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デジタル庁が担う「デジタル敗戦」からの抜本脱却(村井純)

「API地経学ブリーフィング」とは、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを精査することを目指し、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のシニアフェロー・研究員を中心とする執筆陣が、週次で発信するブリーフィング・ノートです(編集長:細谷雄一API研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。

本稿は、東洋経済オンラインにも掲載されています。

https://toyokeizai.net/articles/-/441153

 

「API地経学ブリーフィング」No.62

2021年07月19日

デジタル庁が担う「デジタル敗戦」からの抜本脱却 ― 理念と法的役割の定義、強力な人材確保が必要だ

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)
シニアフェロー・API地経学研究所所長・慶應義塾大学教授・慶應義塾大学サイバー文明研究センター共同センター長・内閣官房参与 村井純 

 

 

提供側の事情で次々と構築される行政システムでなく

2001年1月6日に施行されたIT基本法は2021年9月1日をもって廃止される。そのIT基本法に基づいた施策を実行するために内閣に設置されたIT戦略本部も解消される。これらの根本からのやり直しとして、デジタル社会形成基本法が準備され、デジタル庁が設立される。

もはやわが国は、従来のIT技術をベースにした経済的な発展をめざすだけではない。縦割りで運営されていたわが国の行政構造を、デジタル技術を前提とした横連携による耐性のある創造的な発展を可能とする構造にする。提供側の事情で次々と構築されるバラバラの行政システムでなく、提供の理念と目的に基づいて、国民一人ひとり、また、それぞれの産業の要求を主人公とする使命で構築されるシステムに変革する。

あらゆる行政部門が必要なハーモニーを奏で、主人公たちのために機能する社会システムを構築する。その使命はより説得力がなければいけない。データによるエビデンスに基づくことで、新しい日本の社会企画と構築ができる。そして質の高いデータによって、ルールの提案や標準化を先導することで世界に貢献できる。このようなあふれんばかりの期待を担って、首相をトップとして、新しいデジタル庁の体制が誕生する。

新型コロナへの対応に関して、国民からはさまざまな不安と不満が噴出した。それが「デジタル敗戦」と呼ばれたことは記憶に新しい。この言葉が多くの国民の不満を表現した理由は2つある。

1つは、日本の社会でのインターネットやモバイルなどの浸透が明らかであるにもかかわらず、新型コロナ対策においてこれを活用した行政サービスが機能しなかったことにある。もう1つの問題は、それでも提供したデジタル機能を利用したアプリやサービスが、国民にとって使えない、使いにくい、使われない、という事態も露呈したことにある。

なぜ露呈したのか、新型コロナのグローバルパンデミックの対応は、世界中の国がそれぞれ多様なアクションを取る。そのアクションに国民のIDやそれに基づくサービス、感染のデータ、検査のサービス、病床の把握、ワクチンプロセス、そして、ロックダウンなどの有効手段への予測など、デジタル環境を積極的に用いている国と、そうでない国の差が、どの国民にも広く理解されてしまったからである。

国民はデジタルサービスの力を理解している。しかし、わが国はデジタルサービスを他の国のようにこの歴史的有事に利用できなかったことも理解した。だから、「デジタル敗戦」という認識を日本国民は持ったのである。

 

すべての国民のための都市と地方の使命

個人情報に関係する国民へのサービスは、基礎自治体を含む自治体が主体となることに原則がある。この原則論の単純化が情報システムやデジタルデータの形式の独立性を誘導し、縦割りで個別化されたデータ構造や情報システムが多数存在する要因となってきた。

一方、2009年に切羽詰まったエコポイントシステムのために政府情報システムに彗星のように採用されたクラウドシステムは、行政情報システムにとっての歴史的黒船来日事件だった。官邸と官僚トップの英断が実現したことだった。政府の中央集権システムであったことも成功の理由だ。残念ながらクラウドの出現は、あまりのパラダイムシフトのためか、全体の行政システムとしては一過性の事件に終わった。

クラウドシステムの特徴は、発注母体の詳細な自律的で多様なサービスのポリシーが、基盤となるシステムに影響を与えずに独立して設定できることにある。逆の言い方をすると、適切な相互運用可能なクラウドシステムが、中央省庁と地方自治体のシステムとして整備されれば、自治体が主体で既存サービスの効率化や新たなサービスの創設を、極めて低いコストで早く実現することができる。

そのため、デジタル庁の設立を機に、地方情報システムと連携する情報システムは、新しいガバメントクラウドシステムに根本的に移行する必要がある。

 

