日本はG7&グローバルサウスとどう向き合うか(細谷雄一)


「地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:鈴木一人 地経学研究所長、東京大学公共政策大学院教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/658451

「地経学ブリーフィング」No.146

(画像提供:Stanislav Kogiku/Aflo)

2023年3月13日

日本はG7&グローバルサウスとどう向き合うか - 「1つの声」を発しつつ「多数の声」を尊重

アジア・パシフィック・イニシアティブ研究主幹
地経学研究所 欧米グループ・グループ長 細谷雄一

 
 
 
 
 

【特集・G7サミットでのウクライナ支援(第1回)】

今年の5月、日本はG7サミットを広島で開催し、ホスト国となる。この広島G7サミットでは、さまざまな議題が想定されており、広島開催であることから核兵器廃絶についても重要なテーマとなるであろう。他方で、そこでのもっとも切迫した議題は、G7として結束してウクライナ支援を継続する姿勢を示すことになるはずだ。

だが、G7としての結束も、G7の世界での影響力も、必ずしも自明のものではない。日本はそれを示すための努力が必要となる。
 

価値を高めつつあるG7

過去40年ほどの間に、世界経済に占めるG7としての存在感は縮小する一方であった。それはまた、アジアやアフリカなどでの新興国が着実に経済成長を続けることの、裏返しでもあった。1980年には世界経済全体の61%を占めていたG7も、2021年には43%まで縮小している。

また、G20の中で、主要先進国のG7と、主要新興7カ国のいわゆる「E7」のGDPの合計を比較すると、G20が始まった2008年ではG7がE7の3.2倍の規模であったのが、2030年にはG7よりもE7のほうが大きくなるとみなされている。G7の世界経済に占めるシェアの縮小は、必然的にその影響力の後退をも意味する。

他方で、現在、G7の価値が見直されつつあるのも事実であろう。というのも、ウクライナを侵略したロシアが常任理事国として拒否権をもっているために、国連安全保障理事会がロシアの侵略を止めるために十分に機能していないからだ。ロシアが一定の発言権を有するG20も、意見を収束させて明確な方針を示すことがきわめて困難となっている。権威主義諸国が台頭する中で、価値を共有するG7諸国の結束がより大きな価値を持つようになったのだ。

ロシアのウクライナ侵略が膠着状態をもたらし、今後ロシア軍による大規模な攻撃が想定される中で、G7としてウクライナ支援の継続の明確な方針を示し、対ロシア制裁をよりいっそう実効的なものとしていくことが重要となっている。そのような中で、日本はどのような方針で広島G7サミットに臨もうとしているのだろうか。

岸田文雄首相と林芳正外相は、「法の支配による国際秩序」、あるいは「自由で開かれた国際秩序」という言葉を用いて、日本が目指すべき国際秩序像を提示している。アメリカのバイデン政権は、「民主主義サミット」のように、民主主義と理念を掲げることが多いが、それはアジアやアフリカの民主主義ではない諸国を除外する結果となり、国際社会で新たな分断線を引くことになる。

民主主義というイデオロギーよりも、「法の支配」というスローガンを掲げるほうが、包摂的により多くの諸国の参加を期待できるのだ。このような日本外交の包摂的なアプローチを、分断が進む国際社会でアピールすることが重要だ。

それゆえ、岸田首相は今年の1月23日の衆議院での施政方針演説において、次のように述べている。「力による一方的な現状変更の試みは、世界のいかなる地域においても許されない。広島サミットの機会に、こうした原則を擁護する、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を堅持するとの強い意志を、改めて世界に発信します」。

日本にとっての重要な課題は、この今年5月の広島G7サミットでのメッセージを、秋に開催予定のインドがホスト国となるG20サミットに繋げていくことである。そのような思考からも、岸田首相は次のように語った。「世界が直面する諸課題に、国際社会全体が協力して対応していくためにも、G7が結束し、いわゆるグローバルサウスに対する関与を強化していきます」。
 

グローバルサウスとの連携の重要性

このように、G7とグローバルサウスの両者の連携こそがより、ロシアのウクライナ侵略を成功させないための、強いメッセージを国際社会に発信する礎石となるであろう。「グローバルサウス」とは、南半球に多い新興国や途上国の総称である。

いまや、インドやインドネシアなどが、国際社会で大きな影響力を有するようになった。昨年G20の議長国であったインドネシア、そして今年の議長国のインドは、そのような「グローバルサウス」の中核的な大国といえる。インドネシアもインドも日本は歴史的に友好関係にあるために、日本外交の役割が重要となる。

