中国の「経済安全保障」何をどう備えているのか(江藤名保子)


「地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/651413

「地経学ブリーフィング」No.142

(画像提供:AFP/アフロ)

2023年2月13日

中国の「経済安全保障」何をどう備えているのか - 顕在化している以上に高いリスクに望ましい対処

地経学研究所上席研究員兼中国グループ・グループ長 江藤名保子

 
 
 
 
 

【特集・中国の経済安全保障(第1回)】

グローバル経済の趨勢が効率性重視から安全保障重視へとシフトするに伴い、経済安全保障への関心が急速に高まっている。昨年12月のG7首脳会合が「われわれの集団的経済安全保障を強化すべく協働」すると共同声明で言明したように、いまや国際社会のパワーバランスを再構成する議論になりつつある。

主要アクターとして関心を集めながらも十分に議論されていないのが、中国の経済安全保障である。これまでは顕在化したアメリカの施策に議論が集中しており、中国の対抗策に関する分析は相対的に少なかった。しかし中国当局は、巨大な中国市場の優位性と、高い生産力に政府支援を組み合わせた供給能力の高さ(特に価格競争力)を活用し、これに各国を依存させることで経済的優勢を獲得する戦略を立てている。

また米中競争の激化により中国がより能動的に行動する可能性は高まっており、いわば潜在的な中国リスクは膨らんでいる。では中国は何をどう備えており、どのように動くと考えられるのか。本特集は1月の「アメリカの経済安全保障」特集に続き、「中国の経済安全保障」にフォーカスして現状を分析する。
 

中国における「経済安全」の概念――国家安全保障の基礎として

習近平政権は2014年に「総合的な国家安全保障観(総体国家安全観)」として、政治、国土、軍事、経済、文化、社会、科学技術、情報、生態系、資源、核の11の領域にまたがる包括的な安全保障体制の構築を打ち出した。そのなかで示された「経済安全」重視は、人々の生活水準の向上を共産党政権の正統性の源泉とする方針の延長であると同時に、2015年に発表した「中国製造2025」で明らかになった製造業の高度化の目標を含意するものであった。

続いて2015年7月に成立・施行された「国家安全法」19条は、「国家の基本的な経済制度と社会主義市場経済秩序を保護し、経済安全保障リスクを防止・解決するための制度的メカニズムを改善する」ことを国家の役割と規定した。すなわち中国は他国に先駆けて、国家主導での経済と安全保障の一体化を図り始めていたのである。

また「経済安全」の用語が使われる以前から、一貫して科学技術が重視されてきたことは注目に値する。かつて周恩来が1960年代に「4つの近代化」として農業、工業、国防、科学技術の4分野での近代化を提唱したことにはじまり、伝統的に中国は海外から先進的な技術を導入してきた。そして習近平政権が繰り返し言及する「ハイレベルの科学技術の自立自強」のカギとなるのが先端技術の内製化であり、当然ながら海外にある科学技術の獲得も焦点となっている。
 

「双循環」論にみる独自性

習近平政権の経済安全保障へのアプローチにおける最大の特徴は、中国の巨大な市場がもつ優位性を明確に認識している点である。それを戦略論として示したのが2020年に提起した「双循環」の概念である。ここで「『国内循環』を主体とし、国内・国際の2つの循環が相互に促進する」ことを目指し、消費を主とする内需主導型への経済の構造転換を目標に掲げた。

経済安全保障の観点からみる「双循環」の要諦は、自己完結型の「国内循環」を形成することで経済的自立を確保することにあり、習政権は徐々に国有企業重視へとシフトしてきた。その対外的影響について、2020年4月に習近平は次のように述べていた。

国際的な産業チェーンを我が国への依存関係に強く引き付け、外部からの人為的な供給遮断に対する強力な反撃力と抑止力を形成する。

この言説からは、外国経済との相互依存を深めることが中国をより有利にするという認識が浮かび上がる。つまり習近平政権が一貫して「対外開放」をアピールしてきた背景には、国際経済の中国経済に対する依存を深めさせるという戦略的狙いがある。昨年10月の第20回党大会の報告でも「ハイレベルの対外開放を推進する」という節のなかで「わが国の超大規模市場の優位性をよりどころとし、国内大循環によって世界のリソースを集め、国内・国際の2つの市場、2つの資源の相乗効果を高める」との目標設定が示された。
 

