「日本の経済安全保障」米国との連携が不可欠な訳(神保謙)


「地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/605973

「地経学ブリーフィング」No.114

(画像提供:毎日新聞社/アフロ)

2022年7月25日

「日本の経済安全保障」米国との連携が不可欠な訳 - 国家資本主義、技術競争と分断、相互依存の武器化

国際文化会館常務理事・APIプレジデント
慶應義塾大学総合政策学部教授 神保謙

 
 
 
 
 
地経学のマクロトレンド

本年5月に成立した経済安全保障推進法は、安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進することを目的として

① 重要物資の供給網(サプライチェーン)強化
② 基幹インフラの信頼性確保
③ 重要先端技術の開発推進
④ 非公開特許制度
の4本柱で構成されている。

日本政府はこれまでも安全保障貿易管理制度と、その基盤となる外為法(外国為替及び外国貿易法)の枠組みで、経済安全保障政策を推進してきた。冷戦期のソ連を中心とする共産圏に対する輸出規制を起点として、先進国が保有する高度な貨物や技術が、大量破壊兵器等の開発や製造に関与している懸念国やテロリスト等に渡ることを未然に防ぐための制度設計となっている。

また貿易立国として石油や天然ガスなどのエネルギー、鉄鋼、石炭、希少金属(レアメタル)等の鉱物資源、各種素材や食料などの安定供給のため、官民協力を推進しながら自由貿易体制と市場アクセスの強化による共有確保、供給元の分散化、自主開発や備蓄体制の強化などを並行的に推進してきた。

しかし現代の地経学マクロトレンドには、こうした既存の政策の積み重ねだけでは日本の産業競争力を維持できず、安全保障の確保ができない構造変化が生じている。その最たる変化は、「国家資本主義」を背景とした中国を中心とする新興国の台頭である。

これら新興国の国営企業ないしは国家の強い影響下にある旗艦企業は、資源・エネルギー関連分野、金融分野、IT・電信分野などで飛躍的な成長を遂げている。多くの新興国は、国家の余剰資本をもとに政府系ファンド(SWF)を創設し、資本市場への介入を躊躇なく展開し、国営企業の海外での戦略的投資を推し進めた。こうした国家資本主義が、主要先進国が推進してきたリベラルな経済秩序と対立を深めることとなった。

次なる焦点は、世界経済において技術をめぐる競争と分断が進んだことだ。

次世代の産業の鍵は、人間の活動のデータ集積、大規模高速通信、人工知能(AI)によってデジタル世界と物理的世界を融合させ、生産・労働・サービス・生活の概念を変革することにあると言われる。

問題は、この変革のプラットフォームとなる技術が世界で分裂する方向へと向かっていることだ。特にアメリカと中国は、演算と大規模データ処理をめぐるハードウェア、ITインフラ、電子取引等のサービス、さらに新興技術開発で熾烈な競争を展開している。これらの技術基盤こそが、生命科学、無人化技術、次世代兵器開発等に大きな影響を及ぼす。

さらに重要な問題は、こうした機微技術の占有やサプライチェーンによる依存関係を「相互依存の武器化」(ファレル/ニューマン)として強制外交に利用する局面が増えたことだ。2010年の尖閣諸島沖漁船衝突事件後のレアアース輸出規制、オーストラリア産ワインに対する反ダンピング措置など記憶に新しい。

中国の習近平国家主席が2020年4月の共産党財経委員会の講和で「グローバルサプライチェーンの中国依存強化を通じた『外国に対する反撃・抑止力の形成』を志向する」と述べたことは「相互依存の武器化」の典型例である。中国との相互依存が非対称であるほど、すなわち中国に一方的に依存する割合が大きいほど、中国からの強制外交を受けやすくなる。

こうして国際経済秩序における国家資本主義の台頭、技術をめぐる競争と分断、相互依存の武器化、という現象が、地経学のマクロトレンドとして正面から向き合うべき課題となったのである。
 

アメリカの経済安全保障政策の展開

このような地経学マクロトレンド変化に、最も早く包括的に取り組んだのがアメリカ政府だった。アメリカのトランプ政権は「国家安全保障戦略」(2017)で「経済安全保障は国家安全保障である」(economic security is national security)と位置付け、公平性・互恵性・規則の忠実な順守に根差す経済関係を歓迎するが、違反行為・欺瞞行為・経済的侵略からは目を逸らさないという方針を示した。

