ポーランドとハンガリーの反発に映るEUの揺らぎ(石川雄介)


「地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/633635

「地経学ブリーフィング」No.131

(画像提供:Omar Marques / Getty Images)

2022年11月21日

ポーランドとハンガリーの反発に映るEUの揺らぎ - 日本に求められるEUの多層構造を踏まえた外交戦略

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)/地経学研究所 研究員補 石川雄介

 
 
 
 
 

ロシアによるウクライナ侵攻直後、EU諸国は一致して対応しているかのように見えた。ロシアによる侵略行為を非難し、2月の経済制裁第1弾を皮切りとして、石炭などの輸入禁止を決めた第5弾まで早急にEU加盟国間の合意を取り付け、矢継ぎ早に制裁を発動した。

ところが、こうした一致は「自国ファースト」を主張する国が出てきたことで崩れ始めた。ロシア産原油の禁輸反対を表明したハンガリーはその典型である。第6弾制裁に関する交渉は1カ月以上にわたり、最終的にはパイプラインでの輸入を制裁対象から除外するという形での合意をはかることとなった。

ロシア・ウクライナ戦争において影響を受ける中、はたしてEUは加盟国同士で価値や行動をともにしていると言えるのか。本稿では、第6弾制裁に反対したハンガリー、そしてハンガリーと並び民主主義の後退が進んでいるとされるポーランドにも焦点を当て、EU内部での価値観をめぐる対立を明らかにするとともに、ウクライナ戦争のEU加盟国や欧州議会への政治的な含意と日本に求められる対EU外交のあるべき姿について試論する。
 

EU内部での価値をめぐる戦い

冒頭で述べたとおり、ロシアへの対応をめぐりEU加盟国間の足並みの乱れがある。自国経済への影響を考慮したことが大きな理由の1つとされるが、EUの結束の乱れは経済的な理由だけに起因するものではない。EU内部には民主主義や法の支配を中心とした価値観をめぐる相違が以前から根強く存在しており、現在も対立は続いている。

例えば、ハンガリーのオルバーン首相が「民主主義は必ずしもリベラルであるわけではない」と持論を述べた2014年の「非民主主義」演説は、欧州ではよく知られており悪名高い。実際、政府に対して批判的な言論への統制は年々厳しさを増しており、今年行われた2022年4月のハンガリー議会選挙において、国営放送では野党に許された発言時間はわずかであった。

オルバーン派は、影響力のある独立系メディアの経営権を掌握する動きも同時に進めており、選挙が定期的に行われていると言うことはできても公平な選挙が行われているとは言えない状況である。また、EU基金の不正利用や利益相反といった組織的な汚職疑惑が多いにもかかわらず、起訴率はほかのEU諸国と比べて低い水準にとどまっており、オルバーン首相とその周辺による公的資金の私物化が進められていると言える。

ポーランドも、政府にとって都合の悪い裁判官に対して定年引き下げや懲罰制度などを通じた介入を試みており、法の支配と司法の独立性が脅かされつつある。
 

EU内の現実を目にして、期待は失望に

民主主義と法の支配はともにEU憲法条約の第2条においてEUの基本的な価値と記されている。EU加盟の際には「コペンハーゲン基準」をクリアする必要があり、その条件の中には民主主義や法の支配も含まれているため、ポーランドやハンガリーでも導入が進められた。しかし、加盟後はそうしたテコが使えず、代わりにEU憲法第7条を根拠としたEU基金の停止を新たなテコとして両国の状況改善を求めている。

それにもかかわらず、両国はEUの基本的な価値の書き換えに向けた試みを続けている。

EU加盟当初、ポーランドとハンガリーはEUのメンバーとなることで西欧諸国や中欧のオーストリアと同レベルの豊かさを享受できると期待していた。そうした期待は厳しい市場競争や経済格差というEU内の現実を目の当たりにして、EUへの失望に変わってしまった。

この失望は両国の保守派の間で、冷戦終結以後に推し進めてきた民主主義や法の支配の確立といった取り組みへの反発をもたらした。さらには、両国はEUからの政治的な抑圧を受けており自律的な意思決定が妨げられているという、ドイツをはじめとした欧州の大国およびEUに対する不満も増大させた。