取り得る報復措置を採らない中国

中国の経済安全保障の実態が外部からわかりにくい理由の1つに、未だに経済安全保障を事由とした明示的な法的措置を採っていないことがある。習近平政権はこれまで、「信頼できないエンティティ・リスト」の導入、輸出管理、投資審査、域外適用への対応等、関連する国内法を整備してきた。しかし2022年10月のバイデン政権による半導体関連輸出規制に対してもWTOに提訴するにとどめた。トランプ政権時代に4段階の対抗関税を実施したことを思い起こせば相対的に穏当な対応であった。

こうした対応については、第1にこれは過渡的な方針にすぎない可能性が高い。今の経済情勢では、真っ向からの対抗は得策ではないと判断しているのだろう。第2に実態として企業買収や合弁を介した従来型の技術獲得、あるいは政府調達規制による海外企業へ圧力が継続していることに留意すべきだろう。第2の点は本特集の次回以降の論考で検証することとし、ここでは第1の要因について「反外国制裁法」の実施を踏まえて論じる。

全国人民代表大会常務委員会での可決により2021年6月に成立した反外国制裁法は全16条の短い法律ながら、商務部が公布した「信頼できないエンティティ・リスト規定」および「外国の法律および措置の不当な域外適用の阻止に関する弁法」の上位法にあたり、外国の差別的措置に対抗するための法律的根拠を与えるものと位置付けられる。

また同法が定める外国制裁の主体はあくまで外国国家であるが、外国の企業や個人などが差別的制限措置の制定、決定、実施に直接的または間接的に参与した場合は対抗措置の対象となりうる。だが管見の限りでは、反外国制裁法に基づいて制裁対象となったのは香港、新疆ウィグル自治区、チベット等の人権に関わった個人と組織、台湾への武器輸出を実施したアメリカ企業2社であり、政治的案件に対応しているにすぎない。

法的にはアメリカの対中経済制裁に関与した企業が取引中止行為などの差し止めや損害賠償請求を申し立てられる可能性があるが、実際にはこうした事例は生じていない。中国側は法整備をしたものの、これを抑制的に運用していると考えられる。
 

中国の戦略的思惑にどう対応するか

中国の対応の背後には、経済減速が鮮明になるなかで外国企業の警戒感を高めることは望ましくないという計算と、「双循環」の方針に則って外国企業を中国市場およびサプライチェーンに組み込むという戦略的考慮がある。これはすでに企業側が各国の経済安全保障規制と抵触するリスクや台湾有事が起こった場合に制裁に巻き込まれるリスクを認識していることへの対応であり、これらのリスクを相殺するためのシグナリングと考えられる。

他方で1月には、中国が太陽光発電パネル製造技術を輸出制限リストに加える検討を進めていると報じられた。これが実施されれば各国が推進する新エネルギー供給計画が影響を受ける。

2022年7月に国際エネルギー機関(IEA)は、太陽光パネルの主要要素について中国が世界の生産能力の8割超を占めると指摘、生産地の分散化を呼びかけていた。医薬品やレアアースなど、中国は高い製造能力に政府支援を組み合わせて安価な製品を供給し、世界市場を席巻することがある。太陽光パネルの事例が示すように、こうした供給戦略も中国が戦略的不可欠性を獲得するための手段になりうる。

すなわち中国の経済安全保障上のリスクは、顕在化している以上に高いと考える必要がある。これに対処するためには多国間連携を共通インフラとして構築し、中国に対する抑止力を高めると同時に、セーフティネットを形成することが望ましい。

2023年1月の日米首脳会談でも、経済的威圧を含む経済安全保障上の課題に対処すべく同志国でサプライチェーン強靱化を進めていくことで一致した。それとともに、中国政府の意図に働きかける方策を検討すべきだ。国際秩序は再構築の途上にあり、当面は均衡点を見つけるためのさまざまな模索を続けなくてはならない。
 

(おことわり)地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
 

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