境整備とコンテンツモデレーションは、ある程度関連するものの、本質的に異なる。前者は多くの民主主義国家で合意されているが、後者は難しい問題だ。自由で開かれた社会と情報環境は、悪意ある情報操作に対して脆弱だ。一方で、過度な政府介入は社会や情報環境を権威主義的なものに変えてしまう。自由と安全の均衡を図る解の一つは欧州DSAだが、普遍的なモデルではない。欧州DSAの骨子や定義をそのままコピー&ペーストし、2022年6月に草案が公開された台湾版DSA「デジタル通信法案(DISA)」は市民の反対等もあり、事実上の撤回に追い込まれた。DPF規制が自由にもたらすリスクが重視された結果だろう。

第二に、「コンテンツ」モデレーションだけでは十分ではない。もちろん、投稿された画像やテキスト等の「コンテンツ」の虚偽性や有害度を判定し、対処することは必要だ。しかし、今日の情報操作は偽情報のみならず、正確だが悪意ある情報(いわゆるmal-information)やファクトチェックの対象外である「意見」が用いられる。こうした情報操作には、「コンテンツ」そのものではなく、投稿者、投稿や拡散行為等の違法性や有害度といった「ふるまい」「メタデータ」を基にアカウント削除等の対応を講じる必要がある。Meta社がいう「協調的な不正活動(CIB)」への対応だ。「コンテンツ」の真偽検証はファクトチェック機関や市民にも可能だが、リアルタイムかつ網羅的な「ふるまい」ベースの検知と対処はDPF企業にしかできない。

第三に、現代の悪意ある情報操作、特に権威主義国家の干渉は単独のDPFにとどまらない。ホストティングや拡散を異なるプラットフォームで横断的に展開する情報操作ネットワークも確認され、単独のテック企業による対処を困難にしている。つまり、各DPF単独の取組みの「総和」はこの問題に対処できず、DPF間のオペレーションレベルでの協調や連携が不可欠である。

第四に、戦争、感染症流行や地震等の災害時、選挙等の非常事態や危機下では強力な規制もありえる。2024年は世界中で開催される選挙と生成AIがもたらす技術革新によって、DPFの重要性と脆弱性を再確認することになるだろう。同時に、民主主義国家がDPFとどのように向き合うか、議論を加速させる機会にもなるはずだ。

 

この記事をシェアする

 
 

* 本稿は筆者個人の見解であり、所属・関係する組織、企業、グループ等を代表するものではありません。

[1]Aynne Kokas, Trafficking Data: How China is Winning the Battle for Digital Sovereignty (Oxford: Oxford Univ Press, 2022), pp.58-59. [アン・コカス(中嶋聖雄監訳、岡野寿彦訳)『トラフィッキング・データ:デジタル主権をめぐる米中の攻防』(日本経済新聞社、2024年)、115-117頁。]

著者


地経学ブリーフィングとは

「地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人
地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

最新コンテンツ

最新の論考や研究活動について配信しています