たとえば、インドは新興国・途上国の盟主としての地位を意識して、今年の1月12日と13日に、オンライン会合「グローバルサウスの声サミット」を開催して、120カ国以上を招待した。G20で議長国を務める立場から、「グローバルサウスの声を増幅させる」のがその意図である。

開催国のモディ首相はその演説の中で、「私たち『グローバルサウス』は、未来に関して最大の利害関係を有している。人類の4分の3が私たちの国に暮らしている」と述べた。モディ首相の言葉からは、新しい時代でインドが指導的な地位に立つための自負が感じられる。

そのような、「グローバルサウス」の影響力拡大を前に、G7諸国はそれとの関係拡大を摸索している。たとえば、岸田首相は1月13日のワシントンDCでの演説で、「グローバルサウスから背を向ければ我々が少数派となる。政策課題の解決はおぼつかなくなる」と述べた。

また、2月半ばのミュンヘン安保会議において、フランスのマクロン大統領は、「グローバルサウスからの信頼を失ったことを痛感している」とフランス、さらにはG7の影響力の低下に警鐘を鳴らした。日本の林外相が1月4日から、ブラジルなどの中南米4カ国を訪問したのは、明らかに「グローバルサウス」の協力を摸索するためのものであろう。
 

かつての植民地の記憶も

グローバルサウスの多くの諸国にとっては、経済成長を持続させることや国内政治体制の安定性こそが重要な課題となるはずだ。

さらにかつての植民地の記憶から欧米諸国との協力に否定的な感情も残っているのではないか。「法の支配による国際秩序」への支持や、ウクライナ支援のためにG7との協力を要請するうえで、グローバルサウスの諸国の広範で強力な支持が得られることを自明とすべきでない。むしろ、それらの諸国がそれぞれどのようなことを求めているのか、きめ細かに理解し、国際社会の多様性を認識し、そのために具体的に日本が貢献できるような努力が求められている。

現在、ウクライナでの戦局は膠着状態だ。交戦状態にあるウクライナもロシアも、双方ともに妥協をして停戦に向かう姿勢は見られない。戦争が5年から10年続くことも視野に入れるならば、G7などの先進民主主義諸国のみでウクライナ支援を継続することは困難だ。
 

ウクライナ支援は強化されるか

ロシアのウクライナ侵攻からちょうど1年となる、今年の2月24日の国連総会では、ロシア軍の即時撤退と「公正かつ永続的な平和の実現」を求める決議が、日本や欧米などの141カ国の賛成で可決された。だがそこでは、中国、インド、南アフリカなど32カ国が棄権した。141カ国の賛成による決議は国際社会の多数と呼ぶにふさわしいが、ロシアの侵略を停止させるために圧力をかけるうえで、インドなどの諸国の協力が不可欠だ。

他方でインドからすれば、そもそもロシアとは武器購入などを通じて緊密な関係にあり、また「非同盟外交」として紛争でいずれらの側にくみすることを避ける伝統があった。いかなる勢力にもくみせずに、多極的な世界を目指すうえで、「グローバルサウスの声サミット」では多様な声を包摂する姿勢を示している。インドは今年のG20サミットの議長国でもあり、それとの協力がカギとなる。

「グローバルサウス」とは、その構成国も、基本的立場も不明瞭で、一枚岩ではない。あまりにも多様な声が、そこには交ざっている。だとすれば、日本が「グローバルサウス」を、「客体」として取り込もうとすることは得策ではないし、可能でもない。グローバルサウス諸国のさまざまな声の違いを認識し、そのひとつひとつに謙虚に耳を傾けることが重要なのだ。

一方的に特定の正義や道徳を他国に押しつけたり、国際社会の意志として統一しようとしたりすれば、それらの諸国はかつての植民地主義を想起して、より大きな反発を生むだけであろう。だとすれば、G7としての結束を図ると同時に、その際に「グローバルサウス」との連携を摸索するという日本の緩やかなアプローチが適切なものといえる。

かつて、国際政治学者の高坂正堯京都大学教授は、「国際社会は、1つであると同時に、多数である」と論じた。G7としての「1つの声」を発すると同時に、国連やグローバルサウスの「多数の声」を尊重する姿勢こそが、求められているのだ。
 

(おことわり)地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、公益財団法人国際文化会館及び地経学研究所(IOG)等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。
 

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