すべての地域と人のために

デジタル庁は置いてきぼりを作らない(地域と人で100%のデジタルサービスのカバレージを実現する)という目標を掲げている。

国民一人ひとりに届くサービスは、警察、郵便、保険、消防、学校、基礎自治体などが担っている。これらの体制でもたらす安心と安全の質は世界でももっとも高いレベルだ。これらのステークホルダーが、デジタル社会においてのサービスを総合的に組み込むことにより、全国をカバーする新しい日本の社会環境を構築できる。

また、わが国のデータセンターは完全に一極集中、わずかに大阪や中部、福岡に分散されているのが現状である。これは、ビジネスの規模に近い場所という合理性が理由である。デジタル庁が国としてのデータの安全保障を含む全体のマクロな視点を持つならば、他の関連省庁とともに、重要インフラストラクチャーと位置づけて、全国規模での適切な分散を図ることが急務である。

そのためには、新たな光ファイバーの整備、再生可能エネルギーの積極的な採用、海底ケーブルの陸揚げ拠点など、エネルギー政策とデータ政策の合成政策を数年内で明確な計画を立てる必要がある。

 

サイバーセキュリティ

わが国のサイバーセキュリティにとって、地経学的な経済安全保障や国家安全保障に関わるリスクの分析や予想を行い、それに対応する先端の技術と運用に関する体制の整備は喫緊の急務である。デジタル庁は現在の政府の体制では不十分な機能を補完しつつ、既存の機能と連携しなければならない。

そのためにも、国家安全保障会議などにおける議論に関するデジタル庁の位置づけを明確にする必要がある。現行法でも首相はデジタル大臣を会議に参加させることは可能だ。国内の国家資産であるデータの管理や個人情報に関わるシステムの運営を担うデジタル庁は最高の品質で、それらを運用し、守る必要がある。今、デジタル庁に求められるデータの量と質はわが国がかつて管理したことがない規模となり、その使命の重大さも前例がない。したがって、わが国の国家安全保障体制の一部として関連ある機能と密に連携する環境を整えねばならない。

 

人材

官公庁のITシステムの発注と設計・実装・運用の分離は深刻な問題を提起し始めている。官公庁側では、発注するだけ、丸投げされた事業者がその発注に従ったカスタム化されたシステムを構築し運用する。こうした体制では、国や行政は責任を持った安全なデータの管理は困難であるし、データの流通や安全で有効な共有ができない。

この問題を解決するためには、デジタル庁が、24時間365日のコアシステムとしてのネットワークと情報システムの設計、実装、運用を自ら行い、さらにその健全性、安全性、脆弱性の監視と評価の体制を整備すべきである。

これまで、民間主導、いや、ほとんど民間の手によって進められてきたわが国のデジタル社会形成を、新しい官庁が積極的に関与してすすめるためには、基本理念の明確化と法的な役割の定義、そして、強力な人材の確保の3つの変革が必要だ。

最初の2つは基本法と設置法によって実現できるとしても、この革命的な役割を果たす人材の確保の方法を確立しなければならない。事業性と運用性を内包する新しいタイプの官庁として、専門性と成功経験を持った自信に満ちた民間の最優秀な人材を配置する必要がある。しかし、わが国の公的機関として、そのような人材の適切な給与体系を提供できないだろう。ならばそれを補完して余りある価値を組織として創造しなければならない。

 

官と民の間を人材が行き来する機関としても期待

企画を実装する質の高い設計、高度に安全なシステム、国民に貢献できるサービス、持続的な運用、に携わることができる組織となれば、デジタル庁は民間や個人にとっての最高の自己成長のわが国唯一の組織となりうる。そこで、民間とのリボルビングドア(回転ドア)としての人事交換ができれば、官と民の間を行き来する人材が増え、デジタル庁が高度な水準で人材を確保し続けられる可能性がある。

インターネットの空間はグローバル空間である。これに関するグローバル・ガバナンスを先導するためには、同盟国をはじめ、志を共有するパートナー国との信頼を確立する十分な議論を日常的に行う必要がある。このことが一対一の「デジタルポリシー連携」の相手国を広げることができるし、そこから、FOIP(自由で開かれたインド太平洋)やQUAD(日米豪印戦略対話)、OECD、G7、G20へとのマルチへの提案を作り上げていくことにも貢献できるだろう。

そのための人事政策として、国際活動ができる人材を配置することはもちろん、職員の英語でのコミュニケーションの徹底化、適切な国際アドバイザリーの招集、国際機関との積極的な人事交流などの実行も強く求められるのである。

 

(おことわり) API地経学ブリーフィングに記された内容や意見は、著者の個人的見解であり、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)やAPI地経学研究所等、著者の所属する組織の公式見解を必ずしも示すものではないことをご留意ください。

 

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