これに続く「国防権限法」(NDAA2019)では、アメリカの対内投資規制、アメリカから対中輸出管理の強化、政府調達に関する規制、新興技術の開発推進と技術流出の保護に関する包括的な方針が示された。

アメリカ連邦議会は2018年8月に外国投資リスク審査法(FIRRMA)を制定し、対米外国投資委員会(CFIUS)の権限を強化した。外国企業によるアメリカの機微技術や重要インフラ等への投資、機微な個人データの搾取などを防ぐために、CFIUSの審査対象を拡大し、審査体制も大幅に強化された。

また輸出管理改革法(ECRA)で、輸出管理の対象となる14分野の新興技術を特定した。この中にはバイオテクノロジー、AI・機械学習、測位技術、マイクロプロセッサー、先進コンピューティング、データ分析、量子情報・量子センシング技術などが含まれる。

ECRAの下位法令であるアメリカの輸出管理規則(EAR)は、アメリカの安全保障・外交政策上の利益に反する者を関係省庁からなる「エンドユーザー審査会」によってエンティティリストに指定し、アメリカからのすべての品目についての輸出が許可の対象となる(通常許可されない)。
 

企業の通信・監視ビデオ関連にも規制

さらに「再輸出規制」によって、アメリカ以外の国から第三国に輸出される際にもアメリカの法律が事実上域外適用される仕組みを強化することにより、EAR対象品目の取引規制を強化している。そして「軍事エンドユース規制」によって特定懸念国の軍事エンドユーザー向けの輸出・再輸出を規制した。この規制では特定国の軍関係機関に対しては、たとえ用途が民生であったとしてもアメリカ商務省の許可が必要となる。

さらに政府調達分野では、NDAA2019の第889条でアメリカ政府機関が懸念ありと指定した企業の通信・監視ビデオ関連の製品・サービスを調達することを禁止した。アメリカ政府機関は、同条文で指定された中国企業5社(ファーウェイ、ZTE、ハイクビジョン、ダーファ・テクノロジー、ハイテラ)が提供する通信・監視機器・サービスの利用を禁止した。

またアメリカ・バイデン政権は「サプライチェーン⾒直し」について2021年に4分野(半導体・⼤容量電池・医薬品・レアアース)、その後6分野(防衛/公衆衛⽣・バイオ危機管理・情報通信技術(ICT)・エネルギー・運輸・農産物/⾷料⽣産)のレビューを実施した。これらの機微技術や重要産業について、アメリカ国内での生産や有力企業を抱える同盟国と連携して、中国依存からの脱却を目指す狙いがある。
 

経済安全保障法案と日米の協調

日本の経済安全保障の枠組みは、アメリカ政府がこれまで展開してきた経済安全保障政策と軌道を合わせて展開している。経済安全保障法案の中でも重視されている「特定重要技術」の開発支援について、政府は20の産業分野を絞り込む方針と報道されている。

この20分野は、ほぼアメリカのECRA14分野と符合する。この20分野に日本独自の特定を見いだすことができるのは「先端エネルギー・蓄エネルギー、化学・生物・放射性物質及び核」の項目である。日米両国が重要先端技術開発に関する政策協調を目指しながら、日本独自の優先順位を同時に示したと捉えることができるだろう。

またアメリカとのサプライチェーンと輸出管理をめぐる政策協調はとりわけ重要である。日米両国はもとより、日米豪印「クアッド」、日米韓3カ国、G7といったさまざまな枠組みでサプライチェーン管理を強化する必要がある。

他方で、アメリカの再輸出規制の域外適用には日本の産業界からの批判も根強い。アメリカが日本とともに新興技術の対象や懸念すべきエンドユーザーに対する情報交換を平素から行い、エンティティリストや軍民融合企業指定などの規制措置については、アメリカの一方的指定ではなく同盟国との協議を前提とすべきだ。そのために、日米経済分野の2+2閣僚協議の枠組みで、日米のハイレベル協議を実質的な政策協調の場として発展させることが重要であろう。

その一方で、日本は「戦略的不可欠性」の観点からも日本国内の民生技術の開発とその活用を抜本的に強化することが重要である。日本の産業界の保有する素材、要素技術、基礎研究、基盤技術を十分に掘り起こし、日本の防衛に資する新興技術を育成することが肝要だ。
 

(おことわり)
地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

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