こうした反発や不満をもとに、ハンガリーのオルバーン政権やポーランドのモラヴィエツキ政権は、「自国ファースト」の政治を進めるとともに、EUの民主主義や法の支配を、人権への配慮などの要素を含んだ「厚い」理念ではなく、手続き的な意味だけに狭めた「薄い」理念に狭めようとしているのである。
 

大国の「帝国主義」への対抗

このようにEUに対立姿勢を見せているポーランドとハンガリー。しかし、それでは両国がロシア寄りの姿勢を見せているのかというと、事はそれほど単純ではない。

ロシアによる侵略が始まる以前からポーランドは、プーチン大統領が率いるロシアが欧州への脅威となりうる、と警告してきた。

ハンガリーでも、オルバーン首相や右派知識人らが、ハンガリーは大国による「帝国主義」に対抗すると繰り返し述べてきた。彼らが意図する「大国」には、EUやドイツ、アメリカといった欧米諸国が含まれているとよく指摘されるが、そうした欧米の大国への対抗の前提にはソ連による抑圧の歴史が深くかかわっており、ロシアに対しても被害者意識を持っている。ポーランド、ハンガリー両国ともソ連の負の歴史を忘れてはいない。

ただし、このロシアの被害者としての自己認識は、両国が対ロシア外交において一致団結しているということを意味している訳ではない。むしろ、ロシア・ウクライナ戦争への両国の対応をめぐっては、オルバーン首相とモラヴィエツキ首相が互いを批判しあっており、二国間の連携に亀裂をもたらしている。

例えば、今回の戦争における自国の立場として、ポーランドはロシアと敵対する方針を明確に示している一方で、ハンガリーは侵略を非難こそしたものの、ロシアに対しては曖昧戦略を維持している。また、ポーランドが行っている軍事物資の援助や訓練の提供に対しても、ハンガリーは当初から反対の姿勢を貫いている。

ポーランドは、18世紀後半のロシア、プロイセン、オーストリア三国によるポーランド分割、第2次世界大戦におけるナチスドイツとソ連による再度の分割など、ロシアに蹂躙されてきた歴史がハンガリーに比べて長く、安全保障上の脅威と警戒感をより強く持っている。

そうした歴史的背景もあり、「世界金融危機は古典的な南北の分断を示し、移民問題は東西の分断を引き起こした」のに対して、今回の戦争は「欧州の東部[中欧諸国]内部での分裂を生じさせた」(ブルガリア出身の政治学者イワン・クラステフ氏、モンテーニュ研究所でのインタビュー)のである。
 

EUと各加盟国の利益バランスを保てるかが今後のカギ

以上のことが示していることは、ハンガリーやポーランドは体制間の力学にとらわれず、各々の独自のロジックに基づいて外交を行っており、国内で民主主義の後退が進みEUと対立しているからといって、両国の二国間関係やロシアとの関係が必ずしも深まっているとは言えないということだ。

ハンガリーやポーランドにとって、ドイツや世界最大の単一市場であるEUは、ロシアやそのほかの大国に過度に依存せず、バランスを取るためには欠かせない存在であり、EUという枠組みから抜けることは現実的ではない。EUにとっても、価値の共有という点で両国は悩みの種でありつつも、ロシアに対抗する政治枠組みとしてのEUの存在感を高めるには重要な存在である。

欧州委員会やほかのEU諸国が、ハンガリーやポーランド両国の国内情勢や地政学・地経学的環境を考慮しつつ対話を重ねることで、いかに敵対的な関係ではなく、論争こそあれど協力し合える関係として互いの経済的・政治的な関係を長期的に深めていけるかどうかが今後のカギとなろう。
 

日本はEUの多面的な側面を踏まえた外交を

日本としては、EUには、対ロシアの政治枠組みとしてのEUに加えて、価値や経済の共同体としてのEUという複数の側面があること、そして、大国間競争の枠にとらわれずに行動する国々によりEUの中に揺らぎがあることを理解しておくことが重要である。

日本はEUという窓口を通じて、どの国にどのような側面でアプローチするべきなのか。体制間レベル、EUレベル、各国レベルといった複数のレイヤー、さらには、民主主義、国際経済や地政学などの要素も多角的に分析し、それぞれに対して細分化した外交を行う必要がある。
 

(おことわり)地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